平成十七年は韓国映画がヒットした

平成十五年(2003年)にBSで放送されたことによって話題となり、平成十六年(2004年)には地上波でも放送された韓国製ドラマ「冬のソナタ」は、日本に<韓流ブーム>なるものを巻き起こした。この時、撮影の舞台裏が紹介されるミニコーナーで、とても印象的な場面があった。それは、ヒロインを演じたチェ・ジウが、雪山に向かって「オゲンキデスカー!」と日本語で叫んだ姿。撮影当時、韓国で人気を博していた岩井俊二監督の『Love Letter』(95)の劇中で、中山美穂が嗚咽する台詞を真似したものだった。

<韓流>は「2003年頃に始まった、映画・ドラマ・音楽など韓国大衆文化の日本における流行現象」と、「広辞苑」に収録されるほど一般的な言葉となったが、このことは、平成十七年(2005年)の映画興行にも大きな影響を及ぼしている。

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【2005年洋画興行収入ベスト10】
1位:『スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐』・・・91億7000万円
2位:『宇宙戦争』・・・60億円
3位:『チャーリーとチョコレート工場』・・53億5000万円
4位:『Mr.インクレディブル』・・・52億6000万円
5位:『オペラ座の怪人』・・・42億円
6位:『ターミナル』・・・41億5000万円
7位:『オーシャンズ12』・・・36億円
8位:『私の頭の中の消しゴム』・・・30億円
9位:『四月の雪』...27億5000万円
10位:『コンスタンティン』・・・27億2000万円

注目すべきは8位と9位。『私の頭の中の消しゴム』(04)の主演は、ドラマ「夏の香り」でヒロインを演じたソン・イェジン。「夏の香り」は「冬のソナタ」を手がけたユン・ソクホ監督による、四季シリーズの第三作目にあたるドラマだった。また『四月の雪』(05)は、「冬のソナタ」のペ・ヨンジュンと『私の頭の中の消しゴム』のソン・イェジンが共演したという最強タッグの恋愛映画。

ちなみに14位には、『猟奇的な彼女』(01)で日本でも人気女優となっていたチョン・ジヒョン主演の新作『僕の彼女を紹介します』(04)も、興行収入20億円を記録してランクインしている。<韓流>の人気は、日本の興行地図をも塗り替えた感があったのだ。

過去の例を見てみると、この現象がいかに特異であったのかが良くわかる。例えば、前年の平成十六年(2004年)には、チャン・ドンゴンとウォンビンが共演した戦争映画『ブラザーフッド』(04)が15億円の興行収入を記録しているものの、洋画の年間興行成績では20位に過ぎなかった。加えて、上位に入ったのはこの1作のみだった。

さらにそれ以前の記録を調べると、平成十三年(2001年)にイ・ヨンエ、ソン・ガンホ、イ・ビョンホンが共演した『JSA』(00)が、11億6000万円を記録して洋画年間興行成績の27位。平成十二年(2000年)には『シュリ』(99)が18億5000万円を記録して洋画年間興行成績の15位となっている。

公開当時、日本で公開された韓国映画として最高の興行収入をあげた『シュリ』は、<韓流>を予見させる作品であったがゆえ、それより以前の韓国映画は比較対象として弱くなる。平成十七年のように、これだけの韓国映画が洋画年間興行収入で上位に入ったという例は、今のところない(2021年現在)。

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韓国では長らく日本の大衆文化が禁止されていた

海外へ訪れた際、筆者はその国のレコード店を探し、映像ソフトや音楽ソフトを購入するようにしている。日本では見聞きすることが難しい作品に触れることができるからだ。1999年に韓国を訪れた際、筆者が購入したソフトのひとつが、まだ日本公開前の『シュリ』だった。当時、アジア各国ではDVDよりも"ビデオCD"が主流だった時代。かくいう日本でも、DVDプレイヤーの普及はなかなか進んでいない状況だった。転機となったのは、2000年3月にDVD再生機能の付いたPlayStation 2が発売されたこと。それと同時期に『マトリックス』(99)のDVDが2500円という低価格で発売されたこととが相まって、DVDの普及が加速したという経緯があった。

話を戻す。"ビデオCD"の掘り出し物を探していると、店内に深田恭子のポスターが貼られているのを発見した。それは、彼女のピアノ演奏を収録したミニアルバム「Dear...」の宣材だった。日本では1999年11月17日に発売された深田恭子のデビュー盤が、なぜ韓国で発売されていたのか? 彼女は日韓W杯共同開催を記念して、日本と韓国が合作したドラマ「フレンズ」で、2002年にウォンビンと共演することになるのだが、この時はまだ放送以前。実は「Dear...」というアルバムが、ピアノ演奏を収録したインストゥルメンタルのCDだったという点が重要なのだ。

