いよいよこのドラマの面白さが見えてきた。
「偽装結婚」というテーマから、同じTBS火曜22時枠の名作『逃げるは恥だが役に立つ』としばしば比較されることも多かった『婚姻届に判を捺しただけですが』(TBS系/火曜22:00~)。
だが、第4話にして、このドラマらしさがはっきりと提示された。「偽装結婚」はあくまで入り口。『ハンオシ』は、「世界でいちばん残酷な片想い」の物語だ。
坂口健太郎の"ほっぺ"が今回はユッルユル
それにしても、百瀬(坂口健太郎)の突然のキャラ崩壊感がすごい。前回までは、煮ても焼いても食えない能面人間だった百瀬が、明葉(清野菜名)を友達認定した途端、一気にニコニコキャラに。
ゲームに誘ったり、シュークリームをくれたり、ゴミを代わりに出してくれたり、もう至れり尽くせり。あの顔面で「ベストフレンドに、乾杯」とか言われても困っちゃう。お返しにKiroroとか歌っちゃう。
ゲームのコントローラーを両手で持つところなんて、もうあざとすぎる。先日、中の人が『王様のブランチ』(TBS系)で「僕個人で言うとかわいいよりもかっこいいって言われた方が好きですけどね」とおっしゃっていましたが、ご本人の意思に反して言わせてください。
かわいい(爆音)。
たぶん坂口健太郎のかわいさは、"ほっぺ"だと思うんです。優しく垂れ下がった目尻と、子どものようなえくぼ。それらによって生まれる完璧な"ほっぺ"。頬とは言いたくない。"ほっぺ"なんです。"ほっぺ"なんて愛らしい呼び方が似合うのは、ペコちゃんか坂口健太郎くらい。
そんな坂口健太郎の"ほっぺ"が今回はユッルユル。上司の舛田(岡田圭右)に「幸せは誰かと分かち合うと2倍になります!」と言われて、「2倍か...。確かにそうですね」とうれしそうに"ほっぺ"を緩ませるあたり、成人男性とわかっているけど、どうにかお年玉をあげたくなる。
「明葉さんが元気になるように、おいしい料理をつくりますね」といそいそ夕食の支度を始める百瀬。え? 仕事から帰ってきたら、坂口健太郎が夕食の準備をしてくれている世界線とか、どんな乙女ゲーム? 危うく課金するとこやったわ。
目が覚めたら、カメラ目線で「気分、どうですか?」と聞いてくるのも、完全に乙女ゲーム。「僕の膝でよかったらどうぞ」と膝をポンポンするところに至っては、ほぼサイコパス。百瀬の「友達」の定義、完全におかしない...?
本人曰く初めての女友達に距離感がバグッてしまったそうですが、ちょっと友達認定したらこれだけ心開いちゃう百瀬、実はめちゃくちゃチョロいのでは...? 美晴(倉科カナ)に一途な想いを寄せているのも、人生経験が圧倒的に不足しているからで、こっちがガンガン攻めていけば、秒で落城させられる気がしてきた。
あそこでキスをしたら意味ができる。だから明葉はキスできなかった
そんな百瀬のキャラ変ぶりを楽しみつつ、明葉の片想いの苦しさが切実に浮かび上がってきたところが、第4話の最大のポイント。百瀬への恋心をはっきり自覚した明葉。だけど、百瀬は完全に自分を友達だと見ている。片想いにはいろんな種類があるけれど、相手は自分を恋愛対象としてはまったく見ておらず、別の誰かに微熱混じりの視線を送り続けているというタイプの片想いがいちばん胸を絞られる。
それはたぶん観ている多くの人が自分も経験したことがあるからで。好きな人の前で一生懸命無邪気なふりを装って、空元気だとわかっていながら無駄にはしゃいで、自分でもバカだと思うけど、でもそれで相手が笑ってくれるなら、いくらでもピエロになっていい。そういう恋を経験してきたから、明葉に共感してしまう。
しかも、百瀬の場合、美晴への片想い自体が、誰にも明かしていない秘めごと。話せるのは明葉くらいしかいない。だから、明葉につい話してしまうし、明葉としても百瀬との関係を守るためなら、なんでもない顔をして聞き続けるしかない。たとえどんなに心をナイフで突き刺されても。報われない片想いは、辛い。でもだから報われない片想いは、面白いのだ。
「そんなこと、恋愛感情がなくてもできますよ」
そう言って、百瀬は明葉にキスをしようとした。たぶんその言葉は見栄でも強がりでもないんだろう。きっと明葉があそこでかわさなければ、百瀬は明葉にキスをした。どうってことないからだ、別にそこになにも気持ちがないから。
