ただ誰もが自分の「最愛」の人を守りたかっただけだった。
前半戦最大のクライマックスを迎えた『最愛』(TBS系/毎週金曜22:00~)。それは、人が人を想う愛の強さと美しさにただ涙する回だった。
達雄の告白が、大輝を変えていく
これだけすごいものを見せられたときに、あれこれと言葉を重ねることは、もはや野暮とすら思える。警察の追跡を振り切り、優(高橋文哉)と高速バスに乗って故郷・白川郷へと帰った梨央(吉高由里子)。そこからのドラマは、ながら見なんて絶対させない、すさまじい引力があった。
最大の山場は、学生寮のシーン。達雄(光石研)のパソコンから、父が残した告白を見つけた梨央と優。そこへ駆けつける大輝(松下洸平)と桑田(佐久間由衣)。容疑者と刑事。お互いの距離を象徴するような回廊。優を捕えようとする桑田を、大輝は頭を下げるようにして制止する。刑事としての職務を逸脱する行為だ。でも、そうするしかなかった。大輝にとってもまた優は弟のような存在だった。睨みつける桑田に向けた大輝の顔は、精悍な刑事のそれではなくて、たとえ愚かであっても「最愛」の人のために何かしてやりたい無力な男の顔だった。
思えば、この5話をかけてずっと大輝は揺れていた。山尾(津田健次郎)にイヤホン男は優と同一人物かと迫られたとき、「確証持てません」と大輝は答えた。嘘をつくつもりはなかっただろう。ただ、言葉通り、本当に確証が持てなかった。この忌まわしき事件に、あんな無邪気だった優が関わっていることを。そして、それを梨央が庇おうとしていることを。
だけど、優が高速バスに乗り込んだのを目撃したとき、大輝は泣きそうになるのをこらえるように、声を裏返らせながら「朝宮優です」と報告した。確証せざるを得なかった。今も鮮やかに甦る幸せだったあの頃に「何か」があったことを。そして、自分はそんな暗い影などまるで知らずに呑気に暮らしていたことを。
かつての友を疑わなければいけない。そんな刑事の宿命を「嫌な仕事だよな」と認めつつ、「向いてるよ」と大輝は言った。あれは皮肉のようにも思えた。だって、全然そんなことない。優しすぎるんだよ、大ちゃんは。優しすぎて、不器用すぎて、だから自分が苦しくなる。刑事としての宮崎大輝と、ただの大ちゃんとの間で、いつも溺れそうになっている。
「2人が困っとったら、いつでも駆けつけると思っとった」
でも、あの嵐の夜、大輝はあの場にいなかった。何もしてやれなかった。その無力さを大輝は悔いる。そして、その上で言う。
「今度は必ず力になる」
そのときの大輝の顔は、今までにないくらい力強かった。ピュアな大ちゃんでも、疑心暗鬼の刑事でもなく、覚悟があった。「最愛」の子どもたちのためにすべてを引き受けた達雄の告白を聞いて、大輝も心が決まったんだろう。今度こそ自分が「最愛」の人を守ると。
連行される優にすがりつこうとする梨央を大輝が引きはがした。何度も弟の名を呼ぶ梨央を押さえるように胸に抱いた。ここから大輝は覚醒する。この事件の奥底に何があったのか。苦悩する大輝から、「最愛」の人のために戦う大輝へ。きっとますます私たちは大ちゃんに吸い寄せられてしまうだろう。
吉高由里子は、決して梨央を悲劇のヒロインにしない
そして、この壮大なミステリーの中心に立つ吉高由里子の圧倒的な存在感は、もはや畏れすら抱いてしまう。吉高由里子の見事さは、何と言っても強さだと思う。これだけ過酷な運命に翻弄されながらも、けれど梨央は決して悲劇的にならない。吉高由里子はいたずらに梨央を不幸そうに演じないし、可哀相に見せたりしない。彼女もまた「最愛」の人を守るために立ち向かうヒロインとして存在し続けている。
だから、どんなに涙を流しても梨央は湿っぽくならないし、回を重ねれば重ねるほど美しさが際立ってくる。「優はやっとらん。なんもしとらん。そうやろ?」と涙を流す場面なんて、演じ方を間違えたら愚かで盲目的な姉になりかねない。でも、吉高由里子が演じるから、「最愛」の弟の無実を信じる姉の心情に、つい視聴者も肩入れしてしまう。社長という立場がありながら、自ら危ない道へ飛び込む梨央を応援してしまう。これだけのストーリーの中で、悲劇のヒロイン然とせず、輝きを放てるのは吉高由里子のなせるワザだ。
真実を語るのは、記録か記憶か
