『秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず、となり。この分け目を知ること、肝要の花なり。』(『世阿弥 風姿花伝』,佐藤正英,ちくま学芸文庫より)

覆面レスラー「スーパー世阿弥マシン」となった、長瀬智也演じる寿一の編み出した必殺技「親不孝固め」がなんとも愛おしい。最後に相手の脛にかじりつくという戦法。妙に甘やかに見えたりもするそれは、動物の求愛行動のようで。初回において風呂場で老いた父の脛を目の当たりにし動揺を隠せなかった、父に甘えたくとも甘えられない寿一の願望のようで。それを見て童心に帰ったような表情で嬉しそうに笑う父・寿三郎(西田敏行)を見るにつけ、涙が止まらなくなってしまった。

第3話は、寿一が、「さんたまプロレス」という疑似家族そして、「観山家」という本当の家族の狭間で翻弄される回だった。そして、家族全員が誰かを思って黙する、あるいは嘘をつき、何かを演じる、まさに「秘すれば花」の回だったと言える。

「さくら」で埋め尽くされたエンディングノートの一番大事な部分は、隅っこに小さく書かれて二重線で消された「家族旅行」の文字だった。舞(江口のりこ)は「気遣ってないふり」をすることで父を気遣い、さくら(戸田恵梨香)は寿一に頼まれ、寿三郎の婚約者のふりをし続けることを決め、寿三郎は「格好がつかないから」と、子供たちの前では「さくらと婚約者のつもりでいる」ふりをして、寿一は家族に内緒で、プロレスのリングに立ち、18時を過ぎたら急いで帰宅し、素知らぬ顔をして餃子を作る。

また、寿一が2話以降教わっている「高砂」は、貴人の長寿を祈る謡であると共に、「高砂と住吉とに離れて暮らしていても心が通うので少しも距離は感じない」夫婦の物語でもあるために、ユカ(平岩紙)の妊娠を知り、離婚してもまだ心は繋がっていると思っていた寿一が「活動休止と解散ほど違う」と衝撃を受けるエピソードと妙に重なっているような気もして、宮藤官九郎脚本自体の凄みを感じる。

寿一は、父の介護と能という伝統芸能の継承に心血を注ぎつつも、プロレスへの愛も抑えきれず、重鎮(長州力、武藤敬司、蝶野正洋とのやりとりも面白かった!)や仲間からの願いもあり、「スーパー世阿弥マシン」としてリングに華々しく返り咲いた。プロレスと能、介護、三足の草鞋を履いた寿一。「神様に奉納する芸能を司る」宗家としての宿命を寿限無(桐谷健太)から諭されつつ、その神に背く覚悟で臨んだプロレス、全身に負った「能」の要素。優れた芸術家・観阿弥を親に持ち、「自己の芸術を確立するために人一倍の苦労が必要だった(梅原猛,『梅原猛の授業 能を観る』,朝日新聞出版より引用)」世阿弥の名前をリングネームに用いると共に、万媚の能面、全身に能の教え、特に『風姿花伝』の文言を刻み込んだ出で立ちで、能の稽古で鍛えた体幹を活かして、まさに「静」(能)を持って「動」(プロレス)、及び「動」を持って「静」を示したのである。

誰もがやがて訪れる、父の介護という「イベント」の終わりを予感し、心の中で恐れている。舞が「生きている間だけ」「いずれ終わる」というフレーズを口にして、静まり返る兄弟を見て、失言を詫びるように。さくらが寿三郎の婚約者のフリを続けるのを「いつまで?」と問いかけ、寿一もさくらも困った顔をして黙り込むように。寿三郎が、毎夜「自分で広げた風呂敷の畳み方」に悩んでいることを吐露するように。

それでも誰もが互いを思って何も言わないまま、時は過ぎていく。どうしても漂う重苦しい雰囲気を、多少は部外者である舞の夫、O.S.D(秋山竜次)が愉快に掻き回したりして救われるのも、寿一が言う「家族にしかできないことがある。でも家族にはできないこともある」という言葉そのものである。

いつかは終わる、この強烈で愛おしいドラマの時間。固唾を呑んで見守っている。

(文・藤原奈緒/イラスト・月野くみ)

【第4話(2月12日[金]放送)あらすじ】
スーパー世阿弥マシンとしてプロレス界での活動を再開した寿一(長瀬智也)は、寿三郎(西田敏行)のエンディングノートを眺めながら、"寿限無(桐谷健太)のおとしまえ"の意味が分からず首をかしげていた 。当の寿限無に聞いても、でてくるのはトンチンカンなことばかり。一方その頃、踊介(永山絢斗)は、さくら(戸田恵梨香)の昔の写真を入手し、寿一と舞(江口のりこ)にさらなる疑惑を持ち出すが、2人に一蹴されてしまう。

そんな中、大州(道枝駿佑)と秀生(羽村仁成)による能の定期公演の話が持ち上がった。だが、大州は稽古にたびたび遅刻し、さらに反抗的な態度も重なり、舞の怒りは募るばかり。筋の良い秀生と比べられる大州に、寿一は昔の自分が重なって見え・・・。

◆放送情報
金曜ドラマ『俺の家の話』
毎週金曜22:00よりTBS系で放送中。
地上波放送後に動画配信サービス「Paravi」でも配信