絶望の淵にいた相棒に、今度は手を差し伸べられた。あの瞬間、救われたのは伊吹(綾野剛)だったのだろうか。それとも志摩(星野源)だったのだろうか。

『MIU404』(TBS系/毎週金曜22:00~)第8話は、これまででいちばん苦しくて、いちばん残酷な回だった。

ガマさんは出会えなかった、救ってくれる誰かに

これまで『MIU404』では繰り返し、何でもない人たちが罪に転じてしまう脆さを描いてきた。横暴な上司の胸を刺した加々見(松下洸平)も。1億円を持って逃走した青池(美村里江)も。集団コンビニ強盗を仕掛けた水森(渡辺大知)も。決して卑劣な悪人ではなかった。ただ、何かのスイッチで道を踏み外してしまっただけ。食い止めてくれる人に出会えなかっただけ。

きっとそれは、何の背景も描かれることのなかった第1話の煽り運転のケースも同じで、襲われた水島(加治将樹)にも、襲った安本(深水元基)にも、ほとんどの視聴者は同情することはなかったと思うけれど、彼らをあんな危険で浅はかな行動に駆り立てた背景には、何か歪んだ構造があって、それを知れば私たちの見方も容易に変わってしまうのだろう。犯人と自分たちに大きな差などないのだと。自分だって、いつ「あちら側」に行ってしまうかなんてわからないと。

日々目にしているニュースも全部そうだ。だから、もし蒲郡(小日向文世)の起こした事件を新聞かテレビで見たら、「元警察官が殺人」というキャッチーな部分だけを切り取って、「嫌な世の中になった」と吐き捨てていたかもしれない。

僕がこのドラマと出会っていちばんに学んだことは、誰でも間違うということ。そして、その要因は周囲の環境に左右されることも多く、本人のみに責めを負わせることはできないということ。少なくとも僕はガマさんが人殺しだと知っても、それも極めて残忍な方法で人の命を奪った「悪人」だと知っても、ガマさんをひどい人だとは思えなかった。許しがたいとは思えなかった。

しかし、志摩ははっきりと言った、「何があっても、あなたは人を殺しちゃいけなかった」と。第2話で伊吹が加々見に「殺しちゃダメなんだよ。な? 相手がどんなにクズでも、どんなにムカついても殺した方が負けだ」と言ったのと同じ。逮捕される恩人を前に「ガマさん」と名を呼ぶことしかできなかった相棒の代わりに。

それに対してガマさんはとても穏やかにこう返した。

「あの子に、伊吹に伝えてくれ。お前にできることは何もなかった。何もだ」

この台詞は、最初、「俺はどこで止められた? いつならガマさん止められた? どうすればよかった?」と後悔に苛まされる伊吹の気持ちを少しでも楽にしてやるためのガマさんの優しさなんだと思っていた。でも、何度か繰り返してみて、今はそうじゃない気がしている。

きっと本当に額面通りの意味なんだろう。ガマさんは犯行に及ぶとき、伊吹のことを一切思い浮かべることはなかった。伊吹の存在は憎しみに取り憑かれたガマさんのブレーキにはならなかった。それが、現実だ。

伊吹はもう一度、人を信じることができるだろうか

誰も自分を信じてくれなかったとき、ガマさんだけが自分を信じてくれた。ガマさんによって自分は救われた。その経験が拠り所だった伊吹は、だからこそ何があっても人を信じようとしたし、人を救えると思っていた。でも、現実はそんな甘いものじゃないんだと、ガマさん本人から叩きつけられた。これがもし伊吹ひとりだったら、もう立ち上がることさえできなかったかもしれない。

けれど、手を差し伸べてくれる志摩がいたから、伊吹は立ち上がれた。4機捜は、伊吹にとって念願の捜査一課に行くためのチャンスで、もし4機捜に来なければガマさんがいちばん苦しかった時期にそばにいてあげられたかもしれなくて、でも4機捜に来たから志摩に出会えた。遠くでそれぞれ伊吹のことを思っている桔梗(麻生久美子)に、九重(岡田健史)に、陣馬(橋本じゅん)に出会えた。

