『妻、小学生になる。』の好演が光る神木隆之介。まだ20代ながら今年でキャリア27年目。『グッドニュース』『あいくるしい』など数々のドラマで天使のような愛らしさと大人顔負けの演技を披露してきた神木が"天才子役"からの脱皮を図った作品のひとつが、『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』だ。
本放送の開始から12年が経とうとしているが、今も『SPEC』は連ドラ史に残るエポックメイキングとして多くの人の記憶に刻まれている。その魅力を改めて解説したい。
観る人のオタク心を刺激するディープな世界観
『SPEC』の監督は、ヒットメーカー・堤幸彦。脚本に西荻弓絵、プロデューサーに植田博樹を据えた製作陣は、1999年にヒットした『ケイゾク』と同じ顔ぶれ。警察を舞台に、オカルト風味の難事件を扱い、サブカル色強めの小ネタを散りばめた構成は、『ケイゾク』と同様。また、癖の強い男女2人のバディものは、局こそ違えど堤幸彦の『TRICK』にも通じるところがあり、2000年代に一世を風靡した堤幸彦の連ドラにおける最終到達地点が、この『SPEC』だった(近年、堤幸彦は映画に軸足を移しており、地上波の連ドラは2017年の『視覚探偵 日暮旅人』以降、撮っていない)。
『SPEC』はとにかく設定に沸き立つものがあった。巻き起こる怪事件の数々。その裏で暗躍する特殊能力者=SPECホルダーの存在。
日本の連ドラで超能力を題材としたSFが制作されることは決して多くない。だが、豊川悦司と武田真治の美しき兄弟愛がカルト的人気を誇った『NIGHT HEAD』を筆頭に、ハマると中毒的な面白さを生む。この『SPEC』もそうだった。
SPECホルダーという超然たる存在が自明のものとして描かれる一方で、その呪文が「ラミパスラミパスルルルル」といった有名すぎるアニメからそっくりそのまま引用したものであったり、神の手を持つEXILE・NAOTO(NAOTO)が「Choo Choo TRAIN」を踊りながら人の怪我や病気を治したり。シリアスとコミカルの絶妙なアンバランスさで、観る人の正気を狂わせていく。このあたりの奇妙なズレ感やいびつな手ざわりは堤幸彦のお家芸。
それでいて、次々と抹消されていくSPECホルダーと、それに対抗すべく大量殺人を働く一 十一(神木隆之介)など、まるで玩具のように人が殺されるストーリーは遊戯的であればあるほど残酷だった。この"血の臭いがしない暴力性"が、無味乾燥な2010年代初頭の空気にマッチした。
終末的な世界観。深読みを誘うディープな設定。崩壊のフィロソフィー。『新世紀エヴァンゲリオン』などを摂取してきた人なら、病みつきになること間違いなし。性別を問わず、私たちの精神内部に疼くオタク心をくすぐる世界が、ここにある。
戸田恵梨香も、当麻紗綾も、決して絶望に屈しない
『SPEC』の魅力といえば、何と言っても当麻紗綾(戸田恵梨香)&瀬文焚流(加瀬亮)のバディに尽きる。
京大卒・IQ201という当麻の天才的な頭脳は、『ケイゾク』の柴田純(中谷美紀)に通じるものがある。柴田が浮世離れした天才であり、恋愛に対して夢見がちな乙女の部分を強く持っていたのに対し、当麻は生活能力の低さこそ共通だが、どちらかと言うともっと正義感が強く気性の荒いキャラクターとなっている。ぶりっ子のような態度で犯人を翻弄しつつ、気づけば口車に乗せていたり、その捜査術は天然というよりむしろ確信的。だが、根っこは硬骨で男前。そんなところが実に魅力的だった。
演じた戸田恵梨香は、当時まさに売れっ子若手女優の最右翼にいた。『LIAR GAME』がヒットし、のちに人気シリーズとなる『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』でも好演。『デスノート』のミサミサや『LIAR GAME』の印象から、すでにサブカル勢からの支持も厚かったが、それでもまだ「清純派」という枠組みに括られがちなポジションだった。
けれど、この当麻紗綾役で、そうした大人たちが勝手につくったわかりやすい王道を鮮やかに蹴り飛ばした。この女優は、そんなお仕着せの肩書きにおさまる器じゃない。もっと強烈で、もっと強靭なものを持っている。そう『SPEC』を観て、誰もが確信した。
