香取慎吾演じる万丞渉は、水先案内人のようだ。誰もがインターネットの情報に振り回され、実像より遥かに大きい虚像を追い、熱狂する、雑音の多いこの世界において、彼の周りだけは静かで、不思議と心が凪ぐ。そんな安定感がある。地図を広げ、膨大な量のメモ帳を捲り、誰よりも足を使う彼の独自の視点や問いかけは、道を踏み外してしまった人、あるいは道を踏み外しかけた人々を常に正しく適切な道に導く。
全体を巡る謎でもある、万丞が引きずる過去、シム・ウンギョン演じる元相棒・倉木の事件の概要が明らかになってきた『アノニマス~警視庁"指殺人"対策室~』(テレビ東京)3、4話を振り返ろう。
3話で描かれたのは未成年によるホームレス殺害事件。昨年11月に、渋谷区でホームレスの女性が殺害された痛ましい事件が起きたことや、全米図書賞受賞で話題になった柳美里の『JR上野駅公園口』で描かれた「あるホームレスの男の人生」も記憶に新しい。そこに、加害者が「未成年」であるということが加わることで、背景にあるさまざまな問題が浮かび上がってくる。
まずは、少年法により守られる加害者と、彼をデジタルタトゥー(一度インターネット上に流れた個人情報や法を犯した事実はいつまでも消えずに残ってしまうということ)によって罰することを正義とする人々との対比が描かれた。さらに明らかになったのは、全く反省の色が見られない加害者である少年・片山蓮(青木柚)を形成するに至った、父親(戸田昌宏)によるDVと偏った価値観の刷り込みと、母親(紺野まひる)の無関心という、過酷な家庭環境である。
3話において際立ったのは、事件を捜査する「指殺人対策室(通称・指対)」メンバー自身の葛藤である。未成年の犯罪を前に、善悪が曖昧な立場に立たされたことで葛藤が生まれる。
指対メンバーは、共に有能ではあるが、いい意味でも悪い意味でも一面的な考えを持つ存在である。気が弱く何事も同調気味な室長・越谷(勝村政信)、常に母親目線で物事を考える菅沼(MEGUMI)、超合理的「現代の若者」四宮(清水尋也)、そして、前のめりで直情的「正義感の塊」である碓氷(関水渚)。
そのため、おでん屋で「同調」の越谷と過度に「母親目線」を押し付ける菅沼に対して「こうあるべき」論を語る碓氷が会話する場面は、それぞれが窮屈で、雑音に満ちていて、まるで彼らが取り締まるところの「SNS」の縮図のように思えてくる。
だから、万丞の、悩む碓氷に対する「もっと身軽に考えられないのか。会ってどう思った?」という静かな問いかけによって、碓氷が雑多な先入観を捨て、向き合うべき少年・片山蓮自身に目を向けるその後のシークエンスで、ドラマを纏っていたピリついた空気が一気に凪ぐのである。
4話は、元アイドルの真壁澪(田中美里)を巡る3人の男、夫の清二(小松和重)、不倫相手のウツセミこと柊(前川泰之)、そしてストーカーの柳田(山本浩司)を通して、マッチングアプリと芸能人の不倫、ストーカー被害を描いた。でも、この回で本作が最も描きたかったのは、「私たちは肝心のものを何も見ていない」ということなのではないだろうか。
柳田は身に覚えのない罪を負わされ、ネット上の"自警団"に追い回され、何が起こっているのかわからないまま逃げ回っていた。得体の知れない「凶悪犯」のような虚像を終盤まで見せられていた視聴者は、最後に羽鳥(山本耕史)による取り調べを受ける柳田の「昔から人との距離感がわからない」ことに悩み「今度こそ誰にも迷惑をかけずにひっそり生きていこうと決めていたのに」と言う、頼りなげな実像に拍子抜けしたことだろう。現代版『キング・コング』のような展開に驚かされると共に、大人の発達障害である可能性も多いに考えられる彼が抱える社会の生きづらさについても考えさせられる点であった。
澪は清二に愛されていない寂しさから、マッチングアプリで出会った匿名の恋人、ウツセミと逢瀬を重ねていた。だが本当は、清二は彼女のことを愛していたために、ウツセミと柳田になりすまし自作自演の事件を起こすことによって、2人を澪の世界から締め出し、二度と近づけないように陥れようとしたのである。
一緒に暮らしているのにも関わらず、直接口にすることができなかった「愛している」という本音を、他人に成りすまし、SNSを介する嘘を通してしか伝えることができない夫。とはいえ夫は、口にはできなくとも、お粥を作って心配そうに妻を見つめるなど、しっかり「愛情のサイン」を出していたのである。そんな夫を見て、「どこか事務的」としか感じられないほど、夫を見ていない妻。彼らもまた、インターネットの情報に翻弄され虚構の凶悪犯を追い詰める人々と同じく、見るべきものを何一つ見ていなかったのである。
そんな現代を色濃く反映した事件に対して、鮮やかに答えを出したのは、対立し合う2人の刑事、万丞と羽鳥の共闘だった。夫婦の窮地を救い、「相手を見ていなかったのはお互い様だ」と一喝する万丞もいつもながらよかったが、何より感動的だったのは、柳田に、彼を信じ続けていた板長の存在を知らせ「真面目なんだってな、あんた」と微笑む羽鳥のこれまでとのギャップだろう。彼もまた、万丞と同じく、本質を見極め、人を救うことのできる稀有な人物なのである。
ではそんな好敵手の2人がどうしていがみ合うようになったのか。倉木が生きていたことに安堵しつつ、「アノニマス」の謎を追っていくことがより一層楽しみである。
(文・藤原奈緒)
【第5話(2月22日[月]放送)あらすじ】
指対室に、大人気動画配信者さわてぃ(橋本淳)から依頼が。SNSでの誹謗中傷が1カ月前に突然増加し、ついに「死んで詫びろ」という脅迫が届き怖くなったという。その脅迫行為が晒されて大バッシングを浴びることになった星野秀一(萩原利久)は、現実世界はもちろん、ネットの世界でも居場所を失ってしまう。しかし、星野を知る司書の山名栞(鞘師里保)は星野のことをいい人だと言う。さわてぃも何かを隠しているようで・・・。万丞(香取慎吾)と咲良(関水渚)は、星野の説得を試みるが最後の望みの綱も絶たれた星野は最悪の選択をとることに・・・。
◆放送情報
『アノニマス~警視庁"指殺人"対策室~』
毎週月曜22:00からテレビ東京系で放送中。
放送終了後には「Paravi(パラビ)」で配信中。
また、「Paravi」では、オリジナルストーリー『アノニマチュ!~恋の指相撲対策室~』が独占配信されている。
- 1