"俺の家"こと観山家もまた、寿一(長瀬智也)と同じだ。「スカイツリー」に似ている。「二十七世観山流宗家」の名が大きすぎて、遠くで見る分には丁度いいが、近づいて見るのは困難だ。観山家の場合、近づいて見れば見るほど、絶対的な父親の下で生じた、各々の「しんどさ」が明らかになってくる。
「家を継ぐ」ことが重視される観山家において「女に生まれて女でいる」ことが辛かった舞(江口のりこ)。「長男の代わり」として観山家にどんなに尽くしても、父親との関係性、自身の「俺じゃない」感は依然として変わらないことに苦しむ寿限無(桐谷健太)。それぞれが抱えてきた苦しみを爆発させ、一人ずつ"俺の家"から離れていく。まさか、6話で撮った最高の「家族写真」から、寿一だけが残される観山家の8話終盤の光景を、誰が想像しただろうか。
寿一が新たに寿三郎(西田敏行)に与えられた能の演目は『隅田川』だった。「行方不明の子を探しあぐねて取り乱す母親」の話。それはまさに、父親・寿三郎が徘徊し、行方不明となり、探しあぐねて取り乱す子供・寿一たちの姿と重なる。『隅田川』の母親は、既に死んでしまっていた息子の亡霊と対面しむせび泣くが、寿三郎は無事、隅田川の傍で発見される。
だが、それが決定打となり、寿三郎をグループホームに預けることになった寿一。2人きりの食卓で、寿一の提案を静かに受け入れた寿三郎は、グループホームに着いても努めて明るく振舞いながら、いつまでも寿一を見送っている。そんな寿三郎に背を向けながら、今までの父との思い出を振り返り、涙が止まらない寿一。これほど切ない別離があるのか。とはいえ、それが、生きていたら誰もがいずれ経験する「親の介護」というもの。自分自身のこととして見つめずにはいられなかった視聴者も多かったことだろう。
一方で、『俺の家の話』(TBS系)8話は付き合い始めの寿一とさくら(戸田恵梨香)のイチャイチャ回でもあった。冒頭の「アルコール除菌を経て手を繋ぎ合い、マスクと、プロレスのマスクが上機嫌に宙を飛ぶショットからの山賊抱っこ」なんて、コロナ禍も悪くないと思えるほどのキュートなラブシーンである。
それと同時に、家庭内四角関係に一応の決着がつく。踊介(永山絢斗)は、噛めないローストビーフを自慢げに作った後、寿一のスタンプ攻撃でようやく自身の「勘違いのスピード違反」に気づき、失恋する。
寿三郎に関してはまたも疑問が残る。寿一がさくらとのLINEに浮足立っている時に、背後に現れた寿三郎は、「柔軟剤変えた?」と突然投げかける。柔軟剤は変えていない。だが、その台詞は、2話で誰も指摘しなかった柔軟剤の変化に気づくさくらに対して思わず「すき(・・・焼き)」と呟く寿一の、今思えば「恋の始まり」のような場面を思い起こさせ、寿三郎は、本当は全て知っているのではないかと思わずにはいられない。そして、寿一が寿三郎に送る「さくらと結婚しようと思う」という意志を吹き込んだビデオレターである。
寿一とさくらが付き合うようになって変わったことが一つある。それは、家庭内で誰も「演じる」ことをしなくなったということだ。さくらは「婚約者のふり」をやめた。寿一は「自分がさくらと結婚する」という意志と現実を突きつけることによって、さくらに「父の婚約者のふり」をさせることをやめた。
さらには家族に内緒でやっていたプロレスを引退し、家業に専念すると言う。「介護」というイベントをみんなでやると決めてそれぞれに頑張っていた舞も寿限無も、「娘・息子」という役割を捨て、家を出ていった。彼らが「演じる」ことをやめた瞬間、それまでうまくいっていたことが成り立たなくなっていき、家の中は荒れに荒れ、観山家は崩壊していく。
さらに寿一の元妻・ユカ(平岩紙)の言う「寿一には自分がない」という言葉も気にかかる。能の面のように、「見る側の気持ちで嬉しそうに見えたり悲しそうに見えたり」スケスケな存在。でも「与えてはくれるけど、こっちが返しても受け取ってくれへん」という言葉は、いつも相手の反応を期待している寿一とは矛盾していて、それはそれで寿一の生きづらさなのかもしれない。
さて、一度「解散」した観山家は再び集うことができるのか。「ごっこ」をやめ各々一人になった彼らは何を思い、次にどんな行動を起こすのだろう。「家族」と向き合うことの真髄が、そこにはあるのかもしれない。
(文・藤原奈緒/イラスト・月野くみ)
【第9話(3月19日[金]放送)あらすじ】
妹弟が去り、寿三郎(西田敏行)がグループホームへ入所し、観山家に残った寿一(長瀬智也)は、ひたすら稽古に励んでいた。そこへ、半年前に家を出た寿限無(桐谷健太)が突然の帰宅。「自分には能しかないと気づいた」と言う寿限無を誘い、寿一は寿三郎のいるグループホームへと出かける。スーパー世阿弥マシンに扮した寿一をはじめ、慰問に来たさんたまプロレスのレスラーたちを見たお年寄りは歓声を上げる。そして、その中には寿三郎の姿もあり、寿限無は泣き笑うような気持ちでそれを見つめるのだった。
一方、寿一と結婚を誓い合ったはずのさくら(戸田恵梨香)は、この2週間ほど観山家には行かなかった。能とプロレスが頭の大部分を占め、手を出してこない寿一に不満を覚えていたのだ。
同じ頃、踊介(永山絢斗)は週刊誌の記者からある記事を見せられていた。そこには、グループホームの中庭で運動している寿三郎の姿があり・・・。
◆放送情報
金曜ドラマ『俺の家の話』
毎週金曜22:00よりTBS系で放送中。
地上波放送後に動画配信サービス「Paravi」でも配信
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