"年齢"というものがなければ、私たちはもっと自由に生きられるのではないか? と思ったことがある。「〇〇歳までに、結婚しなければ」「〇〇歳になるんだから、このままではいけない」。仕事にしろ、恋愛にしろ、生き方にしろ、"年齢"に縛られることって、本当に多い。みんなと足並みを揃えて、〇〇歳らしい振る舞いをして。たとえ、その生き方を苦痛に感じたとしても、普通の仲間入りをするために頑張る。それって、果たして幸せだと言えるのだろうか? 『階段下のゴッホ』(TBS系)第5話は、そんな問いを投げかけてくる回だった。
ある人にとっての生きづらさは、ある人にとっては眩しく見えることもある
本作の登場人物のなかで、筆者がいちばん憧れるのは、夏目きいろ(田辺桃子)だ。新進気鋭のカメラマンである彼女は、ちゃんと"自分軸"で生きている。嫌なことにはハッキリと「NO」と言い、曖昧なことを認めない。「79億通りの人生があっても、いいじゃん。むしろ、それが当たり前なのが令和」とあっけらかんと言ってのける。
しかし、彼女のような生き方ができるのは、ごく一部の人だけだと思う。多くの人は、鏑木都(SUMIRE)のように、"他人軸"に重きを置いてしまうのではないだろうか。なぜなら、それがいちばん分かりやすいから。自分で「すごいな」と思うよりも、他人から「すごいね」と褒められた方が、単純に評価されている気持ちになれる。ある意味で、安心することができるのだ。
視聴者が感情移入できるキャラクターを主人公に据えて、憧れ性を持った人物たちを登場させる。『階段下のゴッホ』が刺さる理由は、ここにあるのだと思う。都のモヤモヤに共感しながら、きいろや平真太郎(神尾楓珠)のように自由な生き方に憧れを抱く。そして、都が変化していく様子を見て、自分自身も考え方の引き出しを増やしていくような感覚に陥っていく。
ただ、真太郎からすれば、都のような"普通"の生き方に憧れる節もあるのだろう。都のように"普通"に合わせてしまう筆者は、彼らのような自由な生き方に憧れを抱くが、それもないものねだりなのかもしれない。ゴッホが弟宛ての手紙に、「君は分かっているのだろうか? たとえそう見えなくても、ある視点からすると、君は幸せ者なんだ」と綴ったように。ある人にとっての生きづらさが、ある人にとっては眩しく思えることもある。
"働く"ことへの価値観のちがいが浮き彫りになった喫茶店のシーン
働く時間があるなら絵を描くと言っていた真太郎が、喫茶店でアルバイトを始めたのも、都の生き方に影響を受けたから。"普通"を少しバカにしているように見えた彼が、「普通はすごい」と思えるようになったのも、きっと都に出会ったおかげなのだろう。
しかし、やっぱりこの2人には大きなちがいがある。真太郎が働く喫茶店で、都が取引先と打ち合わせをしていた時のこと。都は、取引先の人に美大予備校に通っていることをバカにされても、グッと堪えていた。悔しい気持ちも、言い返したい気持ちも、全部堪えて。自分の頭のなかのキャンバスを、黒に塗り潰していくことで、どうにか怒りを抑えようとしていた。
その一方、真太郎はバイト中にも関わらず、店の"客"でもある彼らに対し、「あんたたちさ、この人の絵を見た上で言ってんの?」と怒りをぶつけにいった。なんだか、ここで2人の"働く"ことへの価値観のちがいが浮き彫りになったような気がする。
都の生き方と真太郎の生き方、どちらが正しいかは分からない。もちろん、それぞれの正義があっていいと思っている。しかし、他人の夢をバカにする権利は、誰にも持っていない。「本当に画家になって稼げると思ってるんですか? ちゃんと現実見ましょうよ」と夢を持つ人を鼻で笑うような生き方は、したくないと強く思った。
今後、真太郎と都はどのような生き方を選択していくのだろう。普通でもいい。変わっていてもいい。でも、そこに2人なりの"正義"がありますように。そして、心から幸せだと思える道を選んでほしい。
(文・菜本かな/イラスト・まつもとりえこ)
【第6話(10月25日[火]放送)あらすじ】
美術予備校の授業中、ハナ (石川瑠華) が突然作品を叩きつけてしまう。才能がないと苦悩するハナを元気付けようとする都 (SUMIRE) だったが、「10年に一度の天才が出れば良い、あとは見向きもされない」―― そんな美術の世界で、自分は天才の踏み台になりたくないと叫ぶハナ。そんなハナに呼応するように、同じ予備校仲間のクリント (高橋侃) や草介 (秋谷郁甫) も本音を語り始める。ギスギスする予備校生たち。そんな翌日、美術予備校でなんと火事が起こり・・・?
夕焼けの下で語られるそれぞれの思いと、真太郎 (神尾楓珠) と都に起きる思いがけない出来事。
そしてついに現れる全てを繋ぐ "ある人物" とは。
◆放送情報
『階段下のゴッホ』
毎週火曜深夜24:58よりTBSほかで放送。
動画配信サービス「Paravi」では、毎週1週間先行配信中。
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