令和の時代に、濃すぎる家族による、最高のホームドラマが始まった。
長瀬智也演じる、20年以上音信不通だったプロレスラーの主人公が、介護のために実家に戻り、西田敏行演じる能楽の人間国宝である父親の後継者を目指すという破天荒な展開であり、一筋縄ではいかない個性豊かな兄弟や仲間、さらには戸田恵梨香演じる「後妻業の女」(?)まで蠢いているにも関わらず、最後は「いただきます!」「いいよね、長男感あって」「うまいんだよなあ、めしが。うん、うまく感じる」というやり取りという、こちらの心までじんわり温まる家族団欒の風景で締められる。このドラマ、信頼感しかない。
それもそのはず、脚本は宮藤官九郎。チーフプロデューサー・磯山晶と共に、『池袋ウエストゲートパーク』、『タイガー&ドラゴン』、『うぬぼれ刑事』(共にTBSドラマ)と、主演・長瀬智也とタッグを組み、数々の傑作を世に出してきた。でも、本作は、これでもかというほど当時の「今」を詰め込んでいた『池袋ウエストゲートパーク』とも、伝統芸能もの、西田敏行との師弟関係という点では共通点のある『タイガー&ドラゴン』とも雰囲気が違う。
プロレスでレスラーが被る「マスク」、能の「能面」という、物語上の2つの世界を繋ぐ共通項に、しれっとコロナ禍であることを示す「マスク」を加えているかのように、『俺の家の話』において私たちの生きる「現在」は、さりげなく、でも紛うことなきリアリティを持って存在している。また、40代の長瀬演じる主人公は、これまでの作品の主人公のように、強くてかっこいい孤高の男ではなく、夢の挫折と離婚を経験し、学習障害を持つ子供がいて、借金もあり、親の介護に直面する普通の男。彼の「家の話」は、いつの時代にも存在し、誰もがぶつかり得る、不変の物語だ。だからグッとくるのである。
さてこれは、素直じゃない父親と息子の話だ。主人公・寿一(長瀬)は、二十年以上反抗して家を出ていたものの、父親・寿三郎(西田)のことが大好きだ。父にただ褒められたかった。彼は常にその一心である。プロレスラーになったのも、結局のところ、プロレス好きの父の影響だった。一方の寿三郎もまた、スマホの待ち受けをプロレスラー「ブリザード寿」としての寿一にしているほどには、彼のことを密かに応援していた。
「余命半年」である父の現状を知り、プロレスラーを引退し、実家に戻り、介護を始めた寿一。「長男だから家を継ぐ/介護する」=「そういうもん」という言葉に抵抗し、長年の葛藤を胸に抱き続けながらも、父をお風呂に入れたり、オムツを交換したりする中で、父の身体的な老いを身に染みて感じたり、認知症のテストで満足に答えられず、自信を失って佇む父の姿に切なくなったりして、遂に彼自身が「そういうもん」である全てを受け入れ、父とちゃんと向き合う姿が描かれた。
寿三郎が、長男・寿一、長女・舞(江口のりこ)、次男・踊介(永山絢斗)、そして一番弟子の寿限無(桐谷健太)を一堂に集め、「遺産目当てならせいぜい嫌われないように介護しなっせ」と言ったために、疎遠だった家族が父の周りに集う。「老いた親と子供たち」という構造自体はシェイクスピアの『リア王』や小津安二郎の『東京物語』はじめ珍しくないのであるが、このドラマの面白いところは、兄弟全員、"フェーズ"が違うだけでそれぞれに父親思い、家族思いであることだ。遺産をあてにする狡さを併せ持ちながらも、父が能の演目「羽衣」を読みはじめたら、皆が居住まいを正し、復唱する。父の老いを目の当たりにし、同じように傷ついた顔をする。長男の「いただきます」に喜ぶ。
そんな面倒くさい彼らのホームドラマ。コロナ禍で家にいる時間が増え、嫌でも家族と向き合う時間が増えた今だからこそ、新しくて、どこか懐かしい、こんなドラマを、私たちは待っていたのかもしれない。
(文・藤原奈緒/イラスト・月野くみ)
【第2話(1月29日[金]放送)あらすじ】
寿一(長瀬智也)が二十八世観山流宗家を継承すると宣言したことにより、父の寿三郎(西田敏行)から門弟にそのことを告げる日がやってきた。寿三郎が後継者決定を声高に宣言するものの、門弟たちからは不満の声が続出。収拾がつかなくなった一同を前に寿三郎は、1週間後に寿一に高砂を披露させることを約束してしまうのだった。
同じ頃、ネットでさくら(戸田恵梨香)の過去の写真を発見した踊介(永山絢斗)は、彼女のことを秘密裏に調べ進めていた。一方、寿一は高砂の稽古に励みつつもある悩みを抱えていた。プロレスラーをやめてしまい、お金がないのだ。息子の養育費も払えなくなった寿一は、寿限無(桐谷健太)に土下座をし借金を申し出るのだが、驚愕の事実を知ることとなり・・・。
◆放送情報
金曜ドラマ『俺の家の話』
毎週金曜22:00よりTBS系で放送中。
地上波放送後に動画配信サービス「Paravi」でも配信。
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