物語は、ここから本当にすべての事件は優によるものなのかという謎へ突き進んでいく。そこでキーワードとなりそうなのが、記憶と記録だ。康介(朝井大智)殺しの真相を語っているのは、今のところ優の記録した映像だけ。当事者である優の記憶は彼方へと消えている。だけど、もし優の記憶が甦ったとしたら。まだ誰も知らない真実を、その記憶は語ってくれるのではないだろうか。
梨央が研究している新薬もここにつながってくるのでは、というのが今後の見立てだ。優しか知らないあの夜の真実に光を当てるべく、梨央は薬の完成を目指す。そして、それを止めたい本当の犯人との間で何かが起こって、第1話冒頭のあの雨のパトカーのシーンへと結びついていくのではないかと予想している。
また、昭(酒向芳)殺しの真相もまだ逆転の要素はありそうだ。ずっと黒い服を着ていた優は、今回初めて白い服で登場した。黒い上着の下に、白い服。松下がゲスト出演した『MIU404』第2話でも、監督の塚原あゆ子は衣装を使って松下が犯人であると表現した。とすると、これも塚原あゆ子流の"優は犯人ではない"という暗示ではないだろうか。
ラストで加瀬(井浦新)が優の動画を頼りに事件現場を検証していた。あのとき、加瀬は2つの池を見比べていたように見えた。おそらく優の動画に残されている昭の落ちた池と、遺体が発見された池は、別だったのだろう。
つまり、優に落とされたあと、昭は自力で池から這い出た。そこへ、本当の犯人がやってきて昭を殺害し、もう一方の池に沈めたというわけだ。遺体発見時、昭の後頭部に挫傷があると報告されていた。しかし、優は首を締めただけ。後頭部に攻撃は加えてない。記録が語るのは、あくまで事実。真実は、人の記憶にのみ存在するのだ。
昭を殺したのも、きっと「最愛」の誰かを守るためだった
そうなってくると、犯人候補として挙げられるのは2人。藤井(岡山天音)と梓(薬師丸ひろ子)だ。桑田が疑問視した通り、康介の遺体を達雄ひとりで運ぶのは困難だ。もし手を貸した誰かがいたとしたら、考えられるのは藤井だろう。
だが、達雄が梨央と優をかばって罪をかぶろうとした通り、このドラマは「最愛」の誰かを守ろうとする人たちの物語だ。このポリシーを貫くのであれば、昭殺しの真相もまた「最愛」の誰かを守っての行為だと考えた方がいいだろう。
となると、藤井以上に有力なのが梓だ。決して母親らしくない梓が、娘を守るためにしたことなのか。あるいは、梓にとっての「最愛」は会社であり、会社の名誉を守るために、うるさいハエを処分したのか。今まさに命の危険にさらされているしおり(田中みな実)のように。多数のペーパーカンパニーを抱えていることからわかる通り、梓は決して清廉潔白な経営者とは言えなさそうだ。
このドラマでは毎回、登場人物がモノローグで「最愛」の相手について語る。1話は大輝が梨央について、2話は梨央が大輝について、3話は加瀬が梨央について、4話は後藤(及川光博)が会社について、そして5話は優が梨央について語っている。いつか梓の番が来たとしたら、そのとき梓は誰について語るだろうか。
次回は、藤井が久々に登場する。次回予告では、なんとも怪しい視線を浮かべていた。それぞれの愛の強さに心揺さぶれながらも、藤井と梓の動向を引き続き注視したい。
(文:横川良明/イラスト:まつもとりえこ)
【第6話(11月19日[金]放送)あらすじ】
加瀬(井浦新)は、警察に連行された優(高橋文哉)と面会し、15年前の事件だけでなく昭(酒向芳)の殺害も自らがやったことだと告げられる。さらに、公園で昭と争った時の様子がイヤホン型カメラに記録されていることを聞き出し、その動画データを解析することに。
そんな中、優の処遇を心配し不安に怯える梨央(吉高由里子)。心配して訪れた加瀬から優が置かれている状況を聞き、優しく励まされながら何とか眠りにつくのだった。
梨央が優のことで後藤(及川光博)や兄・政信(奥野瑛太)から社長としての責任を追及される一方で、加瀬が民間の科捜研に依頼していた動画データの解析が完了。加瀬はある疑問を抱く。また大輝(松下洸平)ら警察も、優の証言による裏取をもとに現場周辺で聞き込みを進めるが・・・。
◆番組情報
『最愛』
毎週金曜日22:00からTBS系で放送中。
地上波放送後、動画配信サービス「Paravi」でも配信中。
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