「愛というのは、その人の過ちや自分との意見の対立を許してあげられること」
これは近代看護教育の母であるナイチンゲールの言葉である。
日曜劇場『TOKYO MER~走る緊急救命室~』(TBS系)第3話でキーパーソンとなった看護師の蔵前夏梅(菜々緒)の尊敬する人物が残した名言であり、彼女自身もまたこの言葉通りを今話で実践してのけた。「どんな状況下でも"命"を見捨てることのない」救命医療のプロフェッショナル集団MER(Mobile Emergency Room)の心強さとそしてもう1つ、夏梅の勇姿を通して"母親同士の強い繋がり"が描かれた回でもあった。
今回、MERが駆け付けたのはの立てこもり事件の現場。銃を持った男が元妻との復縁を迫って持病のある娘を人質に立てこもる。発作の危険が迫る娘の治療に当たるために犯人が許可したのは看護師1名のみの立ち入りで、これに自ら志願したのが夏梅だった。病棟業務とMERを兼任するシングルマザーで、母親の娘を想う気持ちが人一倍痛いほどにわかるのだろう。大切な娘が自分のお迎えを待っている状況ながら、目の前の母親から命がけで託された"親が子を想う気持ち"に応えようと現場に突入する。
冒頭では、医療従事者である夏梅の子どもを保育園に預けないで欲しいと一部の保護者から声が上がっているというなんとも悲しい"母親同士の分断"が描かれた。誰だって我が子が可愛く最優先したいのは当たり前だろうし、初めての子育てはただでさえ不安だらけで何が正解かわからない暗中模索の日々に違いない。だが、本来悩みをシェアし慰め合い手を繋げる唯一の"味方"であるはずの母親同士が、"我が子を想うあまり"視野が狭小になり対立することほど切ないことはない。
夏梅は病床で受け取った母親の想いを受け継ぎ、見事母親の命と、そして母親の命以上に大切なものを守り抜いた。復縁を願っておきながら娘のアレルギー体質のことさえ知らず我が子を命の危険に追いやってしまう父親よりも、時に母親同士の絆ははるかに強く頼もしく頑丈だ。
本作で、気高く優しい"母親"の顔も覗かせた菜々緒が新鮮だった。『インハンド』(TBS系)での牧野巴役で初の母親役を演じた彼女だが、母としての一面が明かされたのは物語後半だった。本作では、夏梅の強さを担っている要素に"母親である"というパーソナリティーや娘の存在が影響していることは明らかで、よりその側面がフォーカスされたように思う。病人を前にした際に条件反射的にそこはかとなく滲む慈悲深い母性や、救命の場では常に凛としていながらも決して"利他の精神"を見失うことがない芯の強さと肝の座りっぷり。そしてそれとは裏腹に娘の顔を見るなり一気に無防備な満面の笑みを浮かべた"母の顔"に戻るオンオフ、緩急を見事好演した。
夏梅が1人で立てこもり現場に向かう時、確かに彼女は1人だったが、それでも決して"彼女1人だけではなかった"。自分よりも守りたい大切な存在がいる者だけが持ち得る果敢さが彼女を後押しし、その裏に幾重にも折り重なった皆の祈りにも似た気持ちを確かに背負って、心折れることなく、一歩、また一歩と自身を奮起させながら歩を進める姿が印象的だった。
チーフドクターの喜多見幸太(鈴木亮平)の精神にしろそうだが、今話では特に「許し」についても触れられた。彼らは「殺せよ」と声を荒げ自らの生にも投げやりな凶悪犯の命も決して見捨てず等しく手を差し伸べた。
喜多見が必ず病人に対して言う「大切な人のことを考えて下さい。あなたの帰りを待っている人のことを考えて下さい」は、きっと過酷な状況下で人命救助に"当たる側"の心の中にもずっとある思いで、支えとなる言葉なのだろう。夏梅の迷いのない姿を見てそう思わされた。
ところで、喜多見が救命の現場で想う「大切な人」とは誰なのだろうか。彼にもそんな存在がいるのだろうか。それこそが医系技官の音羽尚(賀来賢人)たちが探している"彼の弱点"になるのだろうが・・・。
今話で見せつけられた夏梅から喜多見へのあまりに厚く揺るがない信頼感を思うにつけ、音羽が掲げた次なるMER解体作戦「喜多見の求心力を弱めること」は既に難しそうだ。緊急時にあっても彼女の行動指針となるほどに喜多見のDNAが刷り込まれており、それは他のスタッフたちの間にも、そしてレスキュー隊や警察など組織の壁をも超えて確実に伝播している。喜多見がもたらしたこの変化が決して一時の"奇跡"に終わりませんように。
(文:佳香(かこ)/イラスト:たけだあや)
【第4話(7月25日[日]放送)あらすじ】
トンネル崩落事故発生!現場に駆けつけた喜多見幸太(鈴木亮平)は、移植手術のため心臓を運搬中の医師が、ガレキに埋まっていることに気づく。救出に挑むものの、新たな崩落が・・・。それでも喜多見は、レスキュー・千住幹生(要潤)や看護師・蔵前夏梅(菜々緒)と決死の突入を試みる!
一方、高輪千晶(仲里依紗)のオペを待つ患者の少女には、命のタイムリミットが迫っていた----現場で、オペ室で、指令室で・・・全てのメンバーが勇気を振り絞って「命のリレー」に挑む!
◆放送情報
日曜劇場『TOKYO MER~走る緊急救命室~』
毎週日曜21:00からTBS系で放送。
地上波放送後には動画配信サービス「Paravi」で配信。
また、Paraviオリジナルストーリー「TOKYO MER~走らない緊急救命室~」が独占配信中!
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