時は経ち、我々の生きている時間軸さえ軽々と飛び越えて、2021年12月から始まる『俺の家の話』(TBS系)第9話。妹弟が去り、寿三郎(西田敏行)がグループホームに入所し、あまりにも寿一(長瀬智也)の「脳のハードディスクが能とプロレスでほぼ埋まっている」ため、さくら(戸田恵梨香)が距離を置き、さらには寿三郎が、何度目かの脳梗塞で危篤状態に。家族・一門が再び集い、長男・寿一どうする?の回だった。分家の当主・万寿役のムロツヨシの登場あり、観山家がお家騒動勃発としてワイドショーに取り上げられる展開あり、一方で在宅医療の実際を考えさせられたりもして、今回もシビアな展開と笑える展開が大渋滞である。

「あれ、あれあれあれ。このくだり、見たことあるぞ。デジャヴ?」と問いかける堀(三宅弘城)に、「単純に2回目です」と答える寿一。

そのやり取りが暗示するように、最終回直前の第9話は、ホセ・カルロス・ゴンザレス・サンホセJr.との試合の計画だけではなく、「反復」を思わせる回だった。特に、初回の展開を重ねずにはいられない。寿三郎の脳梗塞、それを受けて集まる兄弟・妹、能かプロレスか迷った末の引退試合、そして、家族で囲む食卓と、長男の「いただきます」。

違うのは、「もう次のフェーズに入っている/覚悟できている」のが、舞(江口のりこ)と踊介(永山絢斗)ではなく、約1年、介護を中心になってやってきた寿一の方だということ。寿一は、「だって長男だから」と、危篤の父を前に、塚本高史演じる葬儀屋を呼んでの葬儀の準備、戒名、遺影の写真加工と、妹弟の戸惑いをそのままに、先へ先へと準備を進める。

エロと孫の話には反応する、意識のない寿三郎の心拍に笑いながら、賑やかに声を掛けていた観山家一同。やがて、舞の「あんた行くの地獄だから。それが嫌なら目、覚まして」という、笑いが飛ぶような本音の吐露を皮切りに、寿限無(桐谷健太)、踊介、大州(道枝駿佑)、秀生(羽村仁成)は口々に父/祖父への思いを口にし始める。だが、寿一は何も言うことができない。言葉が出てこない。初回においては、「喋りたかったぜ親父」と泣いていたのに。

さらには、初回において、病院の父を放っておいて、父が既に死んだかのように財産分与の相談を始める妹弟を前に「親父はまだ生きてる」と怒っていた寿一は、9話において、まだ死んでいない父の「亡霊」を見ている。この差は一体何なのか。

彼は寿三郎と濃密すぎる1年を共に過ごした。十分に思いをぶつけあった。だから「次のフェーズに入った」のだ。また、初回において舞と踊介が、父が公演の最中に倒れる姿を目の当たりにして「二十七世観山流宗家観山寿三郎」の死を思ったように、寿三郎が謡を忘れるという「俺の家ではあってはならないこと」を目の当たりにした寿一は、宗家としての父の死を既に身をもって感じていたとも言えるのかもしれない。

でもそんな「ドライな長男」「ものわかりのいい寿一」は寂しい。さくらの「私は家族に囲まれて、笑っている寿一さんが好きでした。皆さんを呼び戻してください。金持ちで温かい観山家に戻してください」という台詞は、我々視聴者の思いをも代弁する。

寿一が見る、寿三郎の亡霊は、寿一自身が自分にかけた「呪い」である。「継がせないよ、お前なんぞに」という寿三郎の8話での発言、さらに、本当は亡霊ではなく徘徊してきた本人によるものだった寿三郎が語る「継承してこそ家」という世阿弥の教え。「家を継承する、長男としての義務」が、父の亡霊となって寿一に纏わりつく。食事中に世阿弥の『風姿花伝』を読み、上の空で、怖い顔の面のような表情で、心を持つことを忘れる。

そんな「呪い」を解いたのは、亡霊に変わって寿一を見つめる、もう一人の自分だった。「自分自身を離れた所から見る目を持ちなさい」という意味である「離見の見」という世阿弥の教えに基づいて、彼は、「宗家を継承する人間」としての役割を全うする自分自身を客観的に見ようとする。もう一人の、身軽な方の自分の目で。そうすることによって、寿一は失いかけていた自分自身を取り戻し、「スーパー世阿弥マシン」の格好で家族や門下の人々の前に現れ、「肝っ玉、しこたま、さんたま」という掛け声によって、寿三郎の目を覚まさせるという「奇跡」を巻き起こしたのであった。

「スーパー世阿弥マシン」として引退試合に臨む寿一の後ろ姿を、今度は逆に着物姿の彼、つまりは「家を継ぐ者」としての寿一が見ている。これもまた、「離見の見」だ。

「奇跡は、1度しか起こらなかった」という。能の演目『隅田川』を巡る世阿弥・元雅親子の議論を巡って語り合う寿三郎・寿一親子の会話における、寿一の言葉に対する、寿三郎の嬉しそうな表情といい、9話最後の「行ってこいやー」のやり取りといい、"亡霊ではない"寿三郎・寿一親子のやり取りは、つくづくいい親子で、それだけで泣けてくる。泣いても笑っても次回が最後の『俺の家の話』。彼ら家族の物語はどう締めくくられるのか。金曜日を待とう。

(文・藤原奈緒/イラスト・月野くみ)

【最終話(3月26日[金]放送)あらすじ】

"俺の家の最後の話" ―忘れないで!家族の時間―

グループホームを抜け出し観山家にやってきた寿三郎(西田敏行)は、3度目の脳梗塞で危篤に・・・。
多くの門弟や家族たちに囲まれ、最後の時を迎えようとしていた寿三郎の前に、いままで正体を隠してきた寿一(長瀬智也)がスーパー世阿弥マシンとして現れる。

そして「肝っ玉!しこたま!さんたま!」の掛け声で、奇跡的に寿三郎は一命を取り留める。そして寿一は新春能楽会で舞う予定の「隅田川」の稽古に励んでいた――

◆放送情報
金曜ドラマ『俺の家の話』
毎週金曜22:00よりTBS系で放送中。
地上波放送後に動画配信サービス「Paravi」でも配信