左腕を三角巾で吊るしているビジュアルも、綾波レイの眼帯に通じるマニアックな性癖を揺さぶるものがあった。事件を解決するときに見せる、墨でキーワードを書き連ね、それを破って紙吹雪のように舞い上げるというお約束にもゾクゾクさせられた。
的確な演技力はもちろんのことながら、戸田恵梨香の持っている、硬派で、自分の意志を貫く強さが、当麻紗綾をどんな絶望にも屈しない最強のヒロインにした。
加瀬亮が切り開いた「屈折した大人の男は色っぽい」というジャンル
瀬文焚流もたまらなかった。無愛想で口が悪く、最初は当麻を軽視していたが、その天才性を認め、やがて当麻を信頼しつつも、随所でいいように振り回されるキャラクターが、なんとも愛らしかった。
演じた加瀬亮は、映画が主戦場。地上波の連ドラは2009年に放送された『ありふれた奇跡』以来、この時点でまだ2本目だった。当時の加瀬亮はどちらかと言うとアート志向の印象が強く、繊細な文学青年的イメージだった。軍人気質の瀬文とは真逆。でもそれが良かった。
トレードマークの坊主頭は回を重ねるごとに愛らしさを増す一方。当初は当麻の頭を殴るなどSっぽい部分も見せていたが、変人の当麻に対し、常識人であるがゆえに損な目に遭うなど、徐々にM気質が開花。「丁の回」で倉庫の扉を開けようと顔を真っ赤にしたあたりから、無骨なだけじゃない親しみやすさが一気に漏れ出し、瀬文ファンを急増させた。
しかもその背景には、目の前で部下が瀕死の重傷を負ったという癒えない罪悪感があり、さらにそこにSIT時代の先輩・里中貢(大森南朋)の事件も重なり、瀬文の不幸属性は増すばかり。でも、追い込まれれば追い込まれるほど美しく見えるという得がたい魅力で不動の人気を獲得した。
この瀬文は『ケイゾク』の真山徹(渡部篤郎)や、植田博樹がプロデュースに入っている『アンナチュラル』(新井順子との共同プロデュース)の中堂系(井浦新)と同属性のキャラクター。屈折した大人の男は色っぽい、という真理を加瀬亮がこの世に現出させた。
そんな2人が乱暴な言葉でけなし合いながらも、才能や人間性を認め、互いのために力を合わせて共闘していくストーリーに胸焦がされる。日本には男同士のバディものは多いが、男女のバディは数少ない。その極北にあるのが、この『SPEC』だ。
神木隆之介の持つ少年性が、絶望を生んだ
さらに、田中哲司、安田顕、城田優など個性的な俳優たちが物語に怪しさを添える。中でも鮮烈なのが、冒頭で名前を挙げた神木隆之介だ。
子役として人気を馳せた頃から現在に至るまで、一貫して神木隆之介は非常にイメージが良い。国民の理想の息子的な幻影を背負いつつ、その巧みな演技力で、一定の潜伏期間を挟むことなく、大人の俳優へとステージチェンジした、子役出身の俳優の中でも極めて稀な成功例だ。
そんな神木の貴重なヴィラン役が、『SPEC』で演じた一十一だった。確か当時から「もし『新世紀エヴァンゲリオン』を実写化するなら碇シンジは神木隆之介」という声がよく上がっていたと記憶している。神木隆之介には、永遠の少年性があった。その少年性に、人は碇シンジを見たのだと思う。
『SPEC』では、その少年性が序盤の神秘性につながった。そして、そこから正体が明らかになればなるほど、彼の持つ天真爛漫な雰囲気が憎らしく、恐ろしくなった。しばしば天使と形容されることの多かった彼の笑顔が残虐に歪むほど、どうやってこんな特殊能力を持った人間を倒せばいいのだと絶望的な気持ちになった。
そして、すべての真実が明らかになったとき、視聴者がもともと持っている神木隆之介という俳優への愛着が引き金となって、悲劇の色を増幅させた。『SPEC』の持つ、陰鬱でありながらイノセントな空気感は、神木隆之介が担保していたと言ってもいい。
連ドラ終了後も劇場版やスペシャルドラマが製作されるなど、視聴率だけでは測れないブームを生み出した『SPEC』。とにかくサブカル好きにはたまらない1本と言えるだろう。ハマる人はハマるが、ハマらない人は絶対にハマらない『SPEC』ワールド。まだ経験していない人は、リトマス紙感覚で試してみるのもいいかもしれない。
(文:横川良明)
◆配信情報
『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』全シリーズが動画配信サービス「Paravi」で配信中。
(C)TBS
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