『アノニマス~警視庁"指殺人"対策室~』がついに最終回を迎えた。最終章7・8話では、ドラマ全編を覆う謎だった「アノニマス」と、結束の強まった指対メンバーとの闘いが描かれた。なんといっても、8話において、「アノニマス」の正体・倉木を演じたシム・ウンギョンと、彼女の暴走を懸命に止めようとする万丞を演じた香取慎吾が向き合う場面は圧巻だった。

裁かれない罪、見逃されていた罪を究明し、ネットユーザーの力を使って制裁を加える"令和のダークヒーロー"「アノニマス」は、次第に暴走し、"コントロール不能のモンスター"と化していく。凛々子(MEGUMI)が感じた、人々を扇動しようとする「アノニマス」へのネットの過度な熱狂と、それによって世間に漂い始めた「私的制裁を許す空気」への不安は、現代への警鐘とも言える。

7・8話はある意味、「アノニマス」誕生を巡る物語だった。正体不明、コントロール不能の暴走するモンスターの根底にあったのは、信じていた組織に、人に裏切られた一人の女性・倉木セナの「悲しみ」だった。そして、「アノニマス」を生んだのは、意外にも指対の事なかれ主義の室長・越谷真二郎(勝村政信)の、押し黙ろうとする組織に抗い、なんとか真実を守り抜こうとした末の「匿名の正義」だった。

7話では、「アノニマス」が警察に対して宣戦布告し、2年前の不正を告発する。それを受けて万丞は、2年前、匿名の情報提供者「アノニマス」から情報を得て、真犯人は別にいると主張した倉木が、単独行動の末、容疑者と撃ちあいになり、心神喪失のまま今に至ることを語り始める。倉木の事件は「アノニマス」によるデマが原因と万丞は思い込んでいたが、「アノニマス」の主張が真実だったとしたら、何が見えてくるのか。真相を探るために「力を貸してほしい」と指対メンバーに協力を依頼する、以前より協調性が出てきた一匹狼・万丞の姿も見どころだ。

また、倉木が万丞に渡して以来、万丞が持ち歩いているルアーの謎という、初回からの伏線も7話で回収された。
上司に隠蔽を命じられるも1人で捜査を続け、真犯人を見つけ出した、当時捜査一課の越谷は、自分の力では組織に抗えないと、匿名の情報屋「アノニマス」という架空の存在を通して、倉木に真実を託した。釣り堀とルアーは、越谷が倉木に教えた、情報屋との接触方法だったのだ。

この「匿名の相手からの根拠のない情報を信じるな」と倉木の意見を一蹴した2年前の万丞と、その「匿名の情報」に、「組織に潰されそうな真実をなんとか暴いてほしい」という思いを託した越谷から見てとれることは、匿名だからと言って「得体の知れない、人の心が籠っていない」というわけではないということだ。
インターネット上の無数の情報や、垂れ流される人々の感情の断片は、時に大きなうねりとなって、得体の知れない怪物のようなものを生みだしてしまう。それはまるでパンドラの箱のようだ。それでもその箱の底には、現実世界ではどうにもならないことに対する、誰かの純粋な願いや、一縷の希望があるのかもしれない。
越谷の思いを「アノニマス」を媒介として託された倉木は、万丞に相談するも一蹴され、暴走するしかなかった。そして事件後、目を覚ました倉木は、自分を裏切った警察組織に絶望して「裏K察」と「アノニマス」を作ったのだった。

8話においても「アノニマス」と扇動された人々の暴走は続き、事件の真相隠蔽の主な首謀者であった、刑事部長・城ケ崎(高橋克実)は、家族への誹謗中傷に耐え切れず自殺する。組織のためなら悪事にも加担する組織人の彼も、家に帰れば家族を愛し愛される普通の父親であった。

ようやく倉木の居場所を突き止め、城ケ崎が遺した2年前の事件の鍵を握るSDカードを発見し、倉木の暴走を止めに行く万丞と碓氷(関水渚)。彼らを待ち受けていたのはピストルを持った倉木と、彼女を信奉する協力者・春川(柳俊太郎)だった。警察の時代は終わり、これからはネットユーザーたちの知能で捜査する「裏K察」の時代だと豪語する彼女に対し、万丞は、倉木が見誤っていた2年前の真実を告げる。

万丞は、「SNSのネット炎上のような、皆で一斉に叩くようなやり方では見えない真実もある」と告げると共に、自分が真相に辿りついたのは、「直接家族と向き合い、一人一人の目を見て、直に声を聞いたから」だと語る。
それは、今回の事件に限らず、このドラマ全体において言えることだ。SNS上の「つぶやき」一つではその人自身のことは何一つわからない。ひたすら自分の足で犯人・被害者の足跡を追い、直接会いにいき、紙の地図と手帳を広げ必死でメモをするという万丞のアナログな捜査手法によって、救われた多くの心がある。インターネットで様々な情報が手に入る便利になった世の中において、本当に大切なものは往々にして見失われがちだ。一呼吸置く暇もなく、私たちはその情報に飛びついてしまう。

だから、ちゃんと見つめなければならない。「匿名の情報」の奥に隠された、誰かの「願い」を。「悲しみ」を。現実世界で埋もれてしまった声なき声を。そういった思いを掬い上げることができるのなら、「ネットの未来の可能性」を信じる倉木が、最後に万丞に向かって言った「私は私なりの正義を探し続ける」という言葉もまた正しいのである。

『アノニマス』は、インターネットの誹謗中傷や炎上などで命を絶ってしまう人がいるという、キーボードによる殺人=指殺人をテーマにした、今までにないドラマだ。だが一概に「ネット=悪」ではなく、事件を追う側も追われる側も、変わりゆく時代の中で、何が正解なのかと問いかけ続けているところが興味深かった。ドラマが終わっても模索は続く。インターネットと向き合い続ける、私たちの日常の中では。
「ほんの少しで変わることなのかもしれません。ほんの少し、深呼吸一つするだけで」という碓氷の言葉が、心に残った。

(文・藤原奈緒)

◆放送情報
『アノニマス~警視庁"指殺人"対策室~』
動画配信サービス「Paravi」で全話配信中。
また、「Paravi」では、オリジナルストーリー『アノニマチュ!~恋の指相撲対策室~』も独占配信中。