演劇では、いい作品を観た後は立ち上がって拍手を送る。どうしてテレビドラマにスタンディングオベーションがないんだろう、と思った。儚く、哀しい余韻をはらんだ『最愛』(TBS系)最終回。それは、日本中からスタンディングオベーションが聞こえてきそうな、最高のエンディグだった。
なぜ加瀬は達雄に協力しようと思ったのだろうか
すべては「最愛」の人のために。動機だけ考えたら、この人以外考えられない。15年、一途に梨央(吉高由里子)を支え続けた加瀬(井浦新)。その愛は、私たちが思うよりずっと深いものだった。
加瀬は、生前から達雄(光石研)と接点があった。15年前の嵐の日も、梨央の進学費用の件で達雄と会っていた。そのとき、かかってきた優(柊木陽太)からの電話。達雄と共に寮に向かった加瀬は、そこであの悲劇を目撃する。
あのとき、まだ加瀬は梨央とそこまで強い結びつきはない。梓(薬師丸ひろ子)と血のつながりのない優に関して言えば、完全な赤の他人だ。普通に考えれば、法律家である加瀬が2人を庇う必然性はない。だけど、加瀬は達雄に手を貸した。それは、なぜか。
早くに両親を亡くした加瀬は、肉親の情に飢えていた。2人の子どものために見境をなくす達雄を見て、親の愛を尊く思ったのか。それとも見返りを求めないことが生きていく上で一番大事なことだと教えられてきた加瀬にとって、困っている人を助けることは息を吸うくらい自然なことなのかもしれない。
弁護士になったのも、インコ探しまで手伝う近所の弁護士に憧れたから。もんじゃ焼きを食べながら、梨央と優(高橋文哉)に言っていたじゃないか、弁護士は「困っている人のために何でもする仕事」だと。
第5話の達雄のビデオメッセージを見て、大輝(松下洸平)は変わったと思っていた。達雄の遺志を受け継ぎ、これからは自分が梨央と優を守ると決意した。でもそのもっとずっと前に、加瀬は達雄の遺志を受け継いでいた。加瀬にとっての15年は、梨央を愛した15年であると同時に、血縁者のいない加瀬が達雄に変わって2人の子どもの父親代わりとなった15年だったのだ。
大輝からの電話を受け取る前に、すでに退職届を用意していたのも、そう考えると頷ける。梨央と優が困っていたから、ずっとそばにいた。でも、薬は完成し、2人の幸せを壊す者はいない。大輝という、新しい守り手もいる。もう自分の役目はここで終了。
以前、『アンナチュラル』(TBS系)で井浦新演じる中堂さんがスナフキンに例えられていたけど、やっぱり井浦新はスナフキンがよく似合う。ムーミン谷は仮住まい。冬が来れば、スナフキンは旅に出る。同じように加瀬さんは旅立った。梨央が不在の加瀬を想うそのとき、加瀬はまたどこかで困っている人の力になっているのかもしれない。そう考えたら、とても彼らしい選択な気がした。
赤い手帳に託した、加瀬の想い
すべての真実が明らかになったその日、加瀬は名入りの赤い手帳を買っていた。説明するまでもなく、梨央へのお祝いのプレゼントだ。だけど、加瀬は店頭で配送の依頼をしていた。毎日顔を合わせているのだから、直接手渡せば良いはず。なのに、わざわざ配送を選んだということは、もう自分が梨央と会うことはないと覚悟を決めていたのだろう。
なぜ加瀬は手帳を選んだのだろうか。加瀬らしいといえばそうだし、色気がないプレゼントと言われるとその通りという気もする。でも、梓が家族として信頼する相手だけに記念品のペンを渡したように、加瀬もそんな気持ちを手帳に託したのかもしれない。いつでも、どんなときも、肌身離さず持っている。持ち主の、人生そのものが記される場所。もう今までのようには一緒にいられない。だけど、こうしてそばにいる。君を支える。
梨央と加瀬の間にあったものを、簡単な男女の愛とカテゴライズするのは、なんだか少し安直な気もする。女性として愛していたようにも見えるし、同志としての愛だった気もする。それとも、もっと大きな家族の愛だったかもしれない。いろんな愛をひっくるめて、「最愛」。離れていても、ずっと加瀬の愛は梨央を包み込んでいる。
願いは同じ。だけど、選んだ道が違った大輝と加瀬
そんな梨央を挟んで対極の位置にいた大輝と加瀬の対峙は、最終回最大の見せ場となった。電話口で加瀬を問いつめる大輝の声は、刑事のそれとは違っていた。ずっと探し続けていた犯人がわかった。だけど、その人が犯人だとわかれば、梨央も優も悲しむことになる。できれば、加瀬が犯人であってほしくなかった。
