それは、嵐の前の、穏やかな秋晴れの日のようだった。
『最愛』(TBS系/毎週金曜22:00~)第7話は、まるでごく「普通」の男女のラブストーリーみたいにドキドキして。でも、2人の間には「普通」なんて言葉じゃまとめきれない複雑な背景がある。それをわかっているからこそ、ただ笑っているだけなのに、胸がぎゅっと絞られる。そんな1時間だった。
『君に夢中』が歌った、大輝の恋心
前半は、とにかく大輝(松下洸平)が辛かった。梨央(吉高由里子)と優(高橋文哉)への過剰な肩入れが規則違反と見なされ、所轄の生活安全課に異動。一方、梨央は優との幸せな生活を満喫し、加瀬(井浦新)はすぐそばで2人を見守り続ける。加瀬に憧れ、優は弁護士という新たな夢を見つけた。
3人で買い出しに出かける光景は、まるで家族みたいで。その場所には、かつて大輝がいたはずで。あんな事件さえなければ、白川郷で今も梨央と大輝と優は3人仲良く暮らしていたかもしれなかった。
事件から少しずつ立ち直り、光注ぐ道を歩もうとしている梨央たちと、捜査一課を追われた大輝。その明暗が色濃く打ち出されることで、つい大輝に感情移入してしまう。
そのせいだろう。いつもよりずっと早い時間帯に訪れた今回の『君に夢中』タイムが、私たちを切なさの海に溺れさせる。梨央と大輝を引き合わせようと、ひとり暮らしをしていると嘘をついて大輝を家に招いた優。そんな大輝と優の姿を、梨央は車から見つける。
あのとき、梨央には選択肢があった。本当にもう会わないと決めていたなら、運転手に行き先変更を告げればいい。一晩別の場所で過ごせば、大輝と会わずにやり過ごせた。でも、梨央は車を降りた。その時点でもう梨央の心は決まっていた。
人には磁石みたいに惹かれ合う相手がいて。その磁力には、誰も抗えない。梨央にとって大輝は、大輝にとって梨央は、この世界にいるたったひとりのS極であり、N極なんだろう。だから、どんなに運命が遮っても、また出会ってしまう。片側二車線の大通りじゃ、もう2人の行く手は阻めない。
「ごめん、本当は姉ちゃんと住んどる」
そう優に言われた直後の大輝の顔をあえて映さないところが、このドラマのうまいところだ。息を呑むように肩を上げて、そんな予感もしていたと自分を納得させるように、肩が下がる。顔が映らないからこそ、そのときの大輝の心の内を想像してしまう。踵を返し、立ち去ろうとするその背中に、大輝の葛藤を浮かべてしまう。
「ここが地獄でも天国 / バカになるほど 君に夢中」
今さらだけど、この歌詞は大輝の気持ちを歌っていたんだ、と気づかされる。何も知らない同僚から見たら、美貌の参考人に誑かされているように見えるのかもしれない。もう十何年も前の恋をいつまでも引きずっている未練がましい男なのかもしれない。職務を逸脱した暴走行為で、捜査一課という花形部署からもはじき出された。バカと言われれば、そうなんだろう。
でも大輝は恨み言ひとつ言わなかったし、すべてを受け入れていた。なぜか。大輝とって大事なのは、捜査一課の刑事という肩書きでも、周りからの評価でもない、梨央の笑顔だったから。梨央が優と笑って過ごせる毎日。それが、大輝の守りたいすべてだった。
優に呼び止められ、振り返ったときのあの一瞬の眼差し。あれは、バカになるほど君に夢中になった、男の目だった。
あそこでキスをしないところが、梨央と大輝らしい
この胸がかきむしられるような切なさがあるから、そのあとの部屋での食事シーンのあたたかさが余計にしみる。
「俺たちもこれからのことを考えよう」
まるでプロポーズみたいなその言葉に自分で照れて、大輝は頭を掻く。第1話で見せたのと同じ。照れると頭を掻くのが、大ちゃんのクセだ。そんなところも変わっていなくて、何気ないシーンなのに涙が出そうになった。今まで交わしたどんな思い出話よりもずっと大ちゃんをそばで感じた。
動揺したようにこぼした飲み物。近づく2人の距離。ここでキスをするのかなと思ったら、思わず吹き出してしまうところも梨央と大輝らしい。まだ大人になる直前に出会った恋だから、だろうか。2人の間に流れる空気は今もどこか初々しくて、屈託がなくて、それが人々のノスタルジーを呼び覚ますのだ。
それにしても、優のキューピッドっぷりはなかなかすごい。気を利かせてビールを買いに行くあたり、500回くらいお見合いを成功させている近所のおばちゃんみたいだ。弁護士でもエンジニアでもなく、優の天職は結婚相談所では?
