どうして僕たちはSOSを発することを恥ずかしいと思ってしまうんだろう。そんな状況にいる自分のことを情けないと思ってしまうんだろう。
自分が周りにいる側だったら頼ってほしいと思うのに、ひとりで抱えてどうしようもなくなってしまう前に逃げてほしいと思うのに、当事者になるとそれができない。そして、自分で自分を傷つける。
TBS金曜ドラマ『石子と羽男−そんなコトで訴えます?−』第1話は、そんな現代人の臆病な自尊心が描かれていた。
法は人を罰するものではなく守るもの
のっけから私事で恐縮だけど、最近友人が弁護士のお世話になった。あるトラブルを抱えて、その相談に行ったのだ。最初に弁護士を利用すると聞いたとき、正直、僕は「何もそこまで大ごとにしなくても...」と思ってしまった。でも、結果、弁護士に入ってもらったおかげでトラブルは円満に解決し、彼女はストレスから解放され、晴れやかな笑顔を取り戻した。どんづまりになっていた彼女に必要だったのは、頼れる味方だったのだ。
このことをふと思い出したのは、石田硝子(以下、石子/演:有村架純)の「なぜすぐ弁護に相談しなかったんです?」という問いがきっかけ。そう言われて思わず答えに窮するくらい、僕も弁護士を遠いものだと感じていた。にっちもさっちもいかなくなったときの最終手段くらいに考えていた。たぶん「訴える」という言葉の中にひそむ"抗争感"もひるむ理由のひとつかもしれない。そうなる前に、なるべく穏便に物事を解決したい。弁護士に頼るということは、波風を立てる行為なんだと勝手に思い込んでいた。
でも決してそうではない。法は人を罰するものではなく守るもの。弁護士は最終手段ではなく、最初に相談すべき法律の専門家。奥の手ではなく、初期段階から弁護士に入ってもらった方が傷も最小限にすむんだと石子は教えてくれた。
たとえば健康のことならかかりつけ医がいるし、最近ではもっとカジュアルにカウンセリングを活用しようという風向きも強くなっている。そんなふうに、1人ひとりが何かあったときにすぐ電話できるマイ弁護士がいれば、もっと僕たちはヘルシーに暮らせるのかもしれない。
初回からいきなり重要なメッセージを描いた『石子と羽男』。もちろん大いに期待していたけれど、その期待を軽やかに飛び越えて、まったくガードしていなかった部分に強烈なパンチを打ってきた第1話だった。
新井P×塚原Dのゴールデンコンビにハズレなし!
とにかく全体的に質が高い。まずストーリー構成。予告からしきりに「カフェで充電していたら訴えられた」というエピソードを強調していた。こんな小ネタをどう展開させていくんだろうと思ったら、あくまでこれ自体は導入のフックで、その先にはパワハラ、職場いじめという社会問題が口をあけて待っていたという、巧みすぎるちゃぶ台返し。
しかも、相談者だった大庭蒼生(赤楚衛二)がパワハラの加害者かもしれないというミスリードまで盛り込んで、視聴者を飽きさせない。二転三転するストーリーに振り回される爽快感を味わわせてもらった。クライマックスで登場した『MIU404』さながらのカーチェイス含め、面白さにとことんこだわりたい、視聴者をいい意味で驚かせたいという新井順子プロデューサーの気骨が溢れた初回だった。
塚原あゆ子監督の演出も冴えている。多用されたのが、上下が逆転している画だ。タイトルインのあとの天秤も逆さま。回想シーンも潮法律事務所の天井部分が床となり、上下がひっくり返った状態で展開する、手の込んだ画づくりだった。これは、二転三転するストーリーを画で説明しているように見えるし、ある事象もひっくり返して見たらまったく違うふうに見えてくることへの暗喩ともとれる。いずれにせよ塚原あゆ子らしい遊びが効いていて楽しい。
その上でエモーショナルな撮り方も心得ている。パワハラを告発した沢村篤彦(小関裕太)が最後に大庭に頭を下げるシーンは、あえて台詞はなし。得意のスローモーションを効かせて情緒的に描く。うまいのは、バックの夕焼け。画として美しいだけでなく、1日の終わりである夕焼けは、事件が落着するというイメージを喚起させる。
さらに大庭と沢村がシルエットになることで、表情が読めない。どんな顔をしているんだろうと視聴者が想像を膨らませた瞬間、沢村のくしゃくしゃになった顔が大写しとなり、はっと胸を突かれる。そこに、沢村の胸を叩く大庭、無言で沢村を見つめる大庭を重ねていくことで、限界まで追いつめられていた沢村の罪悪感と、2人の雪解けが伝わってきた。
