実写邦画歴代1位に君臨し続ける『踊る2』
「レインボーブリッジ、封鎖できません!」とは、言わずもがな、織田裕二が演じた青島俊作刑事の名台詞。正式名称を「東京港連絡橋」という「レインボーブリッジ」は、一般公募によって決定された公的な愛称なのだ。レインボーブリッジは、東京の芝浦地区と東京湾の埋め立て地である台場地区とを結ぶ全長798mの吊り橋で、1993年8月26日に開通した。劇中、青島刑事がこの橋の封鎖を試みるのだが、うまくいかないことが映画版のタイトルに反映されている。実は、レインボーブリッジを封鎖することは法律上、警察の判断があれば可能なのである。あくまで法律上のことだが、許可さえ降りれば撮影だって可能なのだ。
しかし、映画の中でレインボーブリッジは各省庁の権限が混在して封鎖できないし、当該場面が撮影されたのもレインボーブリッジに見立てた京都の久御山ジャンクションだった。この事実、現在ならSNS上で"事実確認"に命を懸ける者たちがすぐさま動き出し、事の真偽・真相を検証して、場合によっては炎上しかねない案件だ。だが、『踊る大捜査線 THE MOVIE2レインボーブリッジを封鎖せよ!』(03)は、そんな真偽は御構いなしに観客を熱狂させ、日本映画興行の歴史に名を残すほど途轍もない大ヒットを記録した。
【2003年邦画興行収入ベスト10】
1位:『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レンボーブリッジを封鎖せよ!』・・・173億5000万円
2位:『ポケットモンスター アドバンスジェネレーション 七夜の願い星ジラーチ 他』・・・45億円
3位:『名探偵コナン 迷宮の十字路』・・32億円
4位:『黄泉がえり』・・・30億7000万円
5位:『座頭市』・・・28億5000円
6位:『ドラえもん のび太とふしぎ風使い 他』・・・25億4000万円
7位:『ワンピース THE MOVIE デッドエンドの冒険』・・・20億円
8位:『ゴジラ × メカゴジラ 他』・・・19億1000万円
9位:『バトル・ロワイアルII 鎮魂歌』・・・18億5000万円
10位:『黄金の法/エル・カンターレの歴史観』・・・17億円
※『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レンボーブリッジを封鎖せよ!』の興行収入には、国際版として再編集された『踊る大捜査線 BAYSIDE SHAKEDOWN2』(03)の興行収入分も含まれている。
平成十五年である2003年の夏休み興行を制した『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レンボーブリッジを封鎖せよ!』は、興行収入173億5000万円を記録して、現在も(アニメ作品を除いた)歴代実写邦画興行収入の第1位に君臨し続けている。歴代第2位の『南極物語』(83)が、約110億円(当時は配給収入で算出されていたため)なので、圧倒的な数字であることが判る。この記録もまた、平成十三年に308億円を稼ぎ出し、日本の映画興行で歴代第1位を記録した『千と千尋の神隠し』(01)同様、暫くは記録が破られるような気配がない。それほどの大ヒットだったのだ。
注目すべきは、日本における歴代興行収入ベスト10のうち、5本が平成十三年から平成十六年の4年間に公開された映画に集中しているという点だ。
【日本歴代興行収入ベスト10】
1位:『千と千尋の神隠し』(01)・・・308億円
2位:『タイタニック』(97)・・・262億円
3位:『アナと雪の女王』(14)・・・255億円
4位:『君の名は。』(16)・・・250億3000万円
5位:『ハリー・ポッターと賢者の石』(01)・・・203億円
6位:『ハウルの動く城』(04)・・・196億円
7位:『もののけ姫』(97)・・・193億円
8位:『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レンボーブリッジを封鎖せよ!』(03)・・・173億5000万円
9位:『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(02)・・・173億円
10位:『アバター』(09)・・・156億円
(2020年8月現在)
