泣ける作品が名作とは限らない。だけど、こんなに泣けて、胸が熱くなって、登場人物たちのことを愛しく思える『とんび』という作品は、間違いなく名作だと思う。

原作は、直木賞作家・重松清のベストセラー小説。この春、阿部寛&北村匠海によって映画化を果たす『とんび』は、過去2度にわたって映像化されている。1度目が堤真一&池松壮亮によるNHK版。そして2度目が内野聖陽&佐藤健によるTBS版だ。

TBS版の放送は2013年。改めてこのTBS版『とんび』の魅力をじっくりと語ってみたい。

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みんなで背中をさすり合えば、寒い夜も乗り越えられる

主人公は、市川安男。愛称はヤス。バカで不器用で強情だけど、まっすぐで愛情深いヤスには大切な家族がいた。妻の美佐子(常盤貴子)と息子の旭(佐藤健※1歳時:榎本城之助/3歳時:五十嵐陽向/6歳時:荒川槙/11歳:福崎那由他)だ。けれど、美佐子は幼い旭をかばって死亡。最愛の妻に先立たれたヤスは、シングルファザーとして旭を育てる。単細胞のヤスと違い、聞き分けが良くて聡明な旭。いつしか周囲はそんな2人を見て「とんびが鷹を生んだ」と言うようになる。『とんび』は、そんな父と息子の物語だ。

どうして『とんび』がこんなにも泣けるのか。それは、『とんび』にはたくさんの愛がつまっているからだ。確かにヤスと旭は、父子家庭だ。母親のいないことを幼い旭が寂しく思う場面もある。だけど決して男手ひとつなんかじゃない。旭には、時に親のように育ててくれるたくさんの味方がいた。

ヤスの行きつけの小料理屋「夕なぎ」の主人であり、ヤスの姉代わりでもあるたえ子(麻生祐未)に、ヤスの幼なじみで住職の照雲(野村宏伸)とその妻・幸恵(加藤貴子)。そして照雲の父であり、ヤスにとっても父のような存在である海雲(柄本明)。みんながいつもヤスと旭を見守ってくれた。

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今時、こんなふうに地域がひとつになって子どもを見守り育てるなんて文化は、日本ではなかなか見られないのかもしれない。だけど、ほんの少し時間を遡るだけで、この国の至るところではそんな景色があった。銭湯ではしゃいでいたら、知らないおじさんに叱られたこと。家の鍵をなくして困っていたら、近所のおばちゃんが家にあげてくれたこと。僕にも、そんなささやかで、あたたかい思い出がある。

見知らぬ子どもに声をかけたら不審がられる今の世の中では、人情なんてものはもう時代遅れかもしれない。地域のつながりなんて、いつの間にか忘れ去られてしまったのかもしれない。ヤスと旭を取り囲む人々を見て、なんだかいいなと思うのは、そんな人の絆が恋しいから。本当は大切だとわかっている、だけど現代ではもう簡単に手に入らない豊かさが『とんび』に描かれているから、熱い涙がこぼれてしまう。

特にグッと来るのは、母がいないことを寂しがる旭を連れて、夜の海辺に出かけるシーン。どんなにヤスが強く旭を抱きしめても、旭の背中は寒い。

「その寒さを背負うということが、旭にとって生きるってことなんだ」

そう強く諭した上で、海雲は付け加える。背中が寒いときは、自分がこうやって手を添えてやる。照雲も、幸恵も、頼子(岩本多代)も、たえ子も、みんなで背中を温めてやる。

「だから自分を可哀相だなんて思うな」

血のつながりは、確かに尊い。だけど、血のつながりだけが家族じゃない。人と人が寄り添い、時に肩を貸しながら、まるでおしくらまんじゅうをするみたいに暮らしていく。それが、人と生きることなんだと『とんび』は教えてくれる。同じように、孤独に生きる僕たちの背中をさすってくれる。

保育園の卒園式、他のみんながお父さんもお母さんもいる中、旭だけお母さんはいなかった。でも、旭にはヤスだけじゃなく、たえ子も、海雲も、照雲も、幸恵も、ヤスの仕事仲間である葛原(音尾琢真)や萩本(高橋和也)まで来てくれた。

他の誰より大所帯の卒園写真。これが、旭の家族なのだ。その賑やかな一枚が微笑ましくて、泣いてるそばから目尻が垂れてしまう。

さらに、その後の回では子宝に恵まれない照雲と幸恵の複雑な心境までつぶさに描かれていく。このあたりのキャラクター描写の厚みは、長い時間を使える連ドラならでは。『とんび』は父と息子の物語でありつつ、もっと大きな人と人との物語でもある。だから、観る人のノスタルジーを呼び起こし、心を揺さぶるのだ。

内野聖陽の「4D演技」が醸し出すヤスの可愛げと人間臭さ

そして、『とんび』の魅力といえば、何と言っても内野聖陽が演じるヤスに尽きる。『JIN-仁-』で演じた坂本龍馬で演技派の名声をさらに高めた内野聖陽だったが、このヤスも龍馬に負けず劣らずのハマり役。なぜ内野聖陽はこんなにも人間臭い役がぴたりとハマるのだろう。もともと『ふたりっ子』『ミセスシンデレラ』で一気にブレイクを果たした頃、内野聖陽のイメージといえば繊細な二枚目俳優だった。それから作品ごとにイメージを更新していき、『JIN-仁-』『とんび』で新たな魅力が開花。どんな方言も自在に使いこなし、その土地に本当にずっと住んでいたかのような、土の匂いがする演技で、観る人をぐっと感情移入させた。

