もうすべてのシーンが、これから訪れる悲劇へのフラグにしか思えない。

衝撃のラスト1分だった『最愛』(TBS系/毎週金曜22:00~)第8話。梨央(吉高由里子)の広げた5本の指が、1本1本折られていくたびに、まるで私たちの心まで折られるような苦しみが走った。

2人きりの"どぶろく祭"さえ悲劇の伏線のようだった

しおり(田中みな実)が死んだ。その裏には、真田グループの不正が絡んでいるかもしれない。事件と共に突然消息を絶った後藤(及川光博)。そして、何か秘密を隠しているように見える母・梓(薬師丸ひろ子)。せっかく優(高橋文哉)が帰ってきて、平穏な日々が帰ってくるはずだったのに、梨央の心はまったく休まらない。

そんな薄氷を踏むような現実があるから、梨央と大輝(松下洸平)の2人だけの"どぶろく祭"は、まるで氷原に咲いた花のようだった。第4話で交わした"どぶろく祭"の思い出話。まだ未成年だった梨央が呑めなかったどぶろくを、大人になった2人が酌み交わす。それは空白の時間を埋めるような、叶えられなかった未来をやり直すようなひとときで、温かくていとおしい。

大輝の母がどぶろくを送ってきたのは偶然だったのだろうか。それとも、あのときの話を覚えていた大輝がこっそり母に頼んだのか。そんな想像をするだけで、つい頬が緩んでしまう。

これはあくまで役で、演じているのは吉高由里子と松下洸平という私たちのよく知る俳優だとわかっているのに、もう2人が本物の幼なじみにしか見えない。グラスをあおるのを止めようとする大輝を手で制し、梨央がいたずらっぽく指を上に向ける。その仕草がチャーミングで、「何それ」と突っ込む大輝もなんだかすごく素に近い。きっと現場でも、2人の空気感に任せて自由に演じてもらっているんじゃないだろうか。そう思うぐらい、吉高由里子と松下洸平の息が合っているし、ナチュラルだ。

帰り道の「先のこと考えたい相手は他におらんで」も、これまで引き裂かれ続けてきた2人を見てきたから、余計にうれしくなる。そう言われて10代の少女のように笑う梨央も、気恥ずかしそうに視線を落としてから、ぶっきらぼうに手をつなぎにいく大輝も、どちらも可愛くて、この時間がずっと続けばと願いたくなる。

でも同時に思い出すのだ。15年前、優勝が決まった大輝に、梨央は告白をしようとした。それを大輝は恥ずかしがって「今やない」と打ち切り、梨央の推薦入学が決まったら自分から言うと伝えた。

2人のタイミングはいつもズレる。今やない、と保留したそのあとに運命が大きく狂って、距離が離れてしまう。今回もそうだ。梨央は、事件が解決して薬が完成したら、と答えを先延ばしにする。それはつまり、またそれどころじゃないことが起きる暗示だ。再び2人はタイミングを逸してしまうのだろうか。これから先の未来を見失ってしまうのだろうか。直後に映し出された、赤い東京タワーと瞬くネオンが美しすぎて、逆に悲劇の予感が際立っていた。

梨央と加瀬を結ぶ、15年の信頼

一方、梨央と加瀬(井浦新)のシーンも今まで以上に密度が濃かった。暴かれた真田グループの闇。後藤のやったことは、きっと梓もわかっていた。そして、薬の承認を得るには、自らも清濁を併せ呑まなければならない。単なる正義感だけでは突破しきれない現実に、梨央は打ちのめされる。

それでも、加瀬は変わらずに梨央を支える。涙を拭いて「嫌になんない?」と尋ねた梨央はドキリとするほど女っぽくて、どんな男も虜にしてしまうくらいには無防備だった。だけど、そんなときでも加瀬は理性的で、献身的だ。男女の愛なんて移ろいやすいものではない、もっと別の大きな愛で、加瀬は梨央を支え続けている。

仰向けになったまま、視線だけを梨央によこしたその目は、すごく透き通っていた。ささやくような落ち着いた低い声が、弱った梨央の心を柔らかく包み込む。確かに付き合いは、大輝との方が古い。だけど、大輝が大学に入ってからの付き合いだろうから、一緒にいた時間は、長くても4年。対する加瀬は、15年間、ずっと一緒に過ごしてきた。それも、誰よりもいちばん近い距離で。その歳月の重みが、今回は一層強く打ち出されていた。

