「才能ってね、好きなことに時間を費やしたってこと」

『階段下のゴッホ』(TBS系)第7話。都(SUMIRE)が通う美術予備校の講師・綿貫(美波)は、そう持論を語った。しかし、時間を費やせば才能を手に入れられることなんて、おそらくない。かけた時間と成果が比例しないからこそ、真太郎(神尾楓珠)をはじめとした予備校メンバーたちは、もがいているのだろう。本作を通して、夢を抱いてしまうことの残酷さを目の当たりにした筆者は、そんな反発心を抱いてしまった。

真太郎&光也兄弟の過去が、ついに明らかに

第7話で明らかになった真太郎の心の傷。彼には、"10年に一度の天才"と呼ばれた兄・光也(倉悠貴)がおり、2人は本当に仲の良い兄弟だった。

母親に怒られるかも・・・と思いながら、一緒に冒険をした夏。真太郎が初めてコーヒーを飲んだ日も、そばには光也の姿があった。いつも兄を追いかけ、"一緒に"何かをすることが好きだった真太郎。兄が目指す美術の世界に、自分も入りたいと思うようになるのは、自然の流れだったのだろう。

しかし、光也が美大受験に落ちたことで、2人の歯車は狂い始める。これまでは、自分を真似て後ろからついて来る弟のことが、可愛くて仕方なかったはずなのに。プレッシャーを感じることもなく、伸び伸びと絵を描く姿を見ていると、どんどん恨めしく思えてくる。

「努力しても、何の意味もない」

才能を伸ばせなかった自分と、メキメキ成長していく弟。光也は、絵を描くことに楽しさを見出せなくなってしまっていたのだろう。弟に負けないようにしなきゃ。弟よりも、はやく美大に合格しなければ......。そんなふうに自分を追い込んでいくうちに、ポキっと気持ちが折れてしまったのかもしれない。

台詞に隠されたダブルミーニングを考察

そんな時、久しぶりに"描きたい"と思える綺麗な夕焼けに出会った。一生懸命にデッサンをしていると、その前にはすでに真太郎がいた。この瞬間、光也は"負け"を認めてしまったのだろう。どんなに希望を見出したとしても、それはすでに弟のもの。後ろからついてきていた弟は、今では自分の前にいる。

帰路につく時、後ろからついて来る真太郎に言った「追いかけて来るなよ」。これには、深い意味が込められていたはずだ。弟が美術の世界を目指さなければ、自分はもっと伸び伸びと才能を育てることができたかもしれない。そんな兄心も知らずに、楽しそうに絵を描く弟が、憎らしくて。でも、心から恨むことができなくて。

そんななか迎えた美大受験の日、真太郎は靴紐を結び直しながら、「待たなくていい。先行けば?」と言った。これも、ダブルミーニングのように思える。しかし、光也は真太郎の位置まで戻り、そっと手を差し伸べる。「また会うためのおまじない」と微笑んで。

そっと抱きしめられた時、真太郎はうれしかったはずだ。大好きな兄と距離ができたことを、きっと苦しく思っていただろうから。しかし、光也が優しかったのは、これが最後だと分かっていたから。台詞では描かれていないが、おそらく光也は海に入って自死をしたのだろう。

彼の孤独が、苦しみが、どれほどのものだったのかは分からない。もしかしたら、画家になる夢を持たなければよかったと思った日もあったのかもしれない。だが、遺された真太郎は、今もなおその傷を抱えながら生きている。自分が美術の道に進まなければ......と罪悪感にさいなまれながら、絵を描き続けるのは、どれだけ辛いことか。

光也が、真太郎に預けたスケッチブック。最後のページには、2人が交わした握手の絵が描かれていた。「二度と会えないおまじない」という一文を添えて。誰も悪くない。誰も悪くないからこそ、苦しい。私たちの想像を絶する真太郎の過去。彼は、これから前を向くことができるのだろうか。兄弟の真実を知った都が、真太郎を救ってくれることを願って。

(文・菜本かな/イラスト・まつもとりえこ)

【最終話(11月8日[火]放送)あらすじ】

藝大受験を明日に控える中、都 (SUMIRE) の新規事業の発表会が行われていた。洋二 (朝井大智) に見守られ、無事にスピーチが終わると拍手が起きる。ホッとしたのも束の間、夏目 (田辺桃子) から真太郎 (神尾楓珠) らしき人を海辺で見たと連絡が。都は急ぎその足で真太郎がいるという旅館へ向かう。全力で人と関わることを否定し、「なんで来た」と追い返す真太郎。しかし都は諦めない。そこには都が真太郎と出会い、日々を過ごす中で感じてきた、ある強い思いがあった。果たして二人の藝大受験は・・・? そして長い時を経て、赤い絵にまつわる "最後の秘密" が今、明かされる――。

◆放送情報
『階段下のゴッホ』
毎週火曜深夜24:58よりTBSほかで放送。
動画配信サービス「Paravi」では、毎週1週間先行配信中。