初めて"死者1名"が出てしまった日曜劇場『TOKYO MER~走る緊急救命室~』(TBS系)第10話。これは第1話冒頭で描かれた喜多見(鈴木亮平)の幼少期のアメリカでの悲しき出来事ともリンクする。
チーフドクターである喜多見の過去が白日に晒されたことで、正義のヒーローの象徴だった救命医療のプロフェッショナル集団MER(Mobile Emergency Room)には世間から一気に厳しい目が向けられる。兼務だった病棟スタッフたちの今後を案じた喜多見は、業務には一人で当たることを宣言する。そんな中、関東医科大学の爆破予告が入り、喜多見と医系技官の音羽(賀来賢人)が現場に駆けつける。これはテロリストのエリオット・椿(城田優)の仕業で、爆破があった教室内に閉じ込められた学生の中に自分の内通者まで配置しておくという用意周到さ。
しかも、後々わかることだが内通者に選ばれた学生の背景には、このコロナ禍でバイトもできず親からの仕送りにも頼れず退学せざるを得ない今の学生たちが追いやられている窮地が滲む。SNSでの尾ひれが付いた情報を盲信し、喜多見のことを不用意に怯え猜疑心に苛まれ、自分たちを救ってくれる存在である喜多見を監禁までしてしまう学生たちを我々は一方的に嘲笑することなどできないし、匿名でのネットの発信に踊らされてしまう危うさは現実社会でも私たちの生活と常に隣り合わせだ。
「くだらない噂に振り回されてないで、あの人が何をするのか、その目で見て判断しろ!」という音羽の叫びは、彼自身の喜多見との歩みを表しており、またこのネット社会を生きる我々誰にとっても決して他人事ではない。
「俺たちは応援をされるためにやってるわけじゃない。どんな批判をされても構いません。だけど命を救うことには手を貸してほしい」と訴える喜多見の言葉もまた胸を突く。だが、しかしこの真っ直ぐで穢れなき喜多見の使命感、不満や不平に目を向けるのではなく自分がやるべきことに全力なひたむきさが、椿の標的にされてしまったことが何より辛く、苦しく、憤りを禁じ得ない。
椿も爆破阻止と引き換えに政治家の不正を暴こうとしており、彼にも何かしらの信条があって理想とする世界があるのだろう。ただ、椿と喜多見ではその"理想"に向けてのアプローチが全く異なる。
「わかって欲しかったんです。いつも満面の笑みで理想を語っていた喜多見先生に。世の中は不条理だってことを」と椿は言ったが、これは喜多見と出会って間もない頃の音羽の思いとも重なるところがある。
みんな、誰だって喜多見のようになりたいのだ。なれるものなら。自分の信条に真っ直ぐに、嘘をつかず、自身の立場が不利になることも顧みず一切保身にも走らない。"今やるべきこと"のみに集中する。でもそうはいかないのだ。世の中を良くしたいという志を持ち、あえて官僚の道を選んだ音羽は、自身の出世にしか興味のない煩悩だらけの政治家、しがらみだらけの政界にほとほと嫌気が差しながらも「多くの人を救うには小さな犠牲はやむを得ない」という刷り込みをされており、どうすることもできず染まりゆく自分自身を何より嫌悪していた。
同じく医系技官出身の白金厚労大臣(渡辺真起子)も「目の前の命よりもっと大勢の人の利益を守らなければならない」と何かを振り払うように言っていた。それなのに、喜多見は人を憎むことさえも知らない。憎むべき相手のことも誰の命であっても平等に扱う。これが"綺麗事"でなくて彼の本心からくる言動なのだとしたら、自分自身の未熟さ、邪悪さ、狡さを認めざるを得なくなり許せなくなってしまう。
喜多見の存在はあまりに都合が悪すぎるのだ。"世間なんてそんなもの""みんなそうしている"なんて言って、自身の中に確かに巣食う違和感を切り捨てられなくなってしまうから。
だからこそ、圧倒的な喜多見の崇高さ、曇りなき目(まなこ)に彼が綺麗なものだけを見て綺麗な世界で、誰かを憎む必要がない環境の中で生きてきたのだと他人は思いたくもなってしまう。実際には彼にはアメリカで遭遇した銃乱射事件で両親を奪われたあまりに悲しき過去があるとも知らずに。
どこまでも利他的で、まずは自分が動くことで周囲を巻き込み、どんな逆境も乗り越えてみせる、オセロの黒をどんどん白に変えていくそんな喜多見へのある種の羨望ゆえの嫌悪から、椿は彼を残酷にも"実験台"にしたのだろう。人はどれだけ不条理な目に遭っても、本当に誰のことも憎悪せずに生きていけるのか。志をくじかれてしまわないのか。喜多見の"アキレス腱"を容赦無く狙いにいったのだ。
椿が垂らした毒が喜多見の心を支配してしまうのか。そしてその毒はMER全体を飲み込んでしまうのか。次週いよいよ最終話。祈るような気持ちで彼らの選択を、未来を見守りたい。
(文:佳香(かこ)/イラスト:たけだあや)
【最終話(9月12日[日]放送)あらすじ】
最愛の妹・喜多見涼香(佐藤栞里)を亡くし、失意のどん底にいた喜多見幸太(鈴木亮平)はMER脱退を告げる。都知事の赤塚梓(石田ゆり子)は意識不明のまま生死の境をさまよっていた。そして、音羽尚(賀来賢人)は大物政治家・天沼夕源(桂文珍)に逆らえないまま、遂にMER解散が決定しようとしていた・・・。
そんな中、エリオット・椿(城田優)による連続爆破テロで東京中が炎上!多くの負傷者が出るが、喜多見も音羽も出動せず、ERカーの使用も禁じられてしまう!
最大のピンチを迎えたメンバー。しかし、その時・・・喜多見の心を震わせる「言葉」が響いた。
TOKYO MERの最後の出動の物語。
◆放送情報
日曜劇場『TOKYO MER~走る緊急救命室~』
毎週日曜21:00からTBS系で放送。
地上波放送後には動画配信サービス「Paravi」で配信。
また、Paraviオリジナルストーリー「TOKYO MER~走らない緊急救命室~」が独占配信中!
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