加瀬の中に吹く、そよ風と嵐
だが、そんな幸せなひとときは、つかの間のものでしかなかった。しおり(田中みな実)が何者かによって殺された。誰がしおりを手にかけたのか。これが、後半戦に向けての新たな焦点となった。
しおりの言葉をそのまま信じれば、昭(酒向芳)を殺害したのはしおりということなのだろう。そして、これはきっともう確定でいいんだと思う。優が公園から逃げ去ったあと、しおりは昭に会った。きっと優にしたみたいに、昭はしおりにすがったんだと思う。自分の人生を台無しにした人間を、この男は今も盲目的に愛している。それが許せなかった。
では、しおりを殺したのは誰か。ストレートに考えれば後藤(及川光博)なのだろう。が、後藤がそうするにはあまりにも状況証拠が揃いすぎている。不正の証拠はすでに編集長(池下重大)にも渡っており、しおりの口を封じたところで、事態が明るみに出ることは止められない。それどころか、何かあったら真っ先に疑われる立場だ。一時は、しおりを海に沈めるくらい周到な手に出ようとしていた後藤が、あんなわかりやすい殺し方をするだろうか。
となると、これに関しては別の容疑者を立てたい。それはつまり加瀬である。後藤の不正を知り、なおかつ梨央を守ることが第一義の加瀬なら、後藤の犯行に見せかけて、梨央の身辺をこそこそと嗅ぎ回るしおりを「始末」するくらいのことはしそうだ。目的のためなら手段を選ばない性格は、前回で証明済み。柔和な物腰の持ち主ではあるが、加瀬はどこか自分の大切な人以外には冷淡な面を感じる。
「人に見返りを求めてはいけない。求めなければ、誰かを憎むことも蔑むこともない」
そう加瀬は語っていた。この言葉は、無償の愛というよりも、どこか人への諦めのようなものを感じる。あるいは、見返りがほしくなるような衝動に駆られたとき、その柔らかいそよ風が怒りや蔑みの嵐に変わることの予告でもある。そんな危うさが、加瀬にはある。
だが、そうだとしたらしおりの人生があまりにも哀しすぎる。男の手によって人生を歪められ、男の手によって命まで奪われたとしたら。その無念を、その憤りを、つい自分ごとのように感じてしまう。
今までずっとアウトローな態度をとっていたしおりだけど、今回は冒頭で梨央と対面したときから、ずっと泣きそうな顔をしていた。あの顔が、しおりという人間の本質なんだと思う。何度も何度も「もしも」を数え続けてきた。めちゃくちゃにされた自分の人生を考え続けてきた。梨央のように守ってくれる人がいなかったしおりの人生が、「これからのことを考えよう」と一緒に前を向いてくれる人がいなかったしおりの人生が、苦しい。
たとえ犯人が誰であれ、そこにどんな動機が潜んでいたとしても、彼女の命を奪った人間だけは許せない。新たに起きたこの事件は、『最愛』をどんな結末へと導いていくのだろうか。
(文:横川良明/イラスト:まつもとりえこ)
【第8話(11月26日[金]放送)あらすじ】
しおり(田中みな実)の遺体が発見された――。現場の状況から雑居ビルからの転落と考えられたが、昭(酒向芳)殺害事件の参考人となっていたタイミングだったこともあり山尾(津田健次郎)は事件性を疑う。
出社した梨央(吉高由里子)は、秘書の児島(宮下かな子)からしおりと後藤(及川光博)がもめていたようだと聞かされる。しかし、その後藤とは加瀬(井浦新)も前日から連絡が取れず、行方を掴めずにいた。
しおりが亡くなる前日、彼女と会っていたことで警察から事情聴取を受けることになった梨央。そんな彼女を、捜査本部を外されて所轄の生活安全課に異動になっていた大輝(松下洸平)が訪ねてきた。大輝の母が送ってくれたという故郷の酒を飲む二人の間には穏やかな時間が流れ、とある約束を交わす。
一方、しおりの周辺を捜査していた桑田(佐久間由衣)は、上司の山尾から、事件に関するネタを大輝からうまく聞き出すようはっぱをかけられてしまう。気が進まない中大輝のもとを訪ねる桑田は、かつての相棒に捜査の協力を懇願する。
そんな中、加瀬は梓(薬師丸ひろ子)と今後の策を練っていた。梓から後藤が向かうと思われる場所を聞いた加瀬は、早速梨央と向かうことに・・・。
◆番組情報
『最愛』
毎週金曜日22:00からTBS系で放送中。
地上波放送後、動画配信サービス「Paravi」でも配信中。
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