邦画・洋画を合わせたベスト10の半分が、アニメーション作品であることも特徴のひとつだと判る。ちなみに『南極物語』は、歴代では第26位。また、前作にあたる『踊る大捜査線 THE MOVIE』(98)も、配給収入53億円(興行収入に換算すると約101億円)を記録して、平成十年の邦画で第1位となったが、歴代では第34位という位置だ。『踊る大捜査線 THE MOVIE2』が異例のヒットであったことは、これらの数字からも窺えるだろう。脚本家の君塚良一は、取材中にレインボーブリッジが封鎖できることを知りながら、あえて「封鎖できません!」と劇中の青島刑事を焦らせている。「すぐに封鎖できたら面白くないから、この事実を知らないことにしていた」と述懐しつつ、"パトカーの使用に上司の印鑑が必要"というような、いかにもアリそうな"嘘"を盛り込むことで、逆にリアリティを感じさせようとした、と後に語っていたのが印象的だった。
『踊る2』のヒット要因
平成九年(1997年)に放送されたテレビドラマ『踊る大捜査線』は、決して視聴率の高い番組ではなかった。映画化に至るそもそもの発端は、亀山千広プロデューサー(当時)が、局の上層部から「最終回の視聴率が20%を超えたら映画化」という約束を取り付けたことにはじまる。ドラマは再放送で火がつき、2本のスペシャル版とスピンオフを経て、平成十年(1998年)に劇場公開された『踊る大捜査線 THE MOVIE』が大ヒットしたという経緯があった。その続編となる『踊る捜査線 THE MOVIE2』だが、意外にも前作との間には5年ものブランクがある。映画が大ヒットしたにも関わらず、すぐには続編が製作されなかったのだ。
前回(※https://plus.paravi.jp/culture/006798.html)解説した『ハリー・ポッターと賢者の石』と同様に、『踊る大捜査線 THE MOVIE2』の記録的なヒットにも、複合的な要因が挙げられる。まずは公開規模。『ハリー・ポッターと賢者の石』の初動858スクリーンほどではないが、『踊る大捜査線 THE MOVIE2』は404スクリーンという、邦画では最大規模の上映でスタートしている。前作が約300スクリーンでの上映だったことを考えると、上映館の多さが単純に累積上映回数を増やし、作品の知名度がさらに高まったことで、ヒットに繋がったことは想像に難しくない。また『踊る大捜査線 THE MOVIE』の公開は10月、『踊る大捜査線 THE MOVIE2』の公開は7月という公開時期の条件差も指摘できる。
当時、作品に対する興行的な期待が高かったことは、予告編の解禁時期にも表れている。劇場公開日である7月19日の約1ヶ月前にあたる6月7日。<本予告>と呼ばれる劇中場面をふんだんに使用した予告編が『マトリックス リローデッド』(03)の公開に合わせて全国の映画館で一斉に流れた。『マトリックス』(99)シリーズの完結編として公開されたこの映画は、平成十五年(2003年)の洋画興行収入で110億円を稼ぎ出し、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(02)に次ぐ年間第2位を記録した作品。つまり、大ヒットした『マトリックスリローデッド』を観た観客の多くは、同時に『踊る大捜査線 THE MOVIE2』の予告編を観た観客となっていたのだ。その宣伝効果は絶大で、"青島のコートがまたも真っ赤な血で染まる!"という衝撃的なキーワードが、「踊る」のファンたちにストーリーを妄想させるには充分だった。「踊る」ファンの中には、予告編目当てで『マトリックスリローデッド』を観たという者もいたという。実は、かく言う筆者も、そのひとりだったりするのだ。
<拡大公開>という公開規模が後押しをしたという点以外にも、テレビ局が主導となる<製作委員会>による映画製作によって大量のテレビCMがフジテレビ系列の番組で流れたり、出演俳優たちが番宣としてさまざまな番組に出演して作品自体の露出が増えたという点も指摘できる。また、ドラマ版の再放送は全国の系列局で何度も繰り返えされていたし、『踊る大捜査線 THE MOVIE』がテレビ放送されたことで、映画館で前作を観ていなかった人々も、続編を待望していたという経緯もあった。だが、「5年ぶりの続編」という点は、単に「待ちに待った」という期待感を後押ししただけでなく、「メディアの変遷」という社会的な変化が、作品に味方をしたという背景も重要なのだ。