「何で一線を踏み越えた。踏み越えてまったら戻ってこられんやろ」
大輝は、そう泣くようにして訴える。大輝も、加瀬も、願っていることは同じ。梨央と優が幸せに暮らしてほしい。それなのに、こんなにも立っている場所が変わってしまった。
顔つきが変わってしまうほどに、毛穴から感情を放出させて、大輝は吠える。対照的に、加瀬は表情ひとつ変えない。口調も落ち着いている。ふたりは決して交わらない。加瀬は、早々に出口を見つけた。あの迷宮のようなショッピングモールで、大輝だけが取り残される。何が正しかったのか。どうしていれば、未来は変わっていたのか。ブラックボックスは閉じられた。もう二度と、開くことはない。
愛は、秘密をつくる
そこに、新薬の承認という梨央の夢が重なるストーリー構成が見事で、もう惚れ惚れとした。梨央は、電話で大輝に承認されたことを報告する。大輝は涙声で「長かったな」といたわる。大輝の顔が見えていない梨央は、その声を嬉し涙だと思っただろう。でも、視聴者だけはわかっている。幸せの裏側で、別の幸せが消えようとしているのを。
「こんな幸せな日はないわ」
梨央は、地元のイントネーションでそう答える。高校生の頃から変わらない無邪気な声。この声を聞いた瞬間、大輝は決めたのだろう。彼女に、何も伝えないと。
思えば、すべては秘密にすることから始まった。「最愛」の子どもたちを守るため、達雄は事件をブラックボックスの中に閉じ込めた。あのとき、名乗り出てさえいれば、こんなことにはならなかった。愛は、ときどき人を間違えさせる。だけど、不思議なくらい、そうやってブラックボックスをたくさん抱えている人の方が魅力的に見えたりする。
「簡単やわ、俺は」と大輝はやるせなく笑った。「俺は」という言葉の向こうには、簡単ではない別の誰かの姿が透けて見える。だけど、簡単なはずの大輝もまた梨央に対してだけは、秘密を抱えた道を選ぶ。
「真相は、愛で消える」
まさにその言葉通りの結末だった。
そう考えると、加瀬が手帳を選んだのは、梨央と秘密を共有したかったからかもしれないなと思った。手帳には、誰にも言えない本音を書く。きっと大輝にも言えないことを、梨央はあの手帳にしたためていることだろう。梨央はずっと加瀬に嘘をついたり隠しごとをしたりして、そのたび加瀬は手を焼かされていた。ここには、もう嘘はない。大丈夫じゃないのに、大丈夫とか言わない。そんなふうにしてつながっていたかった、と思ったら、なんだか加瀬さんのことがとてもいとしく思えた。
日本のドラマに燦然と輝く「新井順子&塚原あゆ子」ブランド
ヒロインの吉高由里子はこの人のためなら人生狂わされても構わないと思いたくなるほど美しく、愛らしかった。松下洸平は白馬の王子様とはまた違う、生身の男としてのリアル感と色気をたっぷり漂わせて、ドラマを牽引した。そして井浦新は穏やかで優しくて、でもどこか翳りのある佇まいで視聴者を惑わせ続けた。実力のある俳優たちが、しっかりと芝居で魅了する。そんな上質なひとときを、この3人が味わわせてくれた。
その他もミスキャスティングの一切ない完璧な布陣。スタッフワークのレベルも高く、観る人の心に残るものをつくりたいという制作者の想いが画面から伝わってくるようだった。もはやドラマファンにとってはおなじみとなった新井順子プロデューサーと塚原あゆ子監督だが、きっとこの『最愛』でまた新たなファンを増やしたはず。
個人的には『Nのために』『中学聖日記』(共にTBS系)とせつない愛を描かせると、この2人は絶品だと思っているので、未視聴の方がいたらぜひこの年末年始でコンプリートしてほしい。
そして、今から新井&塚原コンビの新作のニュースを聞けるのが待ち遠しくて仕方ない。2人がいる限り、日本のドラマはまだまだ面白くなる。『最愛』はそんな確信を抱かせるに十分な、極上のドラマだった。
(文:横川良明/イラスト:まつもとりえこ)
◆番組情報
『最愛』
動画配信サービス「Paravi」で全話配信中。
Paravi特別版「最愛 塚原監督&新井プロデューサー 裏トーク版」も独占配信中。
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