ビジネス用語として聞き馴染みのある "ペンディング"という言葉は"未解決の、保留の、宙ぶらりんになっている"などを意味する言葉だ。通常は計画や企画、予定が先送りになった際に使われるわけだが、もしも日常生活が、世界自体が突然"ペンディング"―つまり保留されてしまったら・・・?しかもなんてことない平日の通勤/通学時間、タイトル通りに電車の車両ごと。よりにもよって普段知らない人に近づかない私たちが、たまたま同じ時、同じ車両に乗り合わせた全く見ず知らずの人と少しの間だけ一緒になる空間で。

『ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と』(TBS系)第1話では、乗客の"昨日と代わり映えしない今日"を乗せながら都心を走る電車の一両が荒廃した世界にワープしてしまう。水も食料も電波もない極限状態でのサバイバル生活が突如幕開けしたのだ。

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本来はビルに囲まれていたはずのエリアが砂漠と崖に囲まれた陸の孤島状態。しかも先に言ってしまえば、彼らが放り出されたのは30年後の世界。異世界転生ファンタジーでもなく、100年単位の過去や未来にタイムワープしてしまうのでもなく"30年後"というのがまた何とも「自分とは無関係」とは思えないリアルさを宿す。

さて、こんな緊急事態に遭遇した人々の反応は実に様々だ。何もわからぬ先行き不明なことへの不安や恐怖、怒りに不信感、欺瞞、そして疲弊。そんな負の感情が一気に車両中を覆う。消防士という職業柄、そして先輩との約束も果たすべく、一人残らず皆を助けようとする熱血漢の白浜優斗(赤楚衛二)と、そんな彼の救助活動を手助けする高校の体育教師・畑野紗枝(上白石萌歌)。そして周囲と一定の距離を取ろうとしどこか人を信頼していない一匹狼スタイルの主人公でカリスマ美容師・萱島直哉(山田裕貴)。

普段絶対に交わることのない人間同士が"脱出"という一つの目的に向かって協力していく過程で、彼らそれぞれが抱える事情が徐々に垣間見えてくる。こんな過酷すぎる状況下で、理性なんて吹っ飛び生きることを諦めてしまいたくなる要素がゴロゴロ転がっている環境で、人々が"生きることを諦めない理由"やそれぞれが持つ"正義"が炙り出されていく様は第1話から見応え十分だ。

そして実は紗枝はこの電車に乗り合わせる前から一方的に優斗のことを知っていたどころか、その際たまたま彼が放った「明日またやれるだけやってみよう」という言葉を支えになかなかうまく立ち行かない新米教師生活にあたっていたことも明かされる。優斗もきっと自分のせいで消火活動中に事故に遭ってしまった先輩・高倉(前田公輝)への後悔や贖罪の気持ちから人一倍自分に厳しくストイックな様子が覗く。

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そしてこの「やれるだけやってみよう」という言葉がヤングケアラーだった直哉には残酷にも響き、自身の傷を抉る。彼はこれまで親代わりとして一人育ててきた歳の離れた弟・達哉(池田優斗)の少年院からの出所を迎えに行くためにこの電車に乗ったのだった。なるほど、直哉は人より早く大人になることを余儀なくされる環境にずっと身を置いており、頼れる大人も周囲から差し伸べられる手もなく、今も人に上手く甘えられないようだ。

やれるだけやってみても、やってもやっても大切なものを掴めず手の隙間からこぼれ落ちていく感覚を、理不尽さや悔しさをずっと味わってきたのだろう。そんな彼には、一点の曇りもない眼で「皆を助ける」なんて言えてしまえる優斗の真っ直ぐさが傲慢にも思え耐えられないのだ。自分が助けてほしいとき、全く見向きもしてくれなかった世間や社会への絶望を優斗にぶちまけたくもなるのだろう。

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乗客一人ひとりに当たり前に続いていくはずの日常があり、そしてそれは代わり映えしない日々なんかではなかった。自分と一緒にやり直したいと望む弟を迎えに行くことーきっとこの電車に乗る前には弟との向き合い方にまだ迷いがあっただろう直哉の中で"生きることを諦めてしまえない理由"がはっきりとなぞられた。

ちなみに第1話冒頭、赤ん坊を抱きながら駅のホームを走る紗枝はワープから現実社会に戻った後の彼女の姿ということなのだろうか。サバイバル生活のハイライトの一部が回想されるかのようなシーンも差し込まれたが、彼らが突然見舞われた現実世界、日常生活からの脱線、逸脱の行末を目を凝らしながら見届けたい。

(文:佳香(かこ)/写真:(C)TBS)

【第2話(4月28日[金]放送)あらすじ】

自分たちが電車ごと30年後の未来へ飛ばされてしまったと知った直哉(山田裕貴)たちは、極限状態を皆で乗り切るため、紗枝(上白石萌歌)の提案で各々の持ち物を出し合い、平等に再分配することに。しかし優斗(赤楚衛二)が食料と水を集め始めた矢先、大量の飲み物が入ったカートを誰かが持ち去った痕跡が見つかる。犯人は誰なのかと疑心暗鬼に陥る佳代子(松雪泰子)、残り少ないモバイルバッテリーの電池を取り合い衝突する玲奈(古川琴音)と米澤(藤原丈一郎)、樹海の中から水源を見つけようと動き出す直哉と優斗、そして植物から水を作り出そうとする加藤(井之脇海)・・・。各々が生きるために必死でもがく中、ある人物が思わぬ暴走を始める。

◆放送情報
金曜ドラマ『ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と』
毎週金曜22:00からTBS系で放送中。
地上波放送後には動画配信サービス「Paravi」でも配信。
また、Paraviオリジナル「ペンディングトレイン~終電後トーク~」も独占配信中。