でも、明葉は違う。明葉はもう百瀬に恋をしている。だから、あそこでキスをしたら意味が生まれてしまう。恋愛感情があるから、簡単にキスなんてできなかった。
ただの「偽装結婚」だったはずなのに、2人の間には確実にもう温度差が生まれている。そのズレが、切ない。
世界でいちばん残酷な結婚指輪の渡し方
しかも、この2人の間には掟がある。決して相手のことを好きにならない。この掟を破ってしまったら、もう「偽の夫婦」でさえいられなくなる。恋愛ドラマに「枷」はつきもの。『ハンオシ』は「好きになったら関係が壊れてしまう」という定番の枷に「偽の夫婦」という設定をプラスすることで、恋愛ドラマとしての盛り上がりを生み出した。
百瀬はどんどん明葉を慕いはじめている。でもそれはあくまで友情として。だったら、とっつきにくいままの"キテレツ白アスパラ"だった頃の方がどんなに楽だったろう。
「僕は、美晴が好きです。どんなときも変わらず、これからもずっと」
そう言ってすぐ、百瀬は結婚指輪を明葉に差し出した。こんなに残酷な結婚指輪の渡し方があるだろうか。普通ならありえない。でも、「偽の夫婦」だからありえる。鼻の先が痛みそうになるのをこらえて「わかってますよ、わざわざ言わなくても」とおどける明葉がいじらしくて、代わりに泣いてあげたくなった。
結婚指輪をつけた手を2人並べる画は、「結婚しました」という報告つきでInstagramかなにかでよく見るそれに似ていて。本当なら幸せいっぱいなはずなのに、ちっとも幸せな気持ちになれない。なぜなら、本物じゃないから。「こうすると、本物の夫婦みたいですね」と無邪気に言えてしまう百瀬の残酷さに、胸が痛くなる。
ラブコメとしての型が完全に出来上がり、一気に面白さが増した『ハンオシ』。次回も、同じベッドで一緒に寝るなど、定番ネタを盛り込みながら、報われない片想いの切なさを、時にコミカルに、時にセンチメンタルに描いてくれるだろう。
それはそうとして、美晴、完全に魔性の女っぽくなってましたね。明らかに百瀬の気持ちを見抜いた上で、思わせぶりな態度をとっているように見えるのが引っかかる。
あの旅館での言葉はつまり旭(前野朋哉)に恋愛感情はないけれど、家庭を持つ相手としてはベストだから旭を選んだという意味だろうか。それじゃ、ある意味「偽装結婚」と何も変わらない。でも、いちばん愛している人ではないけれど、いちばん幸せになれそうな人と結婚した人は多いだろうし。そう考えると、必ずしも恋愛感情だけが「結婚」の条件でもない。
だとしたら、お互いのメリットのために結婚した明葉と百瀬だって、そもそも「偽装結婚」でも「偽の夫婦」でもないのかもしれない。そんなふうに結婚の定義というところまで突きつめてくれたら、ますます面白いドラマになりそうだ。
(文:横川良明/イラスト:まつもとりえこ)
【第5話(11月16日[火]放送)あらすじ】
美晴(倉科カナ)が離婚届を残していなくなってしまった・・・。
身寄りのない美晴の行き先がわからず、同級生たちに連絡をとる百瀬(坂口健太郎)を、明葉(清野菜名)は心配そうに見つめることしかできない。
美晴の行方が気がかりなまま時間だけが過ぎる中、不動産屋の前に美晴の姿が! 家に帰りたくないという美晴に、百瀬は「しばらくはうちにいればいい」と提案するのだった。
だが、偽装結婚中の2人には美晴がいることで生活に大きな変化が・・・。同じベッドで寝ることになり、緊張した時間を過ごす明葉をよそに 、百瀬は美晴への想いをポツリポツリと話し始めるのだった。
百瀬と一緒にいたいと思うようになった明葉の願いも虚しく、美晴との同居生活で2人の関係にも影が差し始めてしまい・・・!
◆番組情報
『婚姻届に判を捺しただけですが』
毎週火曜日22:00からTBS系で放送中。
地上波放送後、動画配信サービス「Paravi」でも配信中。
また、Paraviオリジナルストーリー「とにかく婚姻届に判を捺したいだけですが」が独占配信中。
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