<韓流>を経た現代からすると考えられないことだが、韓国では長きにわたって日本の大衆文化が法律により禁止されていたという歴史がある。日本の映画を上映することやドラマなどの番組を放送することだけでなく、日本語で歌われる音楽までもが国内で禁じられ、制限を受けていたのだ。映画祭においても日本映画の上映が解禁されたのは1992年になってから。1980年代まで万国著作権条約に加盟していなかったなど、韓国の国際的な立場も理由のひとつに挙げられるが、1998年に金大中大統領(当時)が日本の大衆文化を解禁してゆくことを表明したことで、徐々に日本の映画や音楽が解禁されていったという経緯がある。

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その結果、2000年にはCHAGE & ASKAが韓国国内で初となる日本歌謡曲のライブが実現した。つまり、深田恭子のアルバム「Dear...」はインストであるため、日本語の歌が収録されていないことから韓国のレコード店で発売が可能だったというわけなのである。もちろん、彼女以外の日本人アーティストによる公式なCDは、(筆者が探す限り)海賊盤以外見つけることができなかった。ちなみに日本の音楽CDが解禁されるのは、2004年になってから。2010年にはSKE48が韓国のテレビ番組で彼女たちの楽曲を歌っているが、これは地上波の生放送として初の出来事だった。このことが象徴するように、日本の大衆文化の解禁には紆余曲折の経緯があるのだが、それはまた別の機会に。

『Love Letter』は<韓流>に影響を与えた

日本の大衆文化が韓国で段階を踏んで解禁されてゆく過程で、1998年に解禁された数少ない日本映画が、北野武監督の『HANA-BI』(98)と、岩井俊二監督の『Love Letter』だった(『HANA-BI』は一般映画館での上映が認められた解禁第1号作品)。「冬のソナタ」の撮影現場で、チェ・ジウが『Love Letter』の物真似に興じていた理由には、そんな社会的背景が介在していたのである。また、北野武監督の乾いた暴力描写は、2000年代以降の韓国映画の特徴とも言える過剰な暴力描写の源流にあたるとする論評もある。

現在、日本は<第四次韓流ブーム>の真っ只中にあると言われている。「冬のソナタ」が人気を呼んだことをきっかけとする第一次。少女時代や東方神起などK-POPの人気をきっかけとする第二次。音楽やファッション、美容や食べ物の人気が絡み合った第三次。BTSの「Dynamite」が2020年を代表する世界的なヒット曲となり、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(19)が、カンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールに輝いたり、アカデミー賞では作品賞に輝くなど、今や<韓流>はワールドワイドな展開をみせている。しかしその源流には、韓国映画に影響を与えたとされる『Love Letter』という日本映画の存在があることも忘れてはならない。

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例えば、手紙をモチーフにした『Love Letter』の設定は、チョン・ジヒョン主演の『イルマーレ』(00)に引き継がれていた。ちなみにこの映画は、サンドラ・ブロックとキアヌ・リーヴスの『スピード』(94)コンビによる共演で、2006年にハリウッドリメイクされている。また、大ヒットした『私の頭の中の消しゴム』(04)は、そもそも永作博美が主演した2001年のドラマ「Pure Soul 〜君が僕を忘れても〜」を原作としたものだった。

『Love Letter』における先述の「お元気ですか?」という台詞。これは、中山美穂演じる"渡辺博子"が、亡き恋人へのつきせぬ想いを吐露するためのものだった。この映画では、亡き恋人と同じ"藤井樹"という名前の女性を中山美穂が一人二役で演じている。思い返せば「冬のソナタ」もまた、亡き恋人へのつきせぬ想いを描いた作品だった。そして、設定こそ違えども、ぺ・ヨンジュンは"チュンサン"と"ミニョン"という一人二役を演じていたではないか。

(映画評論家・松崎健夫)

出典:
・「広辞苑 第七版」(岩波書店)
・「キネマ旬報ベスト・テン90回全史1924−2016」(キネマ旬報社)
・「キネマ旬報 2006年2月下旬決算特別号」(キネマ旬報社)
・一般社団法人 日本映画製作者連盟
http://www.eiren.org/toukei/img/eiren_kosyu/data_2005.pdf