恵みの雨が降り注ぐも、今度は食糧危機に見舞われる『ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と』(TBS系)第3話。サバイバル生活もますます過酷を極めるも、乗客らの間に前向きな変化が見られた回でもあった。

田中(杉本哲太)は不審なキャップ帽をかぶった男を見かけ護身用にと直哉(山田裕貴)の美容師道具のハサミ一式を持ち出し紛失させてしまう。大切に育てて来た弟・達哉(池田優斗)はグレてしまって会えずじまい、そして弟に自分のような苦労は決してかけまいとなんとか腕一本で道を切り拓くために見つけた美容師という仕事の象徴である大切なハサミまでなくしてしまう。

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母親が幼い弟を置いて消え15歳で家を出てから「なくしたものを一つ一つ集め」美容師という職業にたどり着いた直哉は、メディアでも活躍する人気スタイリストにまで成り上がり、弟には十分すぎる整った衣食住を与える。しかし多忙を極める直哉は弟とすれ違い、夜誰もいない散らかった部屋にお札だけ置いていく直哉の姿が切ない。

「何甘えてんだよ、これだけ支えておいてもらって」と苛立ちを募らせる直哉に対し、達哉は達哉で「ずっと一人だった、寂しかった」という思いを膨らませていったようだ。どちらも悪くないし、どちらの視点も言い分も真実だろう。だから切なく苦しい。高校生の和真(日向亘)から初めて笑顔を引き出したのは直哉の何気ない一言だったが、きっと直哉には特に同性に"認められたい"と思わせるカリスマ性のようなものがある。それを弟を養うためとは言え、外で遺憾無く発揮するばかりで自分には向けてもらえなかった達哉の疎外感や兄に対する憧憬の念も想像できる。

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弟に「恩を仇で返された」し「もう働く必要もないから商売道具もいらないっちゃいらない」と嘯く直哉を気がかりそうに眼差す優斗(赤楚衛二)。優斗が見つけたのは直哉の美容師道具一式だけではない。サバイバル生活中ずっと何かに怒りを滲ませていた直哉のその怒りの矛先は弟ではなく、他でもない自分自身に常に向けられていたことを指摘する。

「そんなに責めるなよ、自分を。やれるだけやって来て立派だよ」

直哉が最も人から言い当てられてしまわぬように、曝け出されてしまわぬように何重にもバリアを張りながら一人抱えて来たものを優斗は見つけ、解きほぐししっかりと認めた。赤楚演じる優斗のこちらの本心までそっと覗き込んでくるかのような視線に触れると、思わず強がることを辞めてしまい、降参したくなるのもわかる。そこには哀れみや薄っぺらい同情、励ましながら自分が悦に入るようなところも一切ない。そして自身が経験したことのない八方塞がり感や孤独をわかったように語る生温かさも、でもそれを"他人事""無関係"だと瞬時に線引きしてしまうような冷たさもない。ただ対等にフェアな視線を持って、そして自身の想像力を最大限駆使して視線と共に真っ直ぐに言葉を投げかけてくる。

この後直哉の口から溢れる「どうしてっかなぁあいつ・・・ちゃんと飯食ってんのかな・・・」がまたリアルだ。本当に当たり前すぎるほどに自分の中に埋め込まれている大切な存在で、切っても切れない関係で結ばれているのが弟で。そしてやっぱり直哉はとびっきり優しく愛情深い。自分は決して周囲から与えられなかった愛情を、だからこそその注ぎ方や加減がわからないなりに不器用すぎるくらい真っ直ぐに弟に惜しげもなく捧げようとする姿は涙なしでは観られない。

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しかし、直哉のように複雑な事情がなくとも、誰しも不完全で何かしら足りないものにばかり目がいってしまうことだってある。佳代子(松雪泰子)のように反抗期真っ盛りの目の前の娘が発するサインよりも、自分が理想とする"家族像""母娘像"ばかりを追ってしまうことだってあるだろう。皆思い通りにいかないことを抱えながら、それでも"心臓が動いている限り"自身の意志の力でそれなりに楽しみながら(楽しもうとしながら)生きていく他ないのだ。佳代子が自分の意志で食べ物を口にした姿を見るにつけ、フランスの哲学者・アランの「悲観主義は気分によるものであり、 楽観主義は意志によるものである」という言葉が思い出される。

さて、「白浜さんは優しくて真っ直ぐで、萱島さんは現実的でしっかりしてる。いつか助け合えると思います」という紗枝(上白石萌歌)の言葉通り、この2人はきっと良いバディになるだろう。

そして紗枝が直哉にだけこっそり打ち明けた「白浜さんは私が頑張れる理由です。誰にも言わないで下さいね」が切ない三角関係の伏線になりそうな予感が今から満載だ。

(文:佳香(かこ)/写真:(C)TBS)

【第4話(5月12日[金]放送)あらすじ】

森を探索していた加藤(井之脇海)が何者かによって刃物で刺される緊急事態が発生!犯人と思われるキャップ帽を被った人物は、すぐさま現場から逃走してしまう。加藤の命を救うため、乗客の持ち物の中から傷口の処置に使えそうなものを集める直哉(山田裕貴)や紗枝(上白石萌歌)、加藤が残したメモを元に森から薬草を調達してくる米澤(藤原丈一郎)たち。さらに医師志望の和真(日向亘)も加わり、乗客たちが一丸となって懸命な処置を行なっていた。しかしそんな中、優斗(赤楚衛二)はふと、火災現場で先輩隊員に怪我を負わせてしまった自身の辛い過去を思い出してしまい・・・。

◆放送情報
金曜ドラマ『ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と』
毎週金曜22:00からTBS系で放送中。
地上波放送後には動画配信サービス「Paravi」でも配信。
また、Paraviオリジナル「ペンディングトレイン~終電後トーク~」も独占配信中。