「好き」は時に、傍から見ると滑稽で、ちょっとばかり狂っている。これは純愛か、はたまたホラーか。登場人物たち全員が不器用で一筋縄ではいかない人たちで構成されているドラマ『シジュウカラ』(テレビ東京系)第10話は、生きづらさも三角関係のもつれも仕事の悩みも全部が全部混ざり混ざった末、なんだか常軌を逸していて、なんとも愛おしい。原作は「JOUR」(双葉社)にて現在も連載中のため、以降はオリジナルの展開となっていく『シジュウカラ』第10話は、大九明子監督色全開である。
第10話の展開をざっくりとまとめると、「女子は女子に救われる回」であり、「千秋と缶コーヒー回」だ。また、さすがにもう前回の展開で物語から退場するかと思われていた元夫・洋平(宮崎吐夢)も、涼子(和田光沙)と共に再登場し、また物語を賑やかしそうな雰囲気である。
「女子は女子に救われる」とは、つかの間共同生活をした忍(山口紗弥加)とみひろ(山口まゆ)のこと。過去の千秋(板垣李光人)と同じ境遇を抱えたみひろは、千秋の家に転がり込む形で同居生活を送っていた。前回第9話終盤において、彼女の行方を追う人物から着信があり、怯えるみひろの姿が描かれた。彼女を心配して駆けつけた千秋と忍の2ショットに、より荒れるみひろと千秋のやり取りを見かねた忍は、彼女を一時的に自分の事務所に匿い、一緒に過ごすことを提案する。息子・悠太(田代輝)と距離ができていることの寂しさや、「フレッシュさ」重視で連載を打ち切られたショックも相まって、できた心の空白を埋めるように「娘のような」みひろとの共同生活にはしゃぐ忍。あまりのはしゃぎ様と、愛の注ぎ様に若干の戸惑いを隠せないのは、岡野(池内博之)やアシスタントたちだけでなく視聴者もまた同様ではある。
だが、珈琲を淹れるのがうまいというみひろの特性を見抜き、それを、共同生活を送る上での彼女の役割の一つとしたり、漫画の仕事を少し手伝わせることによってバイト代を渡し、それによって自由な時間を与えたりと、忍による、みひろが心地よく過ごすことができるためのひと工夫の数々は流石の一言で、それらは、頑なだったみひろの心を徐々に和らげていく。
そんな過程で彼女は、球体関節人形展に訪れ、ある人形を見つめ涙を零した。そして、同様に涙する女性と目が合った。それは、彼女のこの先の人生が明るく照らされるだろう予感に満ちた、運命的な一コマだった。その後、ずっと抱えてきた不安や苦しみを忍にぶつけたみひろは、ただ一緒に泣いて、抱きしめてくれる忍の心の温かさに触れることで救われ、彼女の事務所を後にしたのだった。
そして、「千秋と缶コーヒー回」と銘打たずにはいられないのは、ポアーンというとぼけた音からはじまる劇伴が印象的な「千秋と缶コーヒー」のエピソードに凝縮された、未だ苦労が絶えない28歳千秋の日常と、可愛らしさとホラー風味が入り混じったキャラクターの面白さに尽きるからだ。珈琲豆の専門店を訪ねた忍の元に「偶然」現れた千秋の台詞は、以前は飲めなかったブラックの缶コーヒーを飲んでいるアピールにもとれ、なんとも可愛らしい。
その一方で、千秋の母・冬子(酒井若菜)が纏う闇は相変わらず、いや、働いていたスナックから追い出されたこともあり、輪をかけて色が濃くなっている。家電量販店で働くも高価な見本品を盗む癖がありクビになり、酔っぱらって千秋の働く店に現れ、挙句、息子に「昔の仕事」をするようにそそのかす始末。「あんたのこと、信じてるからね」と息子に纏わりつく母親の目は、孤独でいっぱいで、今にも溢れそうだ。
そんな母親に振り回される心労ゆえか、缶コーヒーをよく飲む千秋。そのシークェンスがまた面白い。千秋は、たっぷり香りを味わった後、それを口に運ぶ。液体が彼の喉をゆっくり通過していくのが見てとれる。「ポアーン」という物語の外側で鳴る音が、彼の心が緩み、ほどけていく様を印象づける。それから彼は戯れに足を延ばし、楽しそうに笑う。それはどこか、初回において、忍と初めて外食した時、戸惑う彼女の足にそっと自分の足を添わせた時の、あの動きに似ている。
彼がいつも缶コーヒーを飲んでいる、小さな窓の下、白いベンチ、2つの生垣に挟まれた、小さなお城のような枠組みが印象的な不思議な空間は一体どこなのかというのが、ここ数話の謎でもあったのだが、終盤においてそれが明らかになった。そこは、忍の現在の仮住まいの場所でもある、事務所があるマンションの一区画だった。かつて、忍の家の外、2階で仕事する彼女の気配を感じながら、下で缶コーヒーを飲んでいた時のように、彼は、忍のより近くで、より忍を感じようとでもするかのように、彼女と出会ったことがきっかけで飲めるようになった、彼女が好きな「ブラックで飲むコーヒーの味」を堪能していたのだった。ロマンチックを通り越して、ちょっと戦慄。
岡野のいきなりのプロポーズに戸惑いを隠せない忍の表情で終わった第10話だが、ドラマもそろそろラストスパート。暴走気味の年の差18歳の純愛は、未だ悩み多き忍の45歳ゆえの葛藤を乗り越え、突き抜けることができるのか。それとも忍は、岡野との安定した関係を選ぶのか。全くもって予測不能な、忍の第2の人生は、まだ始まったばかりである。
(文・藤原奈緒/イラスト・月野くみ)
【第11話(3月18日[金]放送)あらすじ】
岡野(池内博之)からのプロポーズに困惑する忍(山口紗弥加)。考えておいてほしいとその場を後にした岡野は、千秋(板垣李光人)にもプロポーズしたことを告げる。母・冬子(酒井若菜)に振り回され、心すり減る日々を送る千秋だが、忍への想いは消えない。そして忍はそんな千秋に今まで言葉にしてこなかった気持ちを打ち明ける。一方、新たな人生の門出を迎えたはずの洋平(宮崎吐夢)は、ある事をきっかけに突拍子もない行動に出る。
◆放送情報
ドラマ24『シジュウカラ』
毎週金曜深夜0:12からテレビ東京ほかで放送。
地上波放送後に動画配信サービス「Paravi」でも配信
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