あの渋谷の交差点は、縮図だ。今日のこの街には、次々と悲惨な事件が起きている。そこは、いくつもの「もし」と「でも」が交差していて、何かの分岐点が違えば、道は変わったのかもしれない。そしてその最終評価をくだせるのはもっと先。人生が終わるときなんだろう。それまで人間は「もし」と「でも」の分岐点を何度も曲がって生きていくしかない。そう噛みしめる、深い深いラストシーンだった。

そしてそれは志摩にとっても同じで。あの差し出した手は、ずっと頭の中で何度も繰り返していた、かつての相棒・香坂(村上虹郎)にしてあげたくて、だけどしてやれなかったことだ。だから、伊吹が手を伸ばした瞬間、先に掴んだのは志摩の方だった。今度は間違えないと。あのとき、本当に救われたのは志摩の方だったのかもしれない。ようやく後悔と罪悪感のループからほんの少し抜け出せた。

伊吹が本当の救いを見つけるのは、ここから先。またいくつもの事件と犯人と対峙しながら、伊吹は答えを出していくのだろう、それでも人を信じて生きていくかどうかを。

綾野剛、星野源、そしてゲストの小日向文世。三者の演技は一寸の隙もなく、どのシーンもある種の緊張感が伴っていた。中でも、声を荒げることも震わせることもなく、犯行に至った経緯を述べていく小日向文世の淡々とした語りと、それを外で聴いている星野源の表情。そしてラストシーンのはぐれた子犬のように空を見上げる綾野剛と、「行くぞ、相棒」と声をかけらてからみるみる感情が高まっていくさまには、圧倒されるしかなかった。最高の物語に、最高の演技で応えようという俳優たちの気概と、最高の演出で盛り上げようというスタッフたちの気合いが感じられる回だった。

いよいよこの『MIU404』も佳境へ入ろうとしている。これはあくまで個人的な胸騒ぎでしかないのだけど、これだけ誰もが何かのスイッチで過ちを犯してしまうと描いてきたこのドラマの先には、伊吹と志摩、どちらかにその分岐が訪れるような気がしてならない。加々見や青池、そしてガマさんに訪れたようなスイッチが。

続く第9話のサブタイトルは『或る一人の死』。その不吉さに、胸が冷える。この死は、誰のことを指しているのか。どうか4機捜の誰か、ではないことを祈りながら、ただ早く次の金曜が来ることを待ち焦がれている。

(文・横川良明/イラスト・月野くみ)

【第9話(8月21日[金]放送)あらすじ】
桔梗(麻生久美子)の自宅に盗聴器が仕掛けられた一件が進展する中、伊吹(綾野剛)、志摩(星野源)らのもとに、虚偽通報事件で逃走中の高校生・成川(鈴鹿央士)が暴力団の関係先に出入りしているという情報が入る。成川を取り逃がしたことに責任を感じていた九重(岡田健史)は捜査を志願し、陣馬(橋本じゅん)と共に成川を捜し出そうとするが...

一方、成川は久住(菅田将暉)の世話になりながら、ナウチューバ―・REC(渡邊圭祐)に接触し、賞金一千万がかけられた羽野麦(黒川智花)の捜索を依頼する。
そんな中、桔梗宅への住居侵入事件の主犯が、エトリと繋がりのある辰井組の組員だったことが分かり、関係各所への一斉ガサ入れが決行される。桔梗はエトリを再び取り逃がすことを恐れ、伊吹、志摩らにエトリにつながる人物を探すように命じるが・・・。

◆番組情報
『MIU404』
毎週金曜22:00からTBS系で放送中。
地上波放送後に動画配信サービス「Paravi(パラビ)」でも配信されている。