ラブコメはちょっと現実離れしているくらいの方が、ちょうどいい。実際こんなことありえないよねとツッコミながら、でもこんなふうに愛されたらちょっとうれしいかもしれないと、こっそり想像してキュンキュンしたりドキドキできるから、ラブコメは楽しいのだ。

残すところ最終回のみとなった『婚姻届に判を捺しただけですが』(TBS系/火曜22:00~)。第9話は、事実上のハッピーエンドと言ってもいいくらい幸せ満点のセミファイナルだった。

坂口健太郎の人間力が、百瀬を愛すべきキャラにした

もう一度、ゼロから始めたいという理由で離婚を選んだ百瀬(坂口健太郎)。言葉足らずな百瀬の真意を明葉(清野菜名)は知る由もなく、美晴(倉科カナ)を選んだと勘違い。2人の間には離婚届に判を捺した以上の距離ができてしまった。

だけど、恋愛音痴な百瀬は自分の気持ちを明葉もわかってくれているはずと謎の思い込み。想像以上に重症な百瀬のこじらせぶりに麻宮祥子(深川麻衣)も呆れ顔だ。

たぶんこの回から観た人は、とてもじゃないけど、百瀬の思考回路についていけないと思う。でも、ずっと百瀬を見てきた人は、鈍感すぎる百瀬を見ながら、こう思ったはずだ、あの百瀬ならさもありなんと。

常に発想が斜め上。でも本人からするとまっすぐで。人の気持ちや距離感がまるでわからない。でも決して冷淡なわけでも血が通っていないわけでもなく、心根は優しくて温かい。だから、ほっておけないし、百瀬を見ていると癒される。そう感じられるのは、これまでの9話をかけてしっかりと百瀬のキャラクターを築き上げてきた坂口健太郎の功績だし、絶妙なバランスで百瀬が愛されるキャラクターとして仕上がっているのは、坂口健太郎だからなせるワザだと思う。

ずっと傷つくことを恐れていた百瀬は、いろんな人に背中を押されながら、明葉ともう一度向かい合おうとする。その方法がいじらしい。見え見えの嘘をついて家に呼んだり、エナジードリンクや安眠グッズを大量購入したり。恋を覚えたての中学生みたいだけど、しょうがないだろう。だって、自分から気持ちを伝えるのは生まれて初めてなのだから、百瀬は。

麻宮祥子を待ち伏せして、安眠グッズを渡すときの顔なんて、子どもみたいな笑顔で。やり方は珍妙だけど、明葉の力になりたいというピュアな気持ちが伝わってくる。だから、ありえね〜と笑いつつ、ちょっと思ってしまうのだ、こんなふうに愛されたら幸せだろうなと。

コンペに向けて傾向と対策を調べたり、独立の夢を胸に秘めた明葉のために、同業のキャリアパスを分析したり。その労力をもっと違うことに使ってよと思わなくもないけれど、どれもこれも明葉を幸せにしたいという気持ちが原動力。あんなに遠くから想っているだけでいいとあきらめていた百瀬が、ただ願うだけじゃなく、少しでも役に立てるように自分から行動を起こしている姿に、うっかり感動してしまいそうになった。

クライマックスの告白も百瀬らしい。

「僕は、明葉さんをラブです」

このへんてこな文法の台詞がこの上なく百瀬らしいと思うのは、今までさんざんライクとラブのやりとりを重ねてきたから。それがちゃんと効いているから、この告白も可愛いと思える。まさに積み重ねの勝利。3ヶ月という時間を一緒に共有してきたからこそ味わえたキュンだと思う。

そして、こんなちょっとおかしな告白を、大真面目に、純粋に、成立させられたのも坂口健太郎だから。ほんの少し臆病さを隠しながら、でもまっすぐに明葉を見つめる目に。大きく吸った瞬間に緊張が漏れ出したように震えた息に、胸の高鳴りが伝わってくる。人生で初めての告白に、なんだか微笑ましい気持ちになる。

それを受けての清野菜名の表情も胸に沁みるものがあった。いとしそうに細めた目も、「私も、百瀬さんのことが、ラブです」と言ったあとに照れ臭そうに笑うところも、すごく愛らしかった。応援し続けてきて良かったと思える2人だった。

いいドラマは、登場人物みんなのことがいとしくなる

そんなハッピームードを高めるように登場人物それぞれも愛着が増してくる。これまでどこにでも現れるネタキャラ扱いみたいな麻宮祥子だったけど、なんだかんだで人のいいところを見せて、好感度が爆上がり。「私はこれから合コンなんで」と明葉と百瀬を2人きりにしたけど、どこの世界に犬を連れて合コンに行く人がいるのだろうか。

あれも2人のための嘘だったのかなと思うと、「人の恋のアシストほど虚しいことないですから」と言ってるそばから、いちばんのアシストを決めている麻宮祥子に幸多かれと祈りたくなる。

唯斗(高杉真宙)も唯斗で、自分の気持ちは胸に秘めて明葉を後押しする。でも麻宮祥子と違うのは、唯斗の場合、ちょっぴりせつなかったこと。

「自分じゃダメなんだって気づかされたり」と恋の苦しさを明葉の前で語る。その言葉は間違いなく自分に向けたもので、でも肝心の明葉は、目の前で別の人のことを想っている。それがわかっているからだろう。言い終わったあと、ちょっと遠くを見ている唯斗の目が赤らんでいた。ぴくっと動いた喉仏は、恋心を飲み込んだ証拠。届かぬ片想いの苦しさを、限られた出番の中で高杉真宙がしっかりと表現していて、役者としての巧さを実感させられた。

森田デザイン事務所の面々もいい人たちばかりだった。森田(田辺誠一)がいい上司なのは言うまでもないけれど、無神経な発言ばかりしていた坂原(笠原秀幸)が見せた優しさに妙にぐっと来てしまった。こんな職場で働きたいなと、ワイワイ飲んでいるみんなを見ながら羨ましくなった人もいるはず。

いいドラマは、登場人物みんながいとしくなる。『ハンオシ』も最終的にそんなドラマになったことがうれしい。

最終回は、いわばハッピーエンドの向こう側。でも結婚というのは、そもそもそうだろう。2人は結ばれましたで、めでたしめでたしとしたくなるけど、その先の方がずっと大変なことは、既婚者の多くがうなずく話。では、2人はどんな夫婦の形を選ぶのか。

ハッピエーンドの向こう側を、残る1話、たっぷり楽しませてもらおう。

(文:横川良明/イラスト:まつもとりえこ)

【最終話(12月21日[火]放送)あらすじ】

ついにライクからラブへと、お互いの気持ちを確かめることができた明葉(清野菜名)と百瀬(坂口健太郎)。いちから付き合いを始めることになり、明葉は百瀬と暮らしていた家へと帰ることになった。
明葉がお揃いのものを買ってきてくれて百瀬は幸せでいっぱい。"初めての両想い"につい浮かれてしまった百瀬は、仕事の取引先相手にも「妻が・・・」と明葉の作品を自慢げに語ってしまう。
すると、その取引先相手が明葉を指名して森田デザインに仕事を依頼。明葉は自分の実力が評価されて、指名されたのだと思って喜ぶが――。
そんな中、一緒に暮らしていた家を退去しなければいけない事態に――!?

◆番組情報
『婚姻届に判を捺しただけですが』
毎週火曜日22:00からTBS系で放送中。
地上波放送後、動画配信サービス「Paravi」でも配信中。
また、Paraviオリジナルストーリー「とにかく婚姻届に判を捺したいだけですが」が独占配信中。