「一人で背負うな。俺らで、やってくんだよ」
自分を許せておらず自身を責め律してばかりいたのは直哉(山田裕貴)だけではなかった。一見したところ正反対かに見える直哉と優斗(赤楚衛二)は実は似た者同士だった。深く傷ついた人は自身の痛みには鈍感なのに他人の痛みには敏感なのかもしれない。
『ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と』(TBS系)第4話では、何者かに刺された大学院生・加藤(井之脇海)の懸命な救命活動の中、乗客らの絆がまた強く一丸となる様子が描かれた。
ここで露見したのが、現場でリーダーシップを発揮していた優斗のトラウマからくる弱さだった。今すぐ処置しないと命が危ない加藤を目の前に「俺は救急専門じゃないから応急処置しか出来ない」と、ともすれば保身にも聞こえる発言が口を突いて出る。「もし何かあったら責任が・・・」と及び腰になる優斗に痺れを切らした直哉が思わず裁縫道具から針を取り出して「やるしかないだろ」傷口を縫った。「どうするか決めてくれよ!」と迫る直哉の言葉に、優斗の脳内では過去の消火現場での事故の風景がフラッシュバックしていた。
直哉の咄嗟の判断で一命を取り留めた加藤。その姿に自身への不甲斐なさと情けなさ、自己嫌悪を滲ませた優斗だったが、加藤の傷口が化膿しているかもしれないとなれば意を決したかのように傷口を開き消毒を施す。優斗だって逃げているばかりではないのだ。「皆を助けたい」というのも彼の紛れもない本心だ。
しかし、突発的な自分の判断に自信が持てないのは、過去に自身の独りよがりな判断で尊敬する先輩・高倉(前田公輝)を負傷させてしまったからだ。その際高倉が自身のミス報告をしなかったことを良いことに何も言えなかったかつての自分と、加藤に手当てのお礼と共に「命の恩人」と言われるもまた何も言い返せない今の自分が重なる。加藤からの言葉に罪悪感が募り、そして自分の弱さを直視しなければならない怖さからその瞬間目を逸らしてしまう。でもすぐあの時から何も変わっていない自分自身に心底ガッカリする。そんなことをきっと優斗はずっと繰り返してきたのだろう。
その自分への怒りをぶつけるようにとにかくずっとずっと脇目もふらずに手をボロボロにしながら何とか火起こしをしようとする優斗の姿は見ていられない。
だが、ペンディングされていない世界に残された側の高倉もまた後悔を滲ませる。あえて事故の報告をせず心の中ではずっと優斗のことを許しておらず彼だけがその罪に向き合い続けるように自身が仕向けてしまったのだと高倉は打ち明ける。こうやって乗客と、その乗客の無事を待つ側で想いのリレーが描かれるのも本作の重層的な見応えに繋がっている。どうやったって後悔が残る状態で、それでもずっとその苦々しさに苛まれ続ける人間臭さや生真面目さを目の当たりにする度、いつか彼らのその無念が報われる日が来ますようにと願わずにはいられない。
「ただの事故だろ?そりゃ後悔もあるだろうけどさ、お前の仕事には付き物の業務上の事故だろ?」という直哉のさりげなく、そして努めてフラットに掛けられた言葉や、「白浜さんに皆感謝してます。一生懸命引っ張ってくれて。優しくて真っ直ぐで気持ちの拠り所」という紗枝(上白石萌歌)からの嘘偽りのないピュアな慕情や羨望の眼差しが、ある意味ずっとずっと誰にも言えなかった優斗の心の奥底からの本音を吐き出させた。「ただの事故じゃない。俺はそんな立派じゃないし真っ直ぐでも何でもない」と。
優斗も今までさぞ苦しかっただろう。誰も自分がそんなに弱くて狡い人間だと知らない中で、どれだけ慕われても頼りにされてもそれは自身の表向きのイメージが先行しているばかりで実際の自分自身に向けられたものではないと、そんな言葉を掛けられる度に過去の変えられないあの一点に戻ってしまう。
ようやくそんな行き場のない思いを外にぶちまけられた優斗だが、本当はずっとずっと前にこうやって誰かに自身の中に沈め込んだ想いを聞いて欲しかったのだろう。ずっとずっと自己嫌悪や自己否定の真っ暗な底なし沼に溺れてしまわぬように、何が何でも高倉との約束を厳守しようと、それが果たされなければ自分の存在意義などないと切り捨ててしまう他ない自分を何とか保ってきたのだ。そんな過去がある自分だからこそ、少しでも人の役に立ちたい、正しくありたいと。
自分ばかりを追い込む優斗の姿に直哉はもしかすると自分自身を見ているような気持ちになったのかもしれない。はたから見れば十分過ぎるほどにやっているのに、それでもまだ"もっともっと"と自身に責任を課し続けることでしか許されない気持ちになってしまう優斗に、直哉は冒頭の言葉をかけた。「お前は一人じゃない」という気持ちを込めて。
直哉に見られた変化はこれだけではない。楽しそうに笑う様子や、乗客らの髪をカットし紗枝から「良い美容師さんですね」と言われると何ともいえない嬉しそうな表情を見せた。これまではとにかく弟・達哉(池田優斗)を育てるための、生きるための仕事だったのが、とっくの前に実は見出していたそれ以上の意味やこの仕事が自身にとって天職であることを改めて見つめ直すことができたのだろう。それはきっと直哉にとってこれまでの自身の人生を"間違いではなかった"と認める作業でもあったのではないだろうか。
希望の火が灯った。思わずハグして笑い合う直哉と優斗、そして紗枝はついに自分たち5号車と共にペンディングしてしまった"6号車"の人間に出会う。この出会いは吉と出るのか凶と出るのだろうか。
(文:佳香(かこ)/写真:(C)TBS)
【第5話(5月19日[金]放送)あらすじ】
自分たちの「5号車」と同時に未来に飛ばされた「6号車」の人々と遭遇した直哉(山田裕貴)、優斗(赤楚衛二)、紗枝(上白石萌歌)。IT企業の社長で6号車のリーダー的存在だという山本(萩原聖人)、工務店に勤める植村(ウエンツ瑛士)らの案内で彼らの居住場所を訪れると、そこにはなんと調理場やトイレに風呂、おまけに個室まで整えられた充実の暮らしが! 元の世界に戻るため、5号車の乗客たちとも協力し合いたいと提案するが山本たちを簡単には信用できない直哉たち。しかし、山本の口からどうして未来の世界がこうなったのか、そして元の世界に戻る手掛かりとなる衝撃の事実が次々と告げられて・・・。そんな矢先、紗枝は優斗に好きな人がいると知ってしまい・・・。直哉、優斗、紗枝、3人の関係も動き始める。
◆放送情報
金曜ドラマ『ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と』
毎週金曜22:00からTBS系で放送中。
地上波放送後には動画配信サービス「Paravi」でも配信。
また、Paraviオリジナル「ペンディングトレイン~終電後トーク~」も独占配信中。
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