「鞄、空っぽでいいから、帰らないでよ」

千秋(板垣李光人)は、『シジュウカラ』(テレビ東京)第5話終盤で言った。「先生、逃げましょう」という彼からの提案に乗って、結婚指輪を置いてトランクをガラガラ引いてやってきた忍(山口紗弥加)のトランクの中身は空だったからだ。その言葉はどこか、千秋の幼馴染・星宙(榊原有那)が、千秋に対して言った「いなくならないよね? 私のこと、今は好きじゃなくてもいい。これから好きにしてみせるから」という言葉に似て、トランクの中身同様、どこか「空っぽ」で、上の空な忍への懇願にも見える。

その一方で、「誰も好きになれないって言っていた」千秋を「本気で好きになっちゃったから」、千秋をお金で買ってきた女性たちのように、自分の現状から逃げ出したいという思いを満たすために「利用したくない」と泣きながら言う忍がいる。それは、常に受け身で、相手が求めることをしてしまう、相手が求める自分になってしまう性質を持っている千秋の、透明の器のような、ある種の「空っぽ」さを恐れているようにも見える。

全くもって、人は簡単に説明できない。過去の積み重ねで今があるから、全ての過去を否定してスパッと捨て去ることはできないし、突き動かされるような今の感情が、身体が反応することが、性的な欲望に駆られることが、必ずしも自分にとっての真実とは限らない。だから何度だって自分に問わなければならない。同様に、大切な人に対しても、何度だって確認し続けなければならない。「嫌か、嫌じゃないか」というシンプルな問いを。忍が、売春することがそれまで「ずっと平気だった」けれど、昨日「全然平気じゃなくなって」と言う千秋に対して言ったそのアドバイスは、忍に強引に迫る夫・洋平(宮崎吐夢)に対しても、「好きだから仕方がなかった」と言い訳されるこの世の全ての理不尽に対しても言えることだ。

忍の成長を見た第5話でもあった。庭に舞い降りたシジュウカラが大空に飛び立つのを、初回同様彼女は見つめた。初回の時はそれを羨ましそうに眺めていただけだったが、第5話の彼女は、それを見ることによって突き動かされたかのように、千秋の元に駆けていった。第3話において、今漫画家として求められているジャンルが理想でもないけれど「一回そういうの、全部受け止めて見ようと思って。やってみないとわからないままだし」と言っていた彼女は、第5話では、そこに「今の自分」を少しずつ入れていっていると、マリ(入山法子)に言った。「自分を大事にしてくれない人といるのは辛い」ことにも改めて気づいた。

そんな彼女に、マリの「これから先、理想通りに生きるには過去を捨てなきゃいけない気がする」という言葉はどう届いたのだろうか。「全部捨てることができればどんなに楽だろう」という思いが千秋への想いと共に加速する一方で、母親の辛さを理解して、父親・洋平(宮崎吐夢)から守ろうとする、よくできた息子・悠太(田代輝)の良さが浮き立った回でもあった。

逃避行の最中、忍はやけにはしゃいでいた。ちょっと異常なくらいに。初回の頃の忍の片鱗を見るほどに。お土産物屋さんで切なげに眺めるのは、第4話でも、洋平との確かにあった蜜月を思い出しながら、浮気されたかつての彼女が口ずさんでいた、よく卒業式で歌うあの曲「おもいでのアルバム」が流れるオルゴールだった。頭に浮かぶのは、スヤスヤと眠る赤ん坊の悠太の顔。ベランダでホースから水を出し、笑う今の悠太の顔。「千秋のことが好き」という感情とは別に、悠太への愛もちゃんとあって、どちらも欠かすことができない、彼女を構成する大切な要素だ。

だから彼女は、帰らなければならなかった。つかの間のロマンスを、ハイテンションで楽しんで、帰ることを決めていた。そうとは知らず、千秋がそのオルゴールをプレゼントするのも切ない。悠太のことを思うからこそ愛おしく見つめたオルゴールを、千秋がそうとは知らずに渡すのだから。

洋平と冬子(酒井若菜)のスナックでの再会も気にかかる。これまでの回想において見せていたベタベタとした雰囲気とはどこか違った、大人たちのやりとりには、今後まだ、忍と千秋の知らない物語が隠されていそうだ。

(文・藤原奈緒/イラスト・月野くみ)

【第6話(2月11日[金]放送)あらすじ】

一晩を共にし、激しいキスを交わした忍(山口紗弥加)と千秋(板垣李光人)だが、忍は一線を越えることを拒んだ。しかし二人でいる所を千秋の母・冬子(酒井若菜)が目撃。夫・洋平(宮崎吐夢)に息子・悠太(田代輝)にも、忍と千秋の関係が明らかに・・・。家族の関係に亀裂が走り、千秋とも距離を取ろうとする中、千秋からのネームが忍に届く。それを見た忍は、母として、妻として、そして・・・。遂に大きな決断を下す。

◆放送情報
ドラマ24『シジュウカラ』
毎週金曜深夜0:12からテレビ東京ほかで放送。※2月11日(金)は「北京オリンピック」中継のため、放送時間変更の可能性あり。
地上波放送後に動画配信サービス「Paravi」でも配信