でもこうして加瀬との絆を濃く描けば描くほど、視聴者は察知するのだ、このあとに続く展開を。これは、私たちを衝撃の底へと突き落とすためのフラグなのだということを。

大輝は、優のボールペンが、昭(酒向芳)の殺害現場で発見された遺留品と同じものだと気づく。このボールペンは、梓がつくった特注品。持っているのは梓と梨央、後藤、政信(奥野瑛太)、そして加瀬の5人だけ。梨央のために懸命に尽くし続ける加瀬を見てきたからこそ疑わずにはいられなかった、事件現場に残されたのは加瀬のボールペンだったのではないかと。

いまだ明かされぬ5つの謎と、3人の容疑者

ついに最終回まで残り2話。そこで、まだ明かされていない謎を改めて整理する。

まずは康介(朝井大智)の遺体を埋めたのは誰かということ。達雄(光石研)が関わっているのは間違いなさそうだが、誰かが手伝った可能性は極めて高い。それは誰で、なんのためか。そして今も秘密を守り続けている理由はなんなのか。

次に、達雄が死んだあと、藤井(岡山天音)はなんのために朝宮家を訪ねたのか。今回のラストでも藤井がわざわざ東京まで大輝を訪ねにやってきた。藤井はいったい何を隠しているのだろうか。

そして、昭を殺したのは誰か。しおりはミスリードで、彼女にはアリバイがあったという。真相解明の鍵となるのが、今回スポットが当てられたボールペン。優が去ったあと、池から這い出た昭に接触したのは誰なのだろうか。

また、しおりの死の真相も明らかになっていない。どうやら後藤が犯人ではなさそうだ。この展開からすると、昭を殺したのと同一犯だと考えられるが、争った形跡は認められなかったという。ならば、どうしてしおりはビルから転落したのだろうか。

さらに、今回、再び優の記憶が飛んだ場面があった。いったい記憶のなかった間に、優は誰と会い、何が起きたのか。また薬の治験が成功したとしたら、今まで忘れていた15年前の事件の記憶が甦ってくることもあるのだろうか。

これらの点をつないでいったとき、最も有力な犯人像として浮かび上がるのは、やはり加瀬だろう。事件の動機が自分にとっての「最愛」を守るためだとしたら、昭としおりを殺した犯人は加瀬がいちばんフィット感がある。

次点は、梓。達雄が康介の遺体を埋めたことを知り傷ついたと言う政信に対し、「私も同じことしてたと思う」と梓は達雄を擁護した。非常にわかりやすいフラグではある。ただ、梓が犯人だとしたら、ボールペンをなくしてしまっていることには気づいているだろうし、梨央に聞かれて、あんなに屈託なく答えられるのも腑に落ちない。海千山千の経営者だけに、その本心は読みづらいところがある。

藤井に関しては、なかなか新情報が出てこないこともあって、昭としおり殺害に関わっている線は薄くなってきた。あくまで康介を埋めたことにだけ関与している可能性があるというのが、今の妥当なポジションだと思う。

ちょっと気になるのが、このドラマのキービジュアルにはメインキャストが12名登場しているが、そこに藤井はいない。岡山天音クラスの俳優なら、この中に並んでいてもおかしくはない気がするのだけど、鍵を握る役だからあえて外したのか、それとも本筋にはそこまで関わってこないキャラクターだから入れていないだけなのか、ちょっと意図ははかりかねる。

犯人が誰であるにせよ、事件に「最愛」というフレーズが関わっていることは間違いないだろうから、きっと今後は驚きとともに泣かせる展開になってきそうだ。もうとてもじゃないけど、金曜の夜は予定を入れられそうにない。

(文:横川良明/イラスト:まつもとりえこ)

【第9話(12月10日[金]放送)あらすじ】

昭(酒向芳)の遺体と一緒に池から発見されたウェルネスホームのペンは、梓(薬師丸ひろ子)が会社設立の記念品として作った特注品だった。持っているのは梨央(吉高由里子)、加瀬(井浦新)、後藤(及川光博)、政信(奥野瑛太)、梓の5人。警察はその中の誰かが事件の時に落とした可能性があるとにらんでいた。

同じ頃、富山県警の藤井(岡山天音)が、捜査一課からはずれた大輝(松下洸平)を訪ねて来る。いつものように軽口をたたくが、帰り際、藤井が何かを言いかけてやめたことに大輝はひっかかる。

政信が社長を務める真田ビジネスサービスの30周年記念パーティーの翌日、真田ウェルネスの寄付金詐欺疑惑と、しおり(田中みな実)の不審死に関する週刊誌のスクープ記事が出て・・・。


◆番組情報
『最愛』
毎週金曜日22:00からTBS系で放送中。
地上波放送後、動画配信サービス「Paravi」でも配信中。