それにしてもシェフの腕前が絶妙だ。重すぎず。軽すぎず。口当たりは甘いけど、中身は濃い。舞台となる爆食の街・鴨ヶ谷にぴったり。ついついいくらでも食べられちゃう。それが、『石子と羽男』という極上のディナーだ。
不器用な父の姿が示す、幸せや成功のかたち
第8話は、グルメ情報サイトに無断で投稿された記事を削除できるか、というお話。が、例のごとくこの依頼自体は入り口であって、その先にあるのは父と子のわかり合えぬもどかしさに関するお話。
「隠れ家」を売りに、儲けを度外視して、常連客に手厚いサービスを振る舞う創作料理店の店主・香山信彦(梶原善)。その姿は、「真面目に生きる人々の暮らしを守る傘となろう」をモットーに安い相談料で困っている人の力になる綿郎(さだまさし)と同じ。第8話は、信彦父子の雪解けに奔走する傍ら、石子(有村架純)自身が父へのわだかまりと向き合う回となった。
『石子と羽男』らしいなと思ったのは、信彦が「隠れ家」にこだわる理由。もともとは働き者の商社マン。亡き妻が案じるほどにはよく働いていたらしい。となると、それなりに稼いでもいただろう。だけど、そんな頑張り屋の夫を心配して、妻が顧客の限られる「隠れ家」というスタイルを提案したのだという。
結果的に、信彦は料理人として満足のいくお店が持てた。収入は落ちたかもしれないけど、自分らしく働けた。幼い息子から見たらわからなかったのかもしれない。でも、信彦も妻も幸せだったのだ、そういう暮らしが。
グルメ情報サイトに載れば新規顧客は見込めるかもしれない。売上アップだって期待できる。だが、必ずしもそれが成功とは限らない。売上が高い代わりに、どのお客さんも一度来たきりで二度と来店しない店と、数は少なくても自分たちのやりたいことを理解した人たちが何度も何度も足を運んでくれる店。どちらかを成功と呼ぶかは、その人次第だろう。
そして、こうやって解釈を拡大していくと、それはドラマのあり方にもつながる。オンエアが終わったら誰も思い出さない作品と、愛してくれた人たちがまるで大事な思い出のように何年先も語り続けてくれる作品。新井順子と塚原あゆ子がつくり続けるドラマはどれも後者で、幸せや成功というものは何なのかを改めて考えさせてくれた。
そして、そんな信彦の物語がそのまま綿郎とリンクしていくことで、石子が父を受け入れる過程を説明臭くならず、だけど納得感を持って描けているところに、構成の巧さを感じる。
「今後、僕が改められるところがあったら」と歩み寄ろうとする父に、石子は「いえ」とすっぱり断り、「お父さんはそのままでいてください。私も変わらず小言を言い続けますから」と返す。他者を変えようとするのでもなく、自分の意志を曲げるのでもなく、ありのままの関係をそのまま受容する。難しいことだけど、これこそが人との関わりの理想形だと思う。
そのあとに「座ってて。私が出すよ」と初めてタメ口になるのにもグッと来る。これなんかは1話から「親子なのに敬語」という違和感をしっかり積み重ねてきたからこそ活きる描写。1話完結ドラマの手本となるような脚本だと思う。
重い世相を忘れさせる、石羽コンビのカジュアルな愛らしさ
優秀なスタッフワークに応えるように役者たちもイキイキしている。回を重ねるごとに有村架純と中村倫也の息もどんどん合っているように見えるけど、今回はもう魅力が大爆発。
相手の弁護士が丹澤(宮野真守)だと知って、口をへの字に曲げる羽男(中村倫也)。さらに石子までそれを真似するように大袈裟に泣き顔をつくって口をへの字に曲げるのが可愛い。
虚勢を張るように上げた口角の角度をいつまでも気にしている羽男がキュートだし、会話が終わったあとに「こっちの方がよかったかな」と引っ張るところも笑える。なんとなくこの「こっちの方がよかったかな」は中村倫也のアドリブな気がするんだけど、どうだろう。
そして極めつけは、「ドナドナカー」→「出窓メーカー」→「蕎麦カレンダー」→「海老ロブスター」のくだり。ちょっと半笑いになりながらムズムズしている中村倫也がいいし、「もうちょっと泳がせま〜す」と素笑いがこぼれてしまったような有村架純もたまらない。ここなんかはかなり生感のあるやりとりで、2人の仲良しっぷりに「一生、キャッキャしててくれ!!」と天を仰ぎそうになった。そのあとの「正解!」の大げさなリアクションもいいし、有村架純がここまで楽しそうにコメディエンヌを演じているのも新鮮だ。これはひとえに中村倫也との相性の良さによるところが大きいと思う。
これだけさっぱりしつつも絆の深さを感じさせる男女のバディって、これまでのドラマを振り返っても、ちょっと思い出せないんだけど、本当、この2人にしかないコンビネーションが出来上がっている。見ているだけで幸福感が湧いてくる石羽コンビがいとおしくてしょうがない。
大庭(赤楚衛二)とのシーンで、玉こんにゃくがつかめない羽男なんて、本編にはまったく関係のないのにわざわざぶっ込んでくるところに制作陣の羽男に対する愛を感じるし、「言い訳してる」の有村架純のツッコミも、ムキになってかき込む中村倫也も最高。
当方、男同士のバディが大好物ですが、男同士となると、ついついクソデカ感情を求めてしまいがち。それはそれで大歓迎なんだけど、どうしてもそうなると観ているこっちの魂まで削られてしまう。
でも、恋愛感情を挟まない石子と羽男という男女のバディは、いい意味で気楽に見られる。なんならほとんど『ちいかわ』を見ているのと同じ目線で、石子と羽男の戯れを眺めている。そして、そのカジュアルな愛らしさこそが、この重い世相を忘れるちょっとした清涼剤になっている気がする。『石子と羽男』という4コマ漫画があったら、ずっと読んでいたい。そういう愛され力が石羽コンビにはあると思う。
なんて考えていたら、最後にとんでもない重いボールがぶっ込まれた。大庭が放火の容疑で警察に連行されたという。これまでカフェで充電してたら店主に訴えられたとか、隣の家の梅の木のせいで毛虫が大量に発生したとか、ごくごく身近な事件を扱ってきたのに、ここに来ての放火殺人。シリアス度が上がりすぎて、『ちいかわ』を見ていたつもりがいきなり土曜ワイド劇場になっとる。
でも『石子と羽男』のことだ。この事件には何か必ず裏があるはず。いよいよ『石子と羽男』も最終局面へと突入した・・・!
(文・横川良明/イラスト・まつもとりえこ)
【第9話(9月9日[金]放送)あらすじ】
大庭(赤楚衛二)が放火容疑で逮捕された。
羽男(中村倫也)が接見に行くと、大庭は「自分がやった」と罪を認めた。理由については黙秘して何も話してくれない。
さらに、放火のあった公園トイレの焼け跡から、一人の遺体が見つかる。
大庭の無罪を信じつつも動揺する石子(有村架純)と羽男。
二人は放火のあった現場を訪れ、さらに大庭の家族にも会いに行くのだが・・・。
◆放送情報
『石子と羽男−そんなコトで訴えます?−』
毎週金曜深22:00から、TBSにて放送。
地上波放送後、動画配信サービス「Paravi」でも配信中。
また、Paraviでは出演者のセリフだけでは表現しきれない「ト書き」や情景描写などをナレーションで説明した解説放送版、Paraviオリジナルストーリー「塩介と甘実―蕎麦ができるまで探偵―」も配信中
- 1