こんなにも人が堕ち行く様をありありと見せてくれるドラマも珍しい。『ただ離婚してないだけ』(テレビ東京ほか)第10話は、原作と大きく違う展開が描かれた。
監禁されている佐野(深水元基)が遂に柿野家から逃げ出した。3度目の脱出の試みにして、遂に逃げ切ったのだ。肋骨も見えるほどに痩せこけ囚われの身を見事演じ切っている深水の役者魂に敬服だ(今回の役作りのために15キロ以上減量されたようだ)。早々に逃げ出すのではなく、一服を挟み久々に煙草にありついた時のこの上なく幸せそうな顔、長らく二足歩行してこなかった人間が歩き出した時のあの足に力が入らない歩き方、叫ぼうにもうまく発声できない様子など全てがリアルで、彼が社会と断絶されていた"悪夢"の時間を確かに見せてくれた。あの柿野家の2階の一室での現実離れしたシチュエーションが、白日に晒された時の異質感、違和感が凄まじかった。またあれだけ過酷な状況に追いやられても性根の悪さが変わらぬ佐野の逞しさもある意味すごい。
嘘をつく時に、真実も紛れ込ませればその嘘はバレにくくなると言うが、刑事の池崎(甲本雅裕)と萌(萩原みのり)の弟・創甫(北川拓実)を前にした際の柿野正隆(北山宏光・Kis-My-Ft2)と妻・雪映(中村ゆり)が正にそうだ。
ただ、その中でようやく堕胎手術のことなどを口にし、雪映が創甫の元を訪れていたことを初めて知る正隆。改めて彼らが大切なことは何も話し合ってこなかったのだと思い知らされる。顔色一つ変えず対応する雪映に対して、刑事が萌と佐野が殺されている可能性に言及した途端瞳孔が開く正隆。任意の家宅捜査を断固拒否した雪映と、うなだれるしかない正隆。
佐野の脱出未遂に気づき電子レンジを振り下ろし、遂には水も食事も与えずに衰弱死を図ろうと提案し「あの人が勝手に死ぬの」とこぼす雪映の今の心の拠り所はどこにあるのだろうか。子が生まれて3人で生き直す未来に向けて、あまりに今を犠牲にしすぎているし、取り返しがつかぬほどの犠牲を払いすぎている。「私たちは十分償いました。この償いを乗り越えて夫婦を続けていくと決めたんです。子どもが生まれるんです」と言うが、何を持ってして"償い"と言っているのだろうか。最初こそ、雪映からすれば完全なる夫の不貞によるとばっちりで、彼女には本来要らぬ傷がつけられた訳だが、もはやここまで手を汚してしまえば、そんな被害者面も通用しない。
包丁を持ち出して佐野を追いかけ回す雪映こそ狂気の沙汰で、正隆も「雪映は変わった。まるで雪映は昔の俺の毒がうつったみたいだ」なんて悠長に言っている場合ではない。そこは「自分が雪映を変えてしまった」と自認して欲しいところだ。
佐野を逃してしまった雪映が声を上げておいおい泣く様子に、自首した方が余程楽になりそうなものだし、これ以上の最悪の事態を防げるのではないかと思ってしまう程だ。この"殺人共同生活"を通して、雪映は嫌と言うほどに自分の隣にいる男がどれだけ頼りないかはっきりと自覚しただろう。佐野にしたって、そもそも最初に正隆がトドメを刺していれば...なんてことが頭を過ぎるに違いない。正隆も、雪映の常軌を逸した恐ろしさを間近で見て、その刃の矛先が次は自分に向けられる可能性を考えないのだろうか。
何かに取り憑かれ、冷静さを欠くと、どんなにこれまで良識的に見えた人でもこんなにも愚かしいことを重ねていくのだと、人間の醜態が全て詰まっている本作は目を背けたくなることだらけだ。
最終回まで残すところあと2話。遂にラスボス・仁科(杉本哲太)が柿野家に辿り着くようで、創甫も復讐を心に誓ったようだ。どう転がってもハッピーエンドにはなり得ないが、だからこそ彼らの物語がどう幕を閉じるのか気になる。
(文:佳香(かこ)/イラスト:まつもとりえこ)
【第11話(9月22日[水]放送)あらすじ】
正隆(北山宏光)と雪映(中村ゆり)の元から監禁していた佐野(深水元基)が逃げ出した。自分たちの身に警察の捜査が及ぶと考えた2人は逃避行生活を送っていた。その頃、佐野はヤクザの仁科(杉本哲太)から再び拷問を受け、正隆たちが萌(萩原みのり)の遺体を掘り返している様子を撮影したSDカードを渡す。正隆と雪映、そして2人の間に生まれてくる子供の運命はどうなるのか...!?
◆番組情報
『ただ離婚してないだけ』
毎週水曜深夜0:00からテレビ東京ほかで放送中。
地上波放送後に動画配信サービス「Paravi」でも配信中。
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