「もう逃げないで戦います」

傷だらけの少女は、そう誓った。そして、それを廊下で聞いていた石子(有村架純)もまた――。

『石子と羽男』第7話は、理不尽と戦う最初の一歩を描いた回だった。

本当に問われているのは、子どもたちではなく、大人の方だ

今回、理不尽に対して声を上げたのは、家出少女の川瀬ひな(片岡凜)と東美冬(小林星蘭)。美冬は義理の父・辰久(野間口徹)から暴力を受けていた。義父の支配から逃れるために家を出るも、頼れる場所はなく、繁華街のビル横で暮らす「山ヨコキッズ」に流れ着く。そこで出会ったのがひな。たとえ福祉が救いの手をのべようとしても、彼女たちはその手を払いのける。第7話は、メディアで騒がれている「トー横キッズ」を下敷きにした、SOSを上げない少年少女たちの物語だった。

新井順子P&塚原あゆ子Dはこれまでも『アンナチュラル』で松倉花(松村沙友理)とミケ(菅野莉央)。『MIU404』でスゥ(原菜乃華)とモア(長見玲亜)と、繰り返し家出少女という題材を扱い、そのたびにその存在がいかに人の悪意の標的にされやすいか、親を頼れない子どもたちに向けていかにセーフティーネットを用意するかを訴え続けてきた。

なぜ日本にはさまざまな公的支援があるにもかかわらず、子どもたちはそれを利用しないのか。知らない、ということももちろんあるだろう。でもそれよりも、ひなの言ったひと言の方が痛烈だった。

「大人は信用できない」

子どもたちにとって、大人は頼るに値する存在ではないのだ。だから、自分たちだけの城に隠れ込む。それが、どんなに危険で劣悪な場所だとわかっていても。

『MIU404』の成川岳(鈴鹿央士)含め、新井と塚原が繰り返し居場所を失った未成年を題材にしてきたのは、同じように街を彷徨う少年少女に「信用できる大人を見つけて、まずは福祉や公共に頼る」ということを伝えるためだと思っていた。でも、今日の『石子と羽男』を観て、それだけじゃないんだなと思った。

むしろメッセージを送られているのは、僕たち大人の方だ。子どもたちが大人に救いを求めないのは、信用できる大人がいないから。ならば、信用できる大人を増やすしかない。

自分たちは、困っている子どもたちが頼るに値する大人になれているか。彼ら/彼女らの「大人は信用できない」という拒絶の眼差しに、自分ならどう応えるか。ひなの頑なな目が鋭く問いかける。

「信じられない大人達の世界から脱却して 新しい人生を一緒に作ろう」

そう少年少女を先導したK(湊さやか)でさえ、実際のところは味方のふりをして弱者を搾取するだけだった。そして利権争いの末に殺される。汚い大人と何も変わらない。Kの部下だった木崎成貴(若林時英)なんて辰久と同じだ。ひなの弱みにつけ込み、金をむし取ろうとするも、羽男(中村倫也)が出てきたら慌てて平謝りする。強い者には弱く、弱い者には強い。辰久も木崎も根っことは同じだ。

結局、大人だから信用できない/子どもだからわかり合える、ということではないのだ。大事なのは、どれだけ自分のことを大切に思ってくれているか。

ひなの心が変わったのは、事務所の玄関で石子と羽男の話を聞いたとき。こんなにも自分たちのために真剣になってくれる人がいる。それはきっと、ひなにとっては初めてのことだった。手には売春で稼いだお金。自分が先にあきらめてしまった未来を、この2人はまだあきらめていない。だから一緒に戦おうという気持ちになったんだと思う。たとえ隠し撮りされた自分たちの動画が公に出ることになっても。

あんなふうに見ず知らずの子どもに寄り添い、その未来のために真剣になれる大人であれているか。正しい知識と情報をもとに、子どもたちの行くべき方向に光を当てられるか。行き場のない少年少女を救うのは、信用できる大人なんだということ。そして、まず僕たちがそんな大人であらねばならないことを突きつけられた回だった。

