大人になってから新しい友達ができた人はいますか。大人になってから何か新しいことを始めた人はいますか。

「本音で話せる友達をつくれるのは学生の頃だけだよ」と言われて。何か新しいことをやってみたら「いい年して何を今さら」と眉をひそめられる。そんな呪いが当たり前のようにはびこる今の世の中だからこそ、この3人を見ていると「いいぞいいぞ」となんだか応援したくなる。

ドラマ『G線上のあなたと私』は、ショッピングモールで偶然聴いた「G線上のアリア」の生演奏をきっかけに、大人のバイオリン教室に通いはじめた3人の男女の友情と恋の物語だ。

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家庭でも学校でも会社でもない場所で、3人は出会い、友達になる

寿退社間近に婚約を破棄され、恋も仕事も失ったアラサー女子・小暮也映子(波瑠)。兄の元婚約者である久住眞於(桜井ユキ)のことが忘れられなくて、彼女に会うために眞於が講師を務めるバイオリン教室に通うことを決めた大学生の加瀬理人(中川大志)。夫の浮気や嫁姑問題に悩む主婦の北河幸恵(松下由樹)。年齢も、環境も、まるで共通点のない3人。きっと普通に暮らしていたら一緒にバイオリンを演奏するどころか、言葉を交わすことさえなかったはずだ。

でも、そんな3人が出会った、バイオリン教室という場所で。家庭とも、学校とも、会社とも違う"サード・プレイス(第3の場所)"だからこそ、素直に何でも打ち明けられた。3人が大人になって育む友情と恋が、観る人の心に心地よい風を届けてくれる。

この3人には共通点なんて何にもない。だけど、ひとつだけ同じところがある。それは、自分を変えたい、人生を変えたいと思っていたところだ。突然の婚約破棄ですべてを失った也映子にとって「G線上のアリア」を弾きたいという気持ちだけが、前に進むための推進力だった。叶わぬ片想いに身を焦がしていた理人にとって、バイオリンを習うことが最後の勇気だった。そして、ショッピングモールでゆっくりバイオリンの演奏を聴くことさえ許されない幸恵にとって、教室でのひとときが自分を取り戻す時間だった。救いなんて言葉を使うのは大げさかもしれないけど、窒息しそうな毎日のなかで、3人でバイオリンを弾いているときは自由に呼吸ができた。だから、楽しかった。

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いつしか也映子にとって、「G線上のアリア」を弾けるようになることよりも、3人で一緒にいることの方が大切になった。だから、眞於にふられた理人が教室を辞めると言ったときも、姑の介護で幸恵が教室に通えなくなったときも、寂しかった。辛かった。せっかくできた居場所がなくなることが、也映子には怖かったのだ。

也映子の感情は、とても普遍的だと思う。いとこの渡辺晴香(真魚)が也映子のことを「仕事にも恋愛にもガツガツしていない」とか「ひとりが得意そうなサバサバ系でも、ひとりが苦手そうなヤンデレ系のひとでもない」と評したけれど、まさにその通り。でも、おおかたの人はみんなそうだろう。だから、也映子を身近に感じられる。

泣いている幸恵を理人が励ましているのを見て疎外感を覚えたり、先に幸恵が「理人くん」と名前呼びしていることにモヤモヤしたり。どれも学生のとき、確かに友達と一緒にいる自分が感じたことのある寂しさで、今となっては言葉にするのもためらわれる心の機微をすくいとってくれるから、也映子に共感できるのだ。

そう考えると、このドラマで描いている友情って本当にささやかなもので、もしこれが、主人公が3人とも10代の学生だったら、ここまで胸に刺さらなかった気がする。アラサー女子と大学生と主婦のