恋をしている人を見ると、なぜこんなに胸が痛むんだろう。自分が恋をしたわけじゃないのに、同じように恋をした気持ちになってしまう。だから、ラブストーリーが好きなんだ。『着飾る恋には理由があって』(TBS系/毎週火曜22:00より放送)第2話は、恋のはじまりに、観ている人たちも恋をする。そんな物語だった。
あの桜のオブジェには、つくり手たちの誇りと願いが込められていた
「今年の桜はもうあきらめるから」
ちょっと投げやりな口調で、くるみ(川口春奈)はそう言った。その瞬間、去年の4月からあきらめた色々なものが、頭の中を駆けめぐった。
去年家にこもりながら、「来年こそはみんなで見たいな」と思った桜は、結局今年もちゃんと見られなかった。ゴールデンウィークの予定も、楽しみにしていたお芝居も、仕事帰りに飲む一杯も、全部、全部、あきらめた。僕たちのこの1年は、あきらめることに慣れる1年だったように思う。
でもそんなくるみに、駿(横浜流星)は見せてくれた。おうちの中で見られる桜を。それは、本物の桜ではなく、絵の具で描いた"まがいもの"の桜だ。でも、幻想的にライトアップされたそれはとっても綺麗で、彩夏(中村アン)の血が通っている分、躍動感があって、生きているって感じがした。
アートもきっと不要不急。誰の命も救わないし、世界の危機も解決できない。だけど、葉山(向井理)と約束した桜も見られなくて、仕事でヘトヘトになったくるみの心を解きほぐしてくれたのは、間違いなくこの"まがいもの"の桜だ。このエピソードに、僕は、ドラマをつくる人たちのーーこの1年、いろんなピンチに見舞われて、それでもタフに戦い抜いてきた人たちの、誇りとか、願いのようなものが込められている気がして、ちょっとだけ泣いてしまった。
ドラマだって、"まがいもの"だ。ただのフィクションで、そこに本当はない。誰の命も救わないし、世界の危機も解決できない。でも、3度目の緊急事態宣言が出て、またおうちにこもらなきゃいけなくて、もうなんだかあきらめることにもほとほと疲れて。ずっと自分を支えていた柱の最後の1本がぽきんっと折れそうになっていた僕に、あきらめなくてもいいんだ、ほんの少し視点を別の方向に向ければ、この世にはまだ知らない楽しいものがあるんだと。そう教えてくれたのは、やっぱりドラマという"まがいもの"だった。世界でいちばん美しい"まがいもの"だった。彩夏のつくった、あのオブジェのような。
何か喜ぶことをしてあげたいと思ったら、それは恋のはじまり
恋とは、その人が喜ぶことをしてあげたいと思うことだと思う。そういう意味では、もう駿はくるみに恋をしているのだろう。葉山という大事なものをなくしてしまったくるみは、すっかり元気を失っていた。そんなくるみを元気づけるために、くるみの地元の名産品で、大好物の伊勢海老をごちそうしてあげる、と駿は約束をした。
そのために朝から市場まで遠出をして、海老を買い付け、腕をふるって、手料理をつくった。人と何かを約束したとき、うれしいのは、その日が来るまで、目いっぱい準備ができることだ。あの人は喜んでくれるだろうか。どんな顔をしてくれるだろうか。想像するだけで、胸が膨らむ。誰かのためにつくった料理が、いつもよりおいしいのは、その人を想う時間と気持ちが隠し味になっているからだと思う。仕事で来られないくるみを待って、どんどん減っていく海老に落ち着かない様子の駿は、間違いなく恋をしている人の顔で、その健気さに、微笑ましいような、愛らしいような気持ちになる。
結局、駿はくるみに海老を食べさせてあげることはできなかった。その代わりに振る舞ったのが、くるみの好きなソフトさきいかの炒めものだった。海老に比べたら、ずいぶんリーズナブルかもしれない。だけど、"おうちデート"にはこれくらいがちょうどいい。それに何より駿がちゃんとくるみの好きなものを覚えていることに、言葉にはしていない愛情を感じてしまった。
くるみがさきいかを取りやすいようにそっとクッションを押さえてあげる駿に「そういうところ!」と悶えてしまったし、なかなかさきいかがつまめなくて、思わずかすかにふきだしてしまうふたりに、心がほんのりあたたかくなる。お花見のシーンもそうだけど、人と食事をするっていいよなと、このドラマを観ていると、すごく思う。人と食事をすることさえままならないこの時代だから余計にそう感じるのかもしれない。
あの「あなた、天才よ」は恋におちるのにじゅうぶんな魔法
駿が、無理をすることも、頑張ることもしないのは、かつて自分のせいで店を潰した過去があったからだった。何もなくなって、自分のことがよく見えるようになったと駿は言う。その言葉で、くるみも気づいた。高いヒールを履くことは、確かに無理をしていたかもしれない。だけど、SNSは別に無理をしてやっていたわけじゃない。最初は葉山のためにという気持ちからかもしれないけど、いつの間にか自分の心がときめく瞬間をシェアすることが、くるみの好きなことになっていた。
だから、くるみは伝えたかった。才能があるとおだてられて、すべてをなくしてしまった駿に。「あなた、天才よ」と。あの一言は、魔法だ。駿は自分のことを「天才」と言うけれど、それは自虐で、もう自分の才能なんて何ひとつ信じられなくなっていた。そんな駿のことを、くるみは「天才よ」と認めてくれた。
あの瞬間の、目をふせて、まばたきをしたそのあとに、目が潤んで、それを誤魔化すように視線を前に向けて、「あるよ、冷蔵庫の中」と努めて明るく言うんだけど、その最初の一音がかすかに揺れている、という不意にこぼれてしまったニュアンスまで絶妙に表現する横浜流星の力量にはただただ胸をしめつけられるしかなかった。どうして横浜流星は、恋するせつなさをこんなにも巧みに、繊細に、表現できるんだろう。だから、観ている人も恋におちてしまうのだ、恋をしている横浜流星に。
冷蔵庫を開けるたびに、あのキスを思い出す
そして、ふたりは初めてキスをする、冷蔵庫の前で。人は、キスをした場所を忘れない。何年経っても、何十年経っても、その場所に行った瞬間、唇を重ねたあのときの温度を思い出す。だから、ドラマにおいて初めてキスをする場所はすごく重要だ。
昔、『ビューティフルライフ』(TBS系)というドラマで、沖島柊二(木村拓哉)と町田杏子(常盤貴子)はトイレの前でキスをした。キスという非日常感と、トイレの前という日常感のアンバランスさがなんともロマンティックで、今でもふとあのキスシーンは良かったなと思い出す。
くるみと駿も、きっとこれから冷蔵庫の扉を開けるたびに、あのキスを思い出すだろう。耳元を横切る腕のラインとか、目が合った瞬間のまつ毛の長さとか、唇が近づくときに感じたかすかな息遣いとか、そういうことも、全部、全部。そして、視聴者もまた思い出す。冷蔵庫を開けた瞬間に、まるで自分がキスをしたみたいに。
冷蔵庫の扉を、ふたりの恋心になぞらえて、溢れ出たときめきに慌てて扉を閉めるというリアクションも、すごくわかりやすくて、キュンとなる演出だったと思う。第2話にして、ふたりの恋は一気にギアを上げた。ここからどんな場所へ連れて行ってくれるのだろうか。
向井理に水玉サスペンダーを合わせたスタッフさんに伝えたいことがあります
他の登場人物で気になるのは、やっぱり香子(夏川結衣)。花見をしながら語った「20代は本当にキツかった」「30代、仕事でやらなきゃいけないことがわかってくる。でも、また次の悩みが出てくる。結婚出産、誰とどう生きるか、ひとりのままなのか」「もう今となっては健康で、いかにおいしくお酒が飲めるか。それだけ」という台詞に、テレビの前で深くうなずいた人も多かったはず。留学を間近に控える香子はまもなく退場してしまうのかと思いきや、予告を確認する限り、その留学自体に暗雲が垂れ込める気配が。人生100年時代をどう生きるか。香子の生き方にも注目したい。
優しすぎる陽人(丸山隆平)も心配だ。陽人は聞き上手で、一風変わった彩夏の作風にも「羽瀬さんの目にはこんなふうに見えてるんや」と受け止めるフラットな視点の持ち主。だけど、相談者に夜通し対応するなど、人のことばかり優先して、自分のことを大切にしてあげられないように見える。いちばん危ないのは、こういう人だ。どうか陽人に何もありませんように、と願ってやまない。
そして、何より葉山の今後はどうなるのだろう。とりあえず、あんなバリバリの正装に水玉のサスペンダーを合わせたスタッフさんは、向井理の破壊力を心得すぎているので、締めくくりとしてその方にこう伝えます。
「あなた、天才よ」
(文・横川良明/イラスト・まつもとりえこ)
【第3話(5月4日[月]放送)あらすじ】
真柴(川口春奈)は広報課課長の松下(飯尾和樹)にミスを指摘され、休暇を取るように進められる。
そんな中、羽瀬(中村アン)の絵が若手の登竜門と言われる「ART NEW WAVE2021」の最終選考に残る。よく行くキャンプ場の近くで展示と結果発表が行われることを知った陽人(丸山隆平)は、羽瀬の絵が見たいからと自分も行くことを決める。さらに、仕事で行けない香子(夏川結衣)の提案もあり、駿(横浜流星)と真柴も入れた4人でキャンプ場へと出発するのだった。
◆放送情報
『着飾る恋には理由があって』
毎週火曜日22:00よりTBS系にて放送中
地上波放送終了後、動画配信サービス『Paravi』にて配信。
Paraviオリジナルストーリー『着飾らない恋には理由があって』も独占配信中。
(C)TBS
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