日曜劇場らしいケレン味で視聴者の心を掴んでいる『ラストマン-全盲の捜査官-』。だが、第3話は様相が一転し、ブラックユーモアで味付けされた風刺劇となった。前2話とは違うビターな味わいが描いたものについて深掘りしてみたい。
「気分」によって裁かれる、現代の破綻した正義と倫理
お騒がせ俳優の本条海斗(藤本涼)が殺された。殺害を自供したのは、スター俳優の羽鳥潤 (石黒賢)。本当に羽鳥が殺したのか。それとも羽鳥は誰かを庇っているのか。
捜査線上に浮かぶのは、共演女優の篠塚真菜(山下リオ)、プロデューサーの風間みどり(福田麻貴)、妻の羽鳥千晴 (映美くらら)という3人の女性たち。犯人当ての要素がほとんどなかった前2話に比べ、この第3話はよりミステリー色の濃い仕上がりとなっていた。
だが、あくまでそれらのミステリーは前座であり、今作の肝はなぜ潤が自ら殺人犯の濡れ衣をかぶったのか、という動機の部分。潤は真菜と不倫関係にあり、そのことが明るみ出ることを恐れ、犯人の要求に従い、偽りの自供をしたのだった。
殺人と不倫。法律を用いるまでもなく、重罪なのは殺人だ。不倫を隠すために殺人犯の烙印を背負うなんて一般の心理からは考えられない。けれど、皆実広実(福山雅治)は言う。
「大麻中毒の若手俳優が襲ってきたため、過剰防衛で殺してしまった。どんなに長くても懲役3年です。世間からは同情の目が注がれ、復帰後も人気は維持できそうです。しかし、あの羽鳥潤が幼い子供を奥さんに押し付け、清純派若手女優と不倫していたとなれば、それはもう致命的です」
この言葉に、「確かに・・・」と頷いてしまう時点で、もう僕たちも現代の狂気に毒されてしまっている。罪の内容よりも好感度によって罰の重さが変わってしまうのが今の社会。不倫なんて夫婦間の問題でしかないことがまるで凶悪犯罪のごとく取り上げられ集中砲火を浴びる。あくまでエンタメとして軽快に描いてはいたが、今回の事件には現代への痛烈な皮肉を感じずにはいられない。
不倫を許せないのは、あくまで世の中の「気分」だ。たとえば、自分も不倫をされた経験のある人が、その恨みをぶつけるつもりで不倫をした芸能人を叩いている場合もあるかもしれない。あるいは、芸能人は「イメージ」を売る商売であり、思っていた「イメージ」と実態が違ったという、ある種の「契約不履行」に対して消費者として義憤を感じているのかもしれない。もしくは、単にわかりやすい失態に便乗して不満を晴らしたいだけかもしれない。
だが、そんな「気分」が優先されてしまったら、社会的なルールもモラルも崩壊してしまう。犯人からの脅迫を潤が受け入れたことを、あくまで物語として視聴者は楽しむことができたけれど、自分が同じ立場に立たされたら潤の決断を笑えない有名人もいるだろう。
エンタメとは社会の鏡。この第3話は現代の破綻した正義と倫理を実に風刺的に映し出したエピソードだった。
女性を「しなやか」と称える皆実には、今回の真相は見抜けなかった
しかも、そこで終わらないところが『ラストマン』の面白いところ。この事件で最も可哀想な被害者の役を演じたのは、夫に裏切られた千晴だった。しかし、この千晴こそが陰で糸を引いていた首謀者だと、佐久良円花(吉田羊)は見抜く。
これは、2回にわたって皆実に出し抜かれた佐久良が、それでも腐ることなく自らの捜査方針を貫き、皆実さえも見通すことのできなかった真相に辿り着くことで、皆実とある種の共闘関係を結んでいくフックをつくるためのオチだったけど、今回のエピソードを現代へのアイロニーと捉えると、この結末もまたざらついた棘を孕んでいる。
真相を知らない大衆は、千晴のことを夫の不祥事にもめげずに家庭を支える健気でたくましい女性像として褒めそやす。だが、それもまた「気分」でしかないのだ。人はいつも本質など見ようとしない。いや、見ているつもりでも簡単に欺かれてしまう。にもかかわらず、虚像を信じ、崇め称える。
このドラマは一貫して「見えているものが本当とは限らない」ということを全盲の捜査官を主人公に配することで描いているが、誰も裁けない罪を見事に完遂し、夫を無力化させた妻の正体もまた「見えているものが本当とは限らない」ことの一つだろう。
言ってしまえば、皆実はラストで佐久良のことを「しなやかで強い女性」と称えたが、男性にほぼ用いることのない「しなやか」というワードを女性への褒め言葉として使用すること自体、男性側が勝手につくり上げた女性の虚像であり、その言葉を無自覚に使ってしまう皆実が千晴の思惑を見抜けなかったのは当然と言える。
見えているものは、さりげなく嘘をつく。僕たちが普段から「可哀想」と同情したり「好感度が高い」ともてはやしている誰かもまた「千晴」なのかもしれない。ラストの千晴のバックショットが凛々しければ凛々しいほど、なんだか仄暗い靄がかかる思いがした。
また、その陰で護道泉(永瀬廉)は父・京吾(上川隆也)から皆実の監視役を命じられる。泉がどう皆実たちのチームに関わっていくのが謎だったが、どうやらスパイとして潜り込むようだ。そして、次回は吾妻ゆうき(今田美桜)に関する重大な事件が発生する模様。ゆうきのことを少なからず意識しているように見える泉にとっても重大なエピソードとなりそうだ。
泉、ゆうきの若手を巻き込み、どう物語が膨らんでいくか。もはや『ラストマン』は日曜夜の娯楽として盤石の安定感を築き上げている。
(文・横川良明/イラスト・月野くみ)
【第4話(5月14日[日]放送)あらすじ】
ジョギング中の皆実(福山雅治)と吾妻(今田美桜)は突然倒れ込んだ男性と遭遇。その後、病院でその男性の死亡が確認される。
外傷はなく事故死と見られていたが、皆実は違和感を覚え、病理検査を依頼し、死因が毒物によるものだと判明。さらに遺体の手には謎の紋章が刻印されていた。
心太朗(大泉洋)の調べで同様の犠牲者が3人いることがわかり、全員に共通していたのが国家規模の事件に絡む要人だということだった。公安・捜査二課とも連携した大掛かりな捜査が始まる。
一方、皆実たちは、被害者の妻に話を聞きにいく。
そんな中、泉(永瀬廉)が、吾妻を事件から外すように皆実にお願いしてくる。その理由は、吾妻がずっと心に傷を抱え続けている過去のある事件によるもので・・・
◆放送情報
日曜劇場『ラストマン-全盲の捜査官-』
毎週日曜21:00からTBS系で放送中。
地上波放送後には、動画配信サービス「Paravi」でも配信。
(C)TBS
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