前回、「見えるもの/見えないもの」できょうだいの愛を描いた『石子と羽男』。あえて対にするならば、第5話は「言葉にすること/しないこと」。これを補助線として、第5話でどんなことが語られていたのかを振り返ってみたい。

二重奏によって奏でられた「恋」と「秘密」のハーモニー

『石子と羽男』は二重奏のような作品だ。ピアノとヴァイオリンがそれぞれ違う音を出しながらひとつの旋律を奏でていくように、まったく違うエピソードが最終的にはひとつのテーマへと収束していく。

今回で言えば、曲目は「恋」。よくある隣人トラブルに見えた重野義行(中村梅雀)と有森万寿江(風吹ジュン)の関係は、実は老いらくの恋だった。そう判明した瞬間、並走するように描かれていた大庭(赤楚衛二)の石子(有村架純)への想いが、その伴奏だったことに気づく。

しかも両者の「恋」には共通点がある。それは、どちらも「秘密」を抱えていること。重野は、親しかったはずの有森との交流をある日突然絶った。理由は、自身が慢性腎不全を患っており、3日に1度、病院で人工透析を行わなければいけない体だったから。そのことが明るみになったとき、今度は石子の卵巣嚢腫のエピソードがあぶり絵のように浮かんでくる。

石子の卵巣嚢腫は検査の結果、良性の腫瘍だったという。もしこれが良性ではなかったとしたら、大庭からの告白を石子は純粋には受け止められなかったかもしれない。重野が相手の負担になることを避けたように、石子もまたためらったかもしれない。でも、石子は重野の恋を応援した。それは一瞬でも自分の残りの人生について考えた石子だからこその言葉のような気がした。

では大庭からの告白に石子はなんと答えるか。前回までの大庭なら望みは薄かっただろう。でも、石子の具合が悪かったとき、大庭はわざわざさっき知り合ったばかりの町内会の人に車を借りてまで、石子をサポートしてくれた。その優しさが、不安だった石子の心に沁みた。大庭は何でもストレートに言葉にする。意地っ張りな石子にはそれくらいがちょうどいいのかもしれない。

これは期待込みの予想だけど、石子は大庭の告白を受ける気がする。そして、晴れて恋人同士となった大庭は潮法律事務所を離れ、新しい就職先へ。でもそこの社長が田中哲司という時点でもうトラブルの予感しかない。大庭がカフェの店長に訴えられたことから始まったこの物語は、最終的にまた大庭のために石子と羽男が戦う展開へと帰結していくのではないだろうか。

石子と羽男はいいコンビだけど、そこに恋愛感情はない方が見ていて気持ちいいし、羽男と大庭が石子をめぐって対立関係になるのも見たくない。女1人に男2人がいれば必ず三角関係なんていうのも古い話。相棒と恋人は別。そして、そのどちらも矛盾なく両立するというところを描いてくれたらいいなと思う。

「言葉にしないこと」で紡ぐ、老いらくの恋と、石子と羽男の関係

そして今回の裏テーマとも言えたのが「言葉にすること/しないこと」。まずそれをはっきりと口にしたのが、有森だった。美人で色っぽい有森が独り身で越してきた。詮索好きの野次馬たちはさぞ騒ぎ立てたことだろう。「町内会のマドンナ」なんて町の人たちは囃し立てたけど、有森の性格を考えると困惑したに違いない。でも、彼女はそういうことをいちいち言葉にできない。困ったように、控えめに笑うだけ。

「あの方だけは一切何も聞いてこなかったんです。そういう何も口に出さない優しさが心地良くて」

これだけ長く生きていれば、みんな大なり小なり何かしらある。そういうことをわかって、適度な距離感を持って接してくれる人に惹かれる気持ちはよくわかる。何かあるといちいち干渉してくる町内会長(渡辺哲)とは対照的に、重野は言葉にしない優しさを持っている男性だった。

ラストの『時の過ぎゆくままに』なんてその真骨頂。シャイな重野は易々と「好き」なんて言葉にできない。でもその代わり、ピアノに想いを込める。そこに言葉以上の愛情を感じるから、有森は重野のことを好ましく想ったのだろう。

同じように言葉にしない優しさを持っているのが、羽男だった。突然、石子を遠ざける羽男。石子は羽男の意図がわからずショックを受ける。でも、実はそれは石子の体を案じてのことだった。そうはっきり言ったら、きっと石子は従わない。だから、あえて言わなかった。言葉にしたことだけが想っていることのすべてではないのだ。

それに対する石子の返答も良かった。羽男の優しさにふれ、「ちょっと変わりましたね、先生」と石子は涙ぐむ。それに対し、「あ、髪とか服とか?」と羽男はまるで頓珍漢。でも、そんな自意識の強さがブランディング命の羽男らしい。だからこそ、石子も「ええ、いいと思います」と答える。この「いいと思います」にも2つの意味を感じた。

記憶力だけが頼りで人の機微にてんで疎かった羽男が少しずつ変わっていることに対しての「いいと思います」と。外見や見られ方ばかりを気にするところは変わらないことへの「いいと思います」。そんな心の内訳をいちいち石子も言葉にはしない。でも、言葉にしないから伝わってくる。

「言葉にしないこと」でも、重野と有森のエピソードと、石子と羽男のエピソードがつながっていて。厚みのある二重奏に思わず唸らされてしまった。

観るものを惹き込む、有村架純という出口のない森

それぞれのキャラクターの可愛いところもたっぷりつめ込まれていた。

今回、石子は羽男に突き放されて戸惑っていたけど、それが湿っぽくならないところは有村架純のうまさだと思う。たとえ羽男に敬遠されようと、自分の言うべきことは主張する。その意志を曲げない姿勢が爽快だ。それでいて、また羽男に同行できると決まったら、途端にいつもの調子でまくし立てるところは、なんともキュート。石子がちっともウザくならないのは、有村架純の愛らしさの賜物だと思う。

また、大庭の内定が決まったときの含みのある表情は、市井の人を演じても、どこかにミステリアスな雰囲気が残る有村架純らしい表情だった。過ぎゆく海を眺めるその一瞬の表情は、これから待ち受ける大庭からの告白に対して、喜んでいるのか戸惑っているのか、まったく読めない。この本心の読めなさが有村架純のお芝居の真髄であり、だから私たちは魅入られてしまうのだ、有村架純という出口のない森に。

中村倫也は、とにかく流す芝居が絶妙。キャラクター上、赤楚衛二やおいでやす小田が前のめりな芝居をしてくるのに対し、中村倫也は徹頭徹尾それを流す。まるでマタドールみたいだ。突進してくる周囲の人物を、ひょいっと赤い布を翻してかわす。その余裕が、笑いの緩和を生む。

この飄々とした軽さは出そうとして出せるものではない。石子と大庭を残して先に立ち去るときも振り向くだけでおかしさがにじみ出るのは中村倫也だから。しかも、二度振り返るところが笑いをわかっている。

大庭が石子に告白したと思い込み興奮するところなんて、完全に中学生。いつもより声が甲高くなっちゃっているところがチャーミングでたまらないし、「だから、例の」で脇が一瞬ワカチコワカチコしているのなんて、つい吹き出してしまった。演技のトーンをシーンに合わせて自在に切り替えられる中村倫也の達者さに、もう惚れ惚れしてしまう。

チャーミングで言えば、赤楚衛二も負けていない。帰りが遅くなった石子と羽男を出迎えるところの笑顔なんて、尻尾が見えるくらい子犬だし、駆除剤撒いてる姿さえ可愛くて、こんな業者さんが来てくれるなら、毎日ダスキンに電話しちゃいそう。

そして注目の「告白の告白」ははたから見ればとぼけているのに、本人は至って大真面目だからユーモラス。こういう天然感をあざとくさせないのは、赤楚の持つ生真面目さゆえ。ラストの告白の本番シーンでも、石子が着くまでの間、しきりに準備運動しているところが微笑ましくて、つい目尻が垂れてしまった。

三者のキャラクターがどんどん魅力を増していく一方、綿郎(さだまさし)の体調という新たなフラグも立ったところで、物語は後半戦へ。次はどんな二重奏を奏でてくれるのか楽しみだ。

(文・横川良明/イラスト・まつもとりえこ)

【第6話(8月19日[金]放送)あらすじ】

依頼人は、幽霊物件と知らずに家族で分譲賃貸マンションに越して来た高梨拓真(ウエンツ瑛士)。幼い双子の息子を抱え育児ノイローゼ気味だった妻の文香(西原亜希)だが、匿名の手紙で「孤独死があった部屋だ」と知らされたことで幻覚や幻聴を訴えるように。困り果てた拓真は潮法律事務所を訪ね、不動産会社に引っ越し費用の請求と違約金発生の契約を無効にしてほしいと申し出る。

石子(有村架純)と羽男(中村倫也)はさっそく不動産会社へ。すると社長の六車瑞穂(佐藤仁美)にも言い分があり、一筋縄ではいきそうにない。そこで、高梨夫妻に手紙を送った人物を探し出して慰謝料を請求することに。一方、石子に告白した大庭(赤楚衛二)は、約束通り羽男にもそのことを伝えるが・・・。

◆放送情報
『石子と羽男−そんなコトで訴えます?−』
毎週金曜深22:00から、TBSにて放送。
地上波放送後、動画配信サービス「Paravi」でも配信中。
また、Paraviでは出演者のセリフだけでは表現しきれない「ト書き」や情景描写などをナレーションで説明した解説放送版、Paraviオリジナルストーリー「塩介と甘実―蕎麦ができるまで探偵―」も配信中。