おかしなやつだ。たぶん他の人にいくら話しても、わかってもらえない気がする。でも、別にいい。この人の良さを、自分がわかっていれば、それで十分。誰がなんと言おうと構わない。好きなのだ、この人が。
それが恋という気持ちなら、ようやくわかった。僕はこのドラマに恋をしている。『婚姻届に判を捺しただけですが』(TBS系/火曜22:00~)第8話は、そのことに気づいた回だった。
時間をかけながら愛着が芽生える。それが連ドラのいいところ
正直に言うと、めちゃくちゃ構成が優れているとか、演出のセンスがずば抜けているとか、そういうドラマではないと思う、『ハンオシ』は。百瀬(坂口健太郎)のキャラクターにしてもついていけない人はついていけないだろうし、「偽装結婚」という題材も手垢にまみれているといえばその通り。
僕自身、ちょっと引っかかるところもありながら、ずっと追いかけてきたけれど、ここへ来てそのいびつさも含めてこのドラマがいとおしいんだということに気づいた。そして、それは明葉(清野菜名)が百瀬に抱く気持ちと似ているということも。
百瀬はやっぱり変な人だ。誰彼構わずプロポーズしたり、病床のおばあちゃん(木野花)の前で勝手に付き合っているふりをしたり。人の気持ちがてんでわかっていない。
それは付き合いが深まってからも同じで。以前みたいに取っつきにくいところはなくなったけど、あれだけ渾身の告白をLOVEではなくLIKEと受け取るあたり、変な人であることに変わりはない。
普通なら愛想を尽かす。サジというサジを投げまくる。でもどうしてだろう。嫌いになれない。それどころか、愛らしいとすら思っている。そして、いつの間にか百瀬だけじゃなく、そんな百瀬に振り回される明葉も、対抗意識むき出しの唯斗(高杉真宙)も、いとおしいやつらだと思いはじめている。そうやって時間をかけながら、愛着が芽生えてくるところが、連続ドラマのいいところ。『ハンオシ』もそんなドラマになりつつある。
本人だけが恋心を自覚できていない。そんな百瀬が愛らしい
一向に気持ちが伝わらないことが苦しくて、明葉は家を出た。でも、"ドンカン白アスパラ"な百瀬は、なぜ明葉が家出したのか、その理由がわからない。
いやいやホワイトボードに思いっ切り相合傘書いてるやん! とツッコみたくなるんだけど、そこは百瀬。わからないものは、わからないのである。突然転がり込んできた唯斗に明葉の気持ちを教えてもらおうと、百瀬は躍起になる。その必死感が可愛い。
唯斗を高待遇で迎え、何度負けてもババ抜きに再トライする。唯斗から明葉のことが好きだと言われて動揺したり、明葉が来るかもしれないと思って行きたくもない飲み会に参加したり。本人以外はみんなわかっているのに、本人だけは自分の中に芽生えた恋心を自覚できていない。そのポンコツさが、百瀬らしくて、たまらない。
あの几帳面で神経質な百瀬が、寝間着に着替えるのも忘れ、シャツのまま寝てしまったのも、唯斗から明葉に告白すると宣言され、頭がいっぱいになったからだ。そうやって、自分が自分でなくなってしまうのが、恋なのだ。
そんな百瀬の心の揺れを、1時間たっぷり坂口健太郎が見せてくれた。最後のあのハグの顔なんて最高だった。不器用に、たどたどしく、明葉を抱きしめる。明葉の肩に顎を埋めた、そのときの顔がすごくいい。
人は、人を抱きしめたとき、相手に見えないから、いちばん無防備な顔になると言う。そんな言葉が、本当だったんだと実感するような表情だった。ちょっと赤らんだ目も、明葉のぬくもりと匂いを噛みしめるように結んだ唇も、すごくリアルだ。恋をしている人の顔だった。
僕たちは、ハグにキュンとするんじゃない。こういう恋をしている人の、胸の高鳴りが伝わってくるような表情に、仕草に、キュンとするのだ。
おばあちゃんは亡き夫のことを「同志」と表現したけど、本当の「同志」は僕たちの方かもしれない。こじらせまくった百瀬の魅力を、僕たちだけは知っている。そんな「同志」が毎週火曜22時になったらテレビの前に集まって、ああだこうだ言いながら盛り上がる。だから面白いんだ、テレビドラマは。
百瀬の初めての男友達が唯斗になったらいいな
