動画配信サービス「Paravi(パラビ)」で楽しめるあの人気俳優のブレイク前夜。第2弾は、俳優・吉沢亮をフィーチャーする。

2021年大河ドラマ『青天を衝け』(NHK総合)の主演も控え、同世代の中でも別格の存在感を誇る吉沢亮。そのキャリアはすでに10年を超え、『仮面ライダーフォーゼ』(テレビ朝日系)で認知度を上げて以降、さまざまな映画やドラマに出演し、着実に人気と実績を積み上げてきた。

映画『銀魂』の沖田総悟など当たり役も数多くあれど、全世代にその名を知らしめたという意味では、やはり2019年の映画『キングダム』、連続テレビ小説『なつぞら』(NHK総合)と立て続けに話題作で存在感を示したことが大きかった。今回は、大河主演の足がかりを築いた昨年の"吉沢亮フィーバー"が巻き起こる直前の2作品を紹介する。

『GIVER 復讐の贈与者』(2018年/テレビ東京系)

今や辞書で「美形」を引いたら「吉沢亮」と記載されていても不思議ではないほど、吉沢亮の顔が美しいことは日本国民の共通認識。しかし、俳優にとって顔がいいことは必ずしもメリットばかりではない。時に根拠なきやっかみを受け、実力が正当に評価されないことも。

吉沢亮も長らく「キラキラ映画によく出ているイケメン俳優のひとり」という雑な括りに放り込まれていた感がある。が、吉沢亮の真価はそんなところにはない。むしろそれは見た目から来る印象論であって、確かにキラキラ系の映画にも出ているが、改めてフィルモグラフィーを並べてみると、そのキャパシティはめちゃくちゃ広い。

『キングダム』で嬴政/漂の2役を顔つきだけでどちらを演じているかわかるぐらいに見事に演じ分けたのも、これまでジャンルもカラーも異なる作品に次々と出演してきた吉沢亮の順応力を思えば納得のこと。そんな吉沢亮の変幻自在ぶりをわかりやすく堪能できるのが、この『GIVER 復讐の贈与者』だ。

本作は、復讐代行組織「サポーター」に持ち込まれる様々な"復讐"に関する依頼を、吉沢亮演じる義波が世にも残酷な方法で執行していく新感覚リベンジミステリー。この感情の欠落した復讐代行者という漫画的な設定に説得力を持って演じられるのなんて、完璧な美貌を持った吉沢亮ぐらいで、その寸分の狂いもないビジュアルの強さは、整いすぎて見ているこちら側の感覚がおかしくなりそう。

その上で目を引くのが、エピソードごとに異なる義波のキャラクターだ。義波は、毎回、復讐のシナリオに沿ってさまざまな人物を演じていくのだけど、その豹変ぶりが巧みすぎて、それ自体がドラマのひとつの見どころになるほど。

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第1話で演じるのは、立てこもり犯・伏見(吉村界人)の復讐の標的である岡本という男。ショットガンを構える伏見の前におどおどと現れたそのときの、目が合わないように視線を落としながらも、恐怖で目が赤らみ、顔の筋肉が強張った表情のリアルさは絶品。この導入そのものがある種のミスリードになっているのだが、その仕掛けを知らない人間には、吉沢が本当に冴えない眼鏡男に見えてしまい、まんまと騙された気持ちになる。

第2話では、妙に慇懃無礼で胡散臭く、笑顔で銃をぶっ放す男。第5話ではやたらとパーソナルスペースの近い空気の読めない男を演じる。この2つの役なんてともすると似通った印象に陥りがちなのだけど、吉沢亮はうまくテンションを調節し、第2話は誇張した台詞回しで、第5話はナチュラルな善良さで言いようのない不気味さを引き立てていた。吉沢亮は、こうした微妙な調整力が秀でている。

さらに、吉沢亮の魅力である"死んだ目"こそが、本作をおいしくいただくメインディッシュ。他者に対する共感能力を一切持ち合わせていない義波は、どれだけターゲットが命乞いをしても、顔色ひとつ変えずに淡々と復讐を執行していく。その非情ぶりには、人間の恐怖心を優しく愛撫するような快感がある。

きわめつけはあの三白眼。三白眼には、どこか人を不安にさせる力があると思っている。特に終盤、自身の過去と向き合う中で義波は精神を崩壊させ、狂気の世界へと引きずり込まれていくのだけど、虚空を見つめながら頭を何度も壁に打ちつけるところとか、下から睨(ね)めるように銃を構えるところとか、いわゆる"イッちゃった"演技がここまでハマるのは三白眼の吉沢亮だからこそ。三白眼×睫毛×ナイフ×血まみれとオタクが好きな要素全部乗せで、これpixivで何度も見たってなる。