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成人した旭がたびたび口にしている通り、ヤスは面倒臭い人なのだ。自分の気持ちに素直になれず、本当は息子のことが可愛くて仕方ないのに、つい意地を張ってしまう。しかも、かなり頑固で考え方は古臭い。旭が、7歳年上で子持ちの由美(吹石一恵)を連れて帰ってきたときの態度なんて、失礼すぎて今観るとちょっと噴飯物だ。でも、内野聖陽が演じることで、そこに可愛げが生まれる。やれやれとため息をつきつつ、つい仕方ないなと甘やかしたくなる。

それは、あの多彩な表情によるところも大きいと思う。内野聖陽はヤスを演じるにあたって、かなり表情にデフォルメを効かせている。漫画みたいに目を丸くしたり、口をひん曲げたり、ややキャラクターチックにすることで、ともすると暑苦しくなるヤスの印象をキュートにしている。

脚本を務める森下佳子の筆も巧みだ。気が短く血の気の多いヤスだけど、その行動動機は一貫している。常に愛する息子のことを一番に思い、息子のためなら頭も下げるし親バカにもなる。だから、いろいろ面倒臭いところもあるけれど、ヤスが愛しく思えてくる。

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上京した息子の電話を待っている場面なんて、特にチャーミングだ。ベルが鳴ってすぐに出たら待っていたみたいで恥ずかしいからと、あえて電話の前でベルが何度も鳴るのを見届けてから、いかにも面倒臭そうな調子で出る。まるで好きな人の電話に出るときみたいだ。

でも、親というのはそういうものなのかもしれない。親はいつだって子どもに片想いし続けている。重松清の原作を下地に森下佳子がいきいきとヤスを活写し、それを内野聖陽が画面から体臭まで感じさせるような「4D演技」で立体化させた。このヤスこそが、TBS版『とんび』の最大の成功ポイントだと思う。

佐藤健の熱演が生み出した、号泣必至の名場面

そして、そんな内野聖陽を受ける佐藤健も旭という役に実に自然に溶け込んでいる。佐藤健といえば、目力が持ち味。だが、この旭役では目の強さをあえて封印。鋭い眼光が一転し、目の前のものを包み込むような優しさをたたえているのが印象的だ。さらに声質もちょっと高めのトーンにし、柔らかく響くように工夫を凝らしている。

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『恋はつづくよどこまでも』のドSな男性医師から『義母と娘のブルース』のおバカなパン屋の店長まで、役の幅広さには唸るものがあるが、この旭も佐藤健の球種の多さを証明する役どころ。特に涙を誘うのは、上京する旭が家を出るシーンだ。

「酔っ払ったまま風呂入るのもやめた方がいいと思うよ。風邪ひいたとき水風呂入って気合いで治すのもダメだからね。絶対に治らないから」

手の焼ける父に、そう旭は最後の「小言」を残していく。それだけでも父を思う息子の気持ちが伝わってくるのだが、何より胸を打つのはその目だ。破けた父の靴下を見ながら、溢れ出る愛しさ。それが、光るものとなって目に溢れてくる。「小言」を繰り返す声がどんどん震え、最後には言葉につまりそうになりながら、「ちゃんと長生きしてくれよ」と伝える。このときのツンと鼻先に痛みがこみ上げるような旭の表情がリアルで、かつて子どもだった人の、そして子を持つ親の胸を締めつける。佐藤健の熱演が生み出した、泣かずにはいられない名場面だ。

TBSドラマを彩った石丸P&平川Dのゴールデンコンビ

美佐子役の常盤貴子の素晴らしさも忘れられない。実質的な出番は1話と最終話のみ。だけど、彼女の明るさがこの父子の太陽になっている。「いいじゃないですか、ヤスさん」とはしゃぐ美佐子の声がいつまでもこだまする。この存在感は、数多の作品でヒロインを張った常盤貴子だから出せるもの。

たえ子役の麻生祐未も実力を存分に発揮している。白眉なのは、その老い方。少しずつ動きが緩慢になり、口調もゆっくりになる。背中も丸くなり、ちょっと動くと息が上がる。メイクに頼らず、その挙動で年齢を表現してくれるから、たえ子が着実に年老いているのが説明しなくてもわかるのだ。このたえ子の老いは、最終回でヤスがくだす決断にとって非常に重要なものとなる。そこをしっかり計算に入れての麻生祐未の年齢のグラデーションの表現は見事の一言。どの作品でもしっかりと物語に奥行きを与えてくれる名バイプレイヤーだ。

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プロデューサーは石丸彰彦。メイン監督は平川雄一朗。『Stand Up!!』『世界の中心で、愛をさけぶ』でタッグを組み(チーフディレクターは堤幸彦)、『白夜行』で平川雄一朗がチーフディレクターに昇格した後も『ROOKIES』『JIN-仁-』と名作を生み出し続けた。TBSドラマの一時代を築いた2人と言っても過言ではないだろう。『とんび』はその素晴らしい歴史を飾る1作でもあるのだ。

ぜひ映画版『とんび』とあわせてTBS版も振り返ってほしい。ストーリーの大枠は同じだが、ディティールは映画版とTBS版では結構違っている。両作ともに観た者としての個人的な感想は、阿部寛のヤスはより頑固で、内野聖陽のヤスはより素直。佐藤健の旭はよりナイーブで、北村匠海の旭はより包容力を感じた。役者が変わることによるキャラクターの違い、また脚本家や監督が変わることによって生まれる解釈の違いも、作品を豊かに楽しむポイントのひとつ。この春は『とんび』で気持ちのいい涙を流してほしい。

◆配信情報
『とんび』
動画配信サービス「Paravi」で全話配信中。
(C)TBS