塚原あゆ子が切り取る、どんな悲劇も日常の風景にあるという現実

降りかかる理不尽によって人生を歪められたのは、ひなや美冬だけではなかった。形は違うけれど、石子もまた理不尽によって人生が変わってしまった1人だ。

目の前で交通事故を目撃した。そのショックで司法試験を失敗した石子。心の傷は癒えず、司法試験を受けるたびに、あの凄惨な瞬間がフラッシュバックし、本領を発揮できなかった。ずっと謎だった、なぜ優秀な石子が4回も司法試験に失敗したのかという謎がついに解き明かされたのだ。不可抗力によって受けた傷。これもまた理不尽のひとつだろう。

ここは塚原あゆ子の演出が冴えていた。どこにでもある居酒屋で、石子は自分の過去を告白する。

「ただ目撃してしまった人の人生も一瞬で変わってしまう」

石子の言葉が、胸を刺す。でもそんな中、店内に新しい客がずかずかと入ってくる。彼らは楽しげに話しながら、石子と羽男の前を横切っていく。視聴者から見れば、ただのノイズだ。わざわざここで他の客をクローズアップする必要なんてない。では、なぜここであえてそんな演出をとったのか。

それはきっと、当人にとってはどんなに重大で深刻な出来事であっても、他の人から見ればありふれた日常の背景でしかないことを表したかったからじゃないだろうか。誰かの人生が変わるような出来事は、日常のいろんな場面で転がっている。それは、他の人なら見過ごしてしまうほど小さな石かもしれない。でも、本人には自分の力では到底動かせないくらい大きな岩となる。

そして、石子と羽男の前を横切った客たちにもきっとそれぞれ人生を変える出来事があって、口にしないだけでみんな何かを抱えて生きている。そのことを表現するために、あえてああしてノイズとなるような来客を割り込ませることで、ごくごくありふれた日常感を強調したのだと思う。

他にも「弁護士なんて所詮法律の範疇でしか動けない。スーパーマンじゃない」という台詞のときに、羽男をアップで撮るのではなく、あえて羽男の弁護士バッジに寄ってみたり。塚原あゆ子は画で語る力に長けている。塚原あゆ子は大衆的なわかりやすさをキープしつつ、実験心を忘れない。だから、彼女の撮るドラマは面白いのだ。

「もう逃げないで戦います」という美冬の言葉を聞きながら、石子は何を思っていたのか。4回目の失敗から、石子はずっと弁護士になるという夢に目を背け続けている。一方で、パラリーガルの無力さを突きつけられる場面も何度か描かれてきた。やっぱり最後は石子がトラウマを克服し、5度目の司法試験に臨むのか。石子が弁護士になる夢を叶えることを応援したい気持ちはありつつ、もし彼女が弁護士になれば石羽コンビは解消となる。それはそれで悲しいというのは、視聴者の勝手なワガママか。石子が理不尽をどう乗り越えるのかが、やはり今後の鍵を握っていそうだ。

羽男の石子への気持ちは相棒としての信頼か、それとも恋なのか?

そんな第7話だったが、愛くるしい場面は今回も絶好調。羽男の「どっちがお会計払うみたいな会話になってるよ、今」というツッコミは今日も脱力感が効いていて笑えたし、サティヤム(ラジャS)に「ねえ、日本語喋れるなら、最初からさ」とツッコむのも面白い。ちなみにスマホも『大豆田とわ子と三人の元夫』でもネタになっていた「ちょっと鼻につく意識高い系」風の持ち方で、そんなところも羽男らしい。

石子も石子で「先生、書き順が違いま〜す」の言い方がいかにも学級委員長風でよかったし、それを羽男に「今いいでしょ別に」と言われ、綿郎(さだまさし)からも「まあ今はいいね」と頷かれる連携プレイにクスッとさせられた。

それにしても有村架純はやっぱり魅力的だ。事故現場に遭遇し、血の気を失った石子を見て「さっきの、どうした?」と伺う中村倫也のいつもより低い声も色っぽかったけど、それに対しておどけるように肩をすくめて誤魔化すところなんて、とてもチャーミングな一方、安易に人を踏み込ませない石子の頑なさがよく出ていた。また、大庭(赤楚衛二)の寝顔をいとしそうに見つめる微笑みには何とも言えない色気がある。

第1話から散らつかせていた不安定さは、やはり石子の核になっていたし、有村架純という役者は平凡な女性を演じるのを得意とする一方で、いつもどこか陰があり、ミステリアスだ。それは『中学聖日記』の聖ちゃんもそうだったし、『そして、生きる』の瞳子も『コントが始まる』の里穂子もそう。いろんなクリエイターが、有村架純と組みたい気持ちがよくわかる。彼女はそこにいるだけで、見るものの想像を刺激する余白があるのだ。

一方、石子に「何も」とかわされた羽男はどこか寂しそうだった。石子が大庭と電話している最中も居心地が悪そうだったし、石子が大庭の部屋に行くことに驚きだけじゃない何かを感じているようだった。もしかして羽男も石子のことを女性として見ているのだろうか・・・? 恋人ではなく相棒でいてほしいという気持ちはありつつ、ちょっと嫉妬してる中村倫也も見たいし、なんやかんやでフラれる中村倫也を見たいというのもまた視聴者のワガママ。2人の関係もどうなるか、まだ断定はできなさそうだ。

そして気になると言えば、大庭の今後。今回は「あ、名乗るの忘れてました、大庭です」から始まり、部屋を綺麗だと褒められて照れくさそうに鼻をさするなど、少ない出番で赤楚砲を大連射。地が可愛い赤楚衛二はやりすぎるとあざとくなっちゃうんだけど、この大庭という役は鼻につかない絶妙なラインを攻めていると思う。これは赤楚衛二の力もあるけど、今まで岡田健史、向井理、綾野剛、星野源、横浜流星、松下洸平、井浦新と男の可愛さを最大限に引き出してきた新井順子のバランス感覚によるところも大きいと思う。

その大庭だが、勤め先はやはり相当怪しいところのよう。ラストカットで見せた代表取締役の名刺は完全に偽物だろう。ということは、あのパーティーは経営者たちを騙すためのものであり、大庭はサクラとして片棒を担いでいるということか。だとすると、完全にアウトなんだけど、大庭の表情には罪悪感のカケラもなかった。何にもわかっていないとすると、さすがにピュアすぎる気がするんだけど、石子と羽男は知らず知らずのうちに犯罪に巻き込まれつつある大庭を救うことができるのだろうか。

(文・横川良明/イラスト・まつもとりえこ)

【第8話(9月2日[金]放送)あらすじ】

潮法律事務所に"隠れ家"を売りにしている創作料理店の店主・香山信彦(梶原善)から、店が知らぬ間にグルメサイトに掲載されてしまい、掲載の取り消しを求めてサイトの運営会社を訴えたいと相談があった。

羽男(中村倫也)と石子(有村架純)が運営会社の顧問弁護士を訪ねると、そこには羽男の因縁の相手、丹澤(宮野真守)の姿が! 羽男は掲載の取り消しを求めるが、丹澤はそれを拒否。交渉は決裂する。

示談が成立せず裁判で争うことになったため、石子と羽男は裁判に向け店側に有益な情報を集め始める。

そんな中、信彦には大喧嘩したまま疎遠になっている息子夫婦・洋(堀井新太)と蘭(小池里奈)がいることがわかり・・・。

◆放送情報
『石子と羽男−そんなコトで訴えます?−』
毎週金曜深22:00から、TBSにて放送。
地上波放送後、動画配信サービス「Paravi」でも配信中。
また、Paraviでは出演者のセリフだけでは表現しきれない「ト書き」や情景描写などをナレーションで説明した解説放送版、Paraviオリジナルストーリー「塩介と甘実―蕎麦ができるまで探偵―」も配信中