何より吉沢亮のすごいところは、義波は「生まれつき人間としての感情が欠落している」という設定なのだけど、決して「感情がない」わけではないように見えるところだ。どちらかと言うと、「感情がわからない」と表した方がしっくり来る。「感情がない」と「感情がわからない」は似ているようで別物だ。第5話のラストでテイカー(森川葵)に「人は自分が正しいと信じていたいの。そのためにいちばん楽な方法は、誰かを敵にして憎むこと」と教えられ、かすかに首を傾げるなど、義波は折々にこうしたきょとんした表情をする。そこに義波の幼児性を見ることができるおかげで、冷酷無比な殺し屋というより、無垢なモンスターという印象が強まるのだ。この微妙な差を的確に捉えて表現に落とし込める技量を、吉沢亮は持っている。

作品自体は深夜ドラマらしいB級テイストのギャグやエログロ要素も散りばめられていて、やや観る人を選ぶクセの強さがあるが、回を重ねるごとに染み渡る何とも言えない中毒性に神経がトリップしてくる。また、監督によって各話の雰囲気が違うのも特徴のひとつ。個人的には、まるで一幕劇を観ているような酩酊感がある第5話の「ナイト・ジャーニー」(小路紘史 監督)、黒沢あすか演じる女アサシンが強烈なインパクトを誇る第7話の「スプリング・ブレイク」(西村喜廣 監督)、人間の愛情と執着の恐ろしさに戦慄する第9話の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(小路紘史 監督)が心に残った。

この作品を観れば、「演技派」と辞書で引いたときに、「吉沢亮」と付け加えたくなるはずだ。

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『下北沢ダイハード~人生最悪の一日~』(2017年/テレビ東京系)

演劇の街・下北沢。そこにあるいくつもの小劇場では、日本のエンターテインメントの未来を担う才能が着々と育っている。このドラマは、そんな小劇場界で活躍する11人の劇作家たちが書き下ろした、下北沢という街で"人生最悪の1日"に巻き込まれた男女のパニックコメディだ。

吉沢亮がゲスト出演するのは、第1話。主人公は、SM好きの国会議員・渡部修(神保悟志)。超絶ドMの渡部はもはや風俗店のプレイだけでは飽き足らず、全裸でスーツケースに入り、そのままSM嬢の麗奈(柳ゆり菜)と共に下北沢の街へ繰り出す。もしもこんなことが明るみに出たら、自分の議員生命は一巻の終わり。そのスリルに興奮が止まらない渡部。ところが、ちょっとした手違いで全裸の渡部が入ったスーツケースは別人の手に。しかも、取り違えられたのは、息子を誘拐した犯人に渡す身代金の入ったスーツケースだった・・・というのが、第1話の大まかなストーリー。吉沢は、誘拐犯の役を演じている。

このドラマの面白さは二転三転するシナリオなので、これ以上の説明はできないのだけど、まず単純にストーリーがめちゃくちゃ面白い。パニックコメディらしい絶体絶命のシチュエーションと、その中で必死になる主人公・渡部の姿に途中から笑いが止まらなくなる。1話完結の30分モノでこれだけ視聴満足度が高いのは珍しいので、お時間のある人はぜひ観てほしい。

吉沢亮の見せ場は、渡部の告白シーンのリアクション。初見で観たときと、オチまでわかった上でもう一度観たときとでは、同じ表情なのにそこから読み取れるものがまったく違っていて、どちらの線でも成立するようにきちんと計算して演じる吉沢亮の巧さに唸らされた。

そして改めて思うのだけど、今回挙げた2作品はどちらもサブカル寄りでアンダーグラウンド的要素が強い。予算も規模も大きい大作や、大衆受けの狙えるようなメジャー作品だけでなく、こうしたコアな作品にも意欲的に取り組んできたからこそ、今、メインストリームを突き進む吉沢亮があるのだろう。

とは言え、大河主演にまで上りつめた今、しばらくは『GIVER 復讐の贈与者』のようなダークバイオレンスや、『下北沢ダイハード~人生最悪の一日~』のようなポジションの役は少なくなるはず。ブレイク直前だからこそ出演できた貴重な作品として、今こそしっかりその雄姿を目に焼きつけておきたい。

(文・横川良明/イラスト・月野くみ)