前作が公開された平成十年から平成十五年の間に起こった変化。それは、ソフトのメディアがVHSからDVDへと移行したということにある。その変遷については平成十年(※ https://plus.paravi.jp/culture/005614.html)で『タイタニック』(98)を題材に指摘したが、当初はVHSで発売されていた『踊る大捜査線』のソフトがDVDでも発売されてゆく時期と、DVDが普及してゆく時期との一致を、識者たちが後に指摘している。ドラマや映画版の細部に、小道具やキャラクターなど沢山のネタが仕込まれていることでも知られる『踊る大捜査線』は、繰り返し細部を見るという点で、DVDと親和性があったというわけなのだ。
都市博中止が生んだ「踊る大捜査線」
青島刑事が自己紹介する際、「都知事と同じ名前の"青島"です」という決まり文句がある。この"青島"は、平成七年(1995年)に東京都知事となった青島幸男のこと。いわゆる"タレント議員"だった青島幸男が、参議院議員を辞してまで立候補し、選挙で約170万票という圧倒的な得票数を獲得して当選したのが東京都知事だった。青島幸男の在任期間は平成十一年(1999年)までだったので、平成九年(1997年)のドラマ開始時の都知事が彼であったことが判る。では、なぜ主人公が"青島"という名前でなければならなかったのか。そこには青島が赴任した湾岸署の所在する「台場地区」=「お台場」という土地が大きく関係している。そう、レインボーブリッジの架かる場所だ。
ドラマの中で、湾岸署は周辺の所轄署から「空き地署」と揶揄されている。お台場は、『踊る大捜査線』を放送したフジテレビのある場所。平成九年当時のお台場は、建設予定地ばかり(ドラマのED で毎回確認できる)で、実際に"空き地"が多かったという実情があったのだ。"空き地"が多かったことには理由がある。それは台場地区周辺が、世界都市博覧会の開催地になるはずだったからだ。平成八年(1996年)に開催予定だった通称「都市博」。様々な問題を抱えていた都市博の開催に反対したのが青島幸男で、彼は開催の中止を都知事選挙の公約に挙げていた。中止を望む世論の味方になり、公約を実現したことで、結局「都市博」は開催中止になったという経緯がある。その結果、博覧会場は"空き地"となってしまったというわけなのだ。
『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』が劇場公開されたのは、ちょうどレインボーブリッジが開通10周年を迎えた時期だった。そもそも青島幸男が都知事でなければ、主人公は"青島"という名前ではなかっただろうし、都市博が開催されていたら「踊る大捜査線」というドラマ自体が生まれていないことになる。平成の東京で起こった現実とドラマに点在する全ての点は、やがて線となり、平成十五年の記録的ヒット作品を生み出すことにつながっているのである。お台場という場所は、道は広く、公園や緑があり、区画がゆったりしている。令和の時代になっても、東京都の港区とは思えないほど、まだまだ"空き地"が存在することは、「踊る」のファンたちが今でもある種の郷愁を感じる由縁だ。
行政が一度決めたことを覆すというのは難しい。しかし、"中止"という勇気ある決断は、『踊る大捜査線』のような思いもよらない副産物を生むことにも繋がったのだと、近過去の歴史が示している。その副産物は悪性のものではなく、人々を熱狂させる、良性、或いは、良質なものだった。令和という時代を生きる我々にとって、その教訓を今一度参照してみる価値があると思うのだ。封鎖できないと思っていたレインボーブリッジだって、封鎖できるのだから。
(映画評論家・松崎健夫)
【出典】
・「キネマ旬報ベスト・テン90回全史1924−2016」(キネマ旬報社)
・「キネマ旬報 2004年2月下旬決算特別号」(キネマ旬報社)
・「青島刑事 完全読本 コンプリートブック」(ぴあ)
・一般社団法人 日本映画製作者連盟 http://www.eiren.org/toukei/img/eiren_kosyu/data_2003.pdf
・首都高速道路株式会社 https://www.shutoko.jp/fun/lightup/rainbowbridge/overview/
・CINEMAランキング通信 http://www.kogyotsushin.com/archives/alltime/
- 1