拓(望月歩)が最後に蒼生(赤楚衛二)に渡した「蒼」の字は、他のどの字よりも大きくて。「倉」の𠆢(ひとやね)の部分がまるで広げた腕のようで、残る下の文字を抱きしめているみたいだった。きっと拓にはずっと兄がそういうふうに見えていたんじゃないかな。自分を庇うように、守るように、包み込んでくれた人。

『石子と羽男』第9話は、大切な存在を守るために秘密を抱えた人たちの物語だった。

蒼生は罪をかぶり、日向はガソリンをかぶった

人と関わるのが苦手な弟を守るために、自ら罪をかぶった蒼生。妻の笑って過ごせる未来を守るためにガソリンをかぶった日向理一郎(平田広明)。2人の共通点は、どちらも騙された人だったこと。そして大切な人のためなら己を犠牲にすることも厭わない優しい人だったということだ。

石子(有村架純)と付き合っていることを話したら、「弟なんかなぜか泣いちゃって」と言っていた蒼生。随分兄思いの弟がいるんだなと思っていたら、まさかこうした事情だとは想像もしていなかった。そう考えると、1話で職場いじめの標的となった同僚のことを放っておけなかったのも、弟の存在が少なからず影響している気もする。彼の優しさと純粋さは、小さい頃から守る人がいるからこそ養われたものだった。

日向が投資に手を出したのも、妻・綾(山本未來)と安心して老後を過ごすためだ。政府の資産所得倍増計画として「貯蓄から投資へ」が掲げられる今、コツコツ貯めたお金を投資に回すことを検討しているシニア予備軍も多いだろう。でも、そこに卑劣な罠があった。真面目に生きている人たちほど、悪意の標的になる。

そんな世の中だからこそ、羽男(中村倫也)の言葉が突き刺さった。

「確かによく考えずに名義貸しした件と、理由があったにしろ自分がやったって供述した件は反省すべきだと思うよ。でもそれ以上の反省はする必要ないから。ちょっと自分のこと責めすぎ」

多くの詐欺事件において、被害者は騙された自分を責める。周囲の人たちも「なんでそんな簡単な手口に引っかかるんだよ」と騙された人を責めてしまう。だから、被害者は口を噤む。自分の愚かさを他人に知られるのが恥ずかしくて。家族や友人から「騙される方が悪い」と非難されるのが怖くて。自分の中で抱え込んでしまい、表面化しない事件が山のようにある。

日本弁護士連合会が発表した「組織犯罪からの被害回復」という資料の中でも、特殊詐欺の被害者の多くが被害を家族に打ち明けられていなかったと報告されている。詐欺は一生をかけて築いた財産を奪うだけでなく、被害者の自尊心を傷つけ、孤立させる行為だ。

そうした現実があるからこそ、羽男に上記の台詞を言わせたんだと思う。もちろん反省すべきことは反省しなければいけない。でも、いちばん悪いのは騙した相手。だから、恐れず恥ずかしがらず声を上げてほしい。

いつ誰が標的になるかわからない。自分は大丈夫、と思っている人間ほど騙される可能性はある。だから、何かあったときには、自分を責めるのではなく、助けてくださいと声を上げることを覚えていてほしい。面会室での羽男と蒼生のやりとりから伝わってきたのは、そんなつくり手たちからのメッセージだった。

細かい心の動きの描写も毎回のことだけど冴えていた。人とコミュニケーションをとることが苦手な拓がほんの少し石子に気持ちを許したことを表現するのに、石子の書いた字を添削するというのは心を温かくさせるものがあったし、手の形を見て拓が何かを話そうとしていることを石子が見抜いたのは、石子の根気強く寄り添う姿勢がよく表れていた。

拓役の望月歩はこれまで『3年A組-今から皆さんは、人質です-』や『エール』、『17才の帝国』で存在感を示してきた若手俳優。新井順子×塚原あゆ子コンビのファンならば、誰もがきっと『アンナチュラル』の第7話で登場した、死んでしまった友人のために殺人中継を行う高校生・白井一馬が浮かぶだろう。あのとき、彼がパソコンの前で流した大粒の涙が今でも忘れられない。今回も話し方や目線、白線を歩くときの姿勢など、どれもが真に迫るもので、クレジットが出るまで望月歩だとわからなかった。21歳の実力派は、『アンナチュラル』に続き難役を見事に演じのけた。

羽男ファンクラブとかあったら秒で入会したい

ヘビーな展開が続く中、ちょっとした抜きどころをつくってくれた中村倫也のバランス感覚も絶妙だった。部屋を訪れた石子に対し、「俺だよ、俺。何にも起こんないでしょ」と招き入れるぶっきらぼうな口ぶりでキュンとさせつつ、折り畳み傘の水滴を玄関で払う石子に「中でやる?」とツッコむ緩急のうまさは、これぞ中村倫也ワールド。そこから御子神慶(田中哲司)のアドバイスをパクって、石子に「は?」と一蹴され、「うん。ごめんなさい。違いました。すみません」と速攻謝るところなんて、面白くて可愛いという生き物として最強のやつ。羽男ファンクラブとかあったら秒で入会したいくらい、羽男は中村倫也の持つ魅力が最大限に引き出された役だと思う。

そうして石子から託された手紙を、蒼生の前で羽男が代読するシーンも良かった。これまで羽男は石子が作成した文章を記憶し、それを読み上げることで法廷での尋問や相手との交渉を切り抜けていた。立板に水で弁舌を振るう羽男と、その内容を教え込んでいる石子が交互に映し出される演出をずっと見てきたからこそ、面会室という場で石子に代わって石子の文章を羽男が読み上げる行為は、ただの代読以上の揺さぶりがあった。むしろ石子が戦術を練り、それを羽男が実践するという設定は、この面会室のシーンをやりたいがための前振りだったんじゃないかなと思うくらい、いいシーンだった。

石子は手紙を「パラリーガルとしてできること」と言っていたが、その内容はパラリーガルとしてではなく、明らかに蒼生を慕う1人の女性の気持ちで。そこを「パラリーガルとして」と言っちゃうところも石子らしい。

極め付けは、蒼生が出所したシーンだろう。蒼生が石子の胸に飛び込もうとするところを、間に入ってくる羽男。あのときのスローモーションの顔がまた遊び心たっぷりで、これだけいい話なのに最後でここまで笑わせにくるか・・・とますます大好きになった。人を退屈させないこと。人の予想の斜め上をいくこと。まさに『石子と羽男』は最高のエンターテイナーシップを持った人の集まりだと思う。

赤楚衛二が見せた、ピュアな蒼生の混乱と絶望

そして、そんな猛者たちが奮戦する中、今までとはまた違う顔を見せたのが赤楚衛二だった。ここまで蒼生が見せてきたピュアさや愛らしさというのはもはや赤楚衛二の十八番で、ある意味想像していた範疇だった。でもこの9話で枠外に一歩踏み出した。

自分が騙されていたことを知り、「また裏切られたのか」と自分の首元を掴んだ動きは、ハッとするものがあった。まるで突然空気が薄くなったみたいに苦しそうな表情も、浅くなった呼吸も、観る人の不安をかき立てるものがあった。

さらに勾留満期が近づき、どんどん憔悴していくさまもリアルだった。ボサボサの髪に、光を失った目。自分で自分を抱くようにして腕をさする仕草。思わず感情が爆発して「すみません、全部俺が悪いんです」と突っ伏すところなんて、観ているこちらの胸が痛くなるくらいだった。

狭い檻の中で失われた目の光が、警察署から出て、空を見上げたときに蘇るのも、いい演出だった。ヘアメイクチーム、照明チームなど、いろんなスタッフと力を合わせながらつくり上げた蒼生の絶望は、役者・赤楚衛二の幅をまたひとつ広げてくれるものだったと思うし、こんなふうにどんどん俳優の引き出しが増えていくのを見届けられるのも、ドラマを応援する楽しみのひとつだ。

次回はついに最終回。はたして日向たちを騙した黒幕は誰なのか。そして、日向に火をつけたのは誰なのか。その答えのすべてが来週明かされる。田中哲司という実力者を配した以上、御子神には相応の役割があるはず。また、羽男は父からのプレッシャーを克服できるのか。石子はパラリーガルの道を歩み続けるのか、それも弁護士の夢に再び挑戦するのかも気になる。

見どころは尽きないが、ここまで来て大外しすることはほぼないだろうから、安心して次の金曜夜を待ちたいと思う。それくらい『石子と羽男』チームのことを信頼している。

(文・横川良明/イラスト・まつもとりえこ)

【最終話(9月16日[金]放送)あらすじ】

綿郎(さだまさし)が「何日か出かけてくる」とメッセージを残し、連絡が取れなくなった。綿郎が御子神(田中哲司)と一緒にいた目論見とは・・・。

一方、警察は拓(望月歩)が殺人事件の現場で見たという「もう一人」の人物を捜していたが、手掛かりがつかめない。

そんな中、石子(有村架純)と羽男(中村倫也)は、綾(山本未來)と高岡(森下能幸)が巻き込まれた不動産投資詐欺と、綿郎が追っていた不動産投資詐欺事件に共通点が多いと気が付く。同一グループの犯行ではないかと考えた石子と羽男は、共同で訴えることを高岡と綾に提案。大庭(赤楚衛二)も手伝い、法律事務所一丸となって証拠集めに奔走し、訴訟の準備を進める。

そして口頭弁論当日、羽男が法廷で顔を合わせたのは裁判官の父・泰助(イッセー尾形)。石子は新証言を持って法廷に駆け付ける予定だったが・・・。

◆放送情報
『石子と羽男−そんなコトで訴えます?−』
毎週金曜深22:00から、TBSにて放送。
地上波放送後、動画配信サービス「Paravi」でも配信中。
また、Paraviでは出演者のセリフだけでは表現しきれない「ト書き」や情景描写などをナレーションで説明した解説放送版、Paraviオリジナルストーリー「塩介と甘実―蕎麦ができるまで探偵―」も配信中