そして、今回は唯斗の魅力も爆発だった。百瀬と唯斗はどう考えたって気が合わない。同じクラスになったとしても、絶対に交わらない人種だろう。でも百瀬にできた初めての女友達が明葉なら、初めての男友達が唯斗になったらいいな。そんな妄想を膨らませたくなる2人だった。
一緒に住んでいた女の子に、人前で人間性を否定されまくった唯斗。いつもの唯斗なら、あの調子で笑って誤魔化していただろう。だけど、百瀬が庇ってくれた。自分のことを見てくれていた。
唯斗は「他人になんて思われても平気なんで」と言い放つ。「誰かにわかってもらおうなんて思ってないですから」とも。でも裏を返すと、あそこでそう言うということはうれしかったんだと思う。みんながいい加減な人間だと見限る中、百瀬は見てくれていた、獣医の勉強を頑張っていることを。誰かにわかってもらえる喜びを、あのとき唯斗は知った。
百瀬が明葉への気持ちに気づいたら、勝ち目なんてない。そうわかっているのは誰よりも自分なはずなのに、次の朝、明葉が早起きしていることの意味を百瀬に気づかせたのも、唯斗なりのお礼なんだろう。誰もわかってくれない自分のことを、ほんのちょっとでもわかろうとしてくれた百瀬への。
あのポンパドールも、ピンクのもこもこルームウェアも、あざといといえばあざとすぎるんだけど、高杉真宙のポテンシャルを最大限に引き出していて、これぞ当て馬と喝采をあげたくなった。
もはやスピンオフは、百瀬と唯斗の友情物語が見たいです。
1人が寂しいんじゃない。好きな人と一緒にいられないのが寂しいんだ
今回は台詞もグサッと来るものがあった。中でも印象的なのは、おばあちゃんが言った「1人が寂しいんじゃない。好きな人と一緒にいられないのが寂しいんだなって」だろう。
もともと明葉は別に恋愛がすべてという人間ではなかった。1人でもじゅうぶん幸せだった。百瀬だってそう。1人でいる方がずっと心地よかった。だけど、1人で食べるダイニングテーブルはいつもよりずっと広くて。向かいに明葉がいない夕食の時間は、いつもよりずっと長くて退屈だった。
それは1人だからじゃない。好きな人がそこにいないから。僕たちだってそう。1人でも、結婚しなくても、みんな幸せになれる。だけど、誰かを好きになってしまったらそうはいかない。その違いをここでしっかりと描いてくれたことは、クライマックスに向けてすごく意味のあることだったと思う。
ラストでまさかの離婚を持ちかけた百瀬。でもそれは百瀬なりの恋の始め方。ちゃんと恋から始めたいから、偽装夫婦ではいられないんだろう。また不毛な恋が始まるのかもしれない。でも今度は、きっと違う。
美晴(倉科カナ)に対しては、ただ遠くから幸せを願うだけでよかった。でも今度は、僕があなたを幸せにする。そういう恋にひた走る百瀬を、ここから最終回までたっぷり楽しみたい。
(文:横川良明/イラスト:まつもとりえこ)
【第9話(12月14日[火]放送)あらすじ】
改めて気持ちを伝え直し、やっと思いが通じたと思った矢先・・・離婚を切り出した百瀬(坂口健太郎)。わけがわからない明葉(清野菜名)は、ショックを受けながらも離婚に応じる。
「好きな人に正直な気持ちを伝えたい」と百瀬は言うが、その好きな人は美晴(倉科カナ)だと思い込んでいる明葉。すれ違ったままの2人は、別々の暮らしをスタートさせるのだった。
そんな中、明葉がリベンジをかけたコンペの締め切りが迫っていた。離婚したことを周囲に伝えた明葉は、憧れの丸園先生(西尾まり)に認めてもらいたい一心で仕事に打ち込む。
一方で、百瀬の本当の気持ちを知る唯斗(高杉真宙)や麻宮(深川麻衣)からは呆れられ、旭からは離婚を責められる百瀬。でも、明葉の邪魔にならないようにコンペを応援したいと思い悩んだ百瀬は、麻宮にある頼み事をする。 百瀬の"新たな不毛な恋"の行方は・・・!?
◆番組情報
『婚姻届に判を捺しただけですが』
毎週火曜日22:00からTBS系で放送中。
地上波放送後、動画配信サービス「Paravi」でも配信中。
また、Paraviオリジナルストーリー「とにかく婚姻届に判を捺したいだけですが」が独占配信中。
- 1