新井P×塚原Dといえば、もはや説明不要のゴールデンコンビだが、今回も僕たちの心に沁みるドラマを届けてくれそうだ。
いちばん傘が必要なのは、石子と羽男なのかもしれない
キャラクターもそれぞれ謎を抱えていて、つい深読みを誘う。弁護士になれないのではなく、ならないのだと言い切るパラリーガル・石子。司法試験に4回連続落ちた過去があるらしく、あの一言は羽根岡佳男(以下、羽男/演:中村倫也)に対する強がりなのか、別の意味があるのかが気になる。
また、実の父である潮綿郎(さだまさし)とは名字が違い、一緒に暮らしはじめたのは3年前から。話し方にも距離があるところから考えて、何やら複雑な事情がありそうだ。赤門の前で一緒に写真を撮っていたのは母親だろう。母親が他界したことから、離婚によって離れ離れで生活していた綿郎と同居するようになったと見るのが自然だが、彼女が弁護士にならないと言った理由のひとつに母親のことも関連しているのかもしれない。
大庭たちに「なぜ声を上げないんですか」と語りかける前、石子は少し混乱したように頭を抱えていた。理路整然と法律知識を語るそれとは別人のような不安定さだ。硝子という名は「ガラス」とも読む。彼女のガラスの心に隠されているのは、どんな過去か。
一方、羽男も飄々とした態度は演出で、本性はかなり不安定な様子。写真のように見たものを記憶するフォトグラフィックメモリーという特殊能力がありがら、想定外の事態に対応できないという脆さも併せ持っている。しかも単にアドリブが効かないというより、思わず手指が震えるなど、何かしらのトラウマを抱えていると見た方がいいだろう。羽男を追いつめたのは誰か。
いちばん傘が必要なのは、石子と羽男なのかもしれない。
そんな2人を演じる有村架純と中村倫也のコンビネーションもすでにバッチリだ。にじみ出る不安定さは、有村架純の真骨頂。曲者の羽男に負けない毅然とした雰囲気を出しつつ、どこか漂う危うさは有村架純だから出せるものだと思う。ラストで屋上から羽男に電話をかけるシーンでは、主人公なのにミステリアスな雰囲気を醸し出していて、彼女の演じる石子像につい魅入られてしまった。
また、毎度のことながら役柄によって声色、口調まで細かく工夫をつける中村倫也の達者ぶりも気持ちいい。同じ法律用語をまくし立てるのでも、型破りな天才弁護士を演じているときとそうでないときでは声のトーン、台詞の強弱、間の置き方からまったく違う。それでいて、なめらかな口跡はまさにひとつの芸と呼んでいいもの。この3ヶ月は、中村倫也の台詞術に酔いしれたい。
そして、潮法律事務所でアルバイトとして働くことになった大庭もこれからの活躍が楽しみなキャラクター。赤楚衛二らしい心優しい青年をベースにしながら、パワハラ上司に食ってかかるところなどは正義感と実直さがにじみ出ていて、これまでの役どころより硬派なニュアンスが加味されているように感じられた。学生時代の剣道着姿は、思いがけないサービスカット。古風な赤楚衛二の顔立ちによく似合っていて、役者のいいところを引き出す才に長けている新井順子らしい設定に思えた。
脚本、演出、役者と三拍子揃った『石子と羽男』。この夏ドラマの本命であることに異論はないだろう。
(文・横川良明/イラスト・まつもとりえこ)
【第2話(7月22日[金]放送)あらすじ】
大型ショッピングモールで無料法律相談会を開いていた石子(有村架純)と羽男(中村倫也)のもとに、一組の親子がやってきた。
母・相田瑛子(木村佳乃)は、小学生の息子・孝多(小林優仁)が内緒でスマホゲームに課金して、ゲーム会社から高額請求され困っていた。
返金してもらいたいと相談された羽男らはゲーム運営会社の顧問弁護士を訪ねるが、担当弁護士は羽男の元同僚の丹澤文彦(宮野真守)だった。
羽男は「未成年者取消権」を主張するが、事態は思わぬ方向へ進んでいくことに・・・!
◆放送情報
『石子と羽男−そんなコトで訴えます?−』
毎週金曜深22:00から、TBSにて放送。
地上波放送後、動画配信サービス「Paravi」でも配信中。
また、Paraviでは出演者のセリフだけでは表現しきれない「ト書き」や情景描写などをナレーションで説明した解説放送版、Paraviオリジナルストーリー「塩介と甘実―蕎麦ができるまで探偵―」も配信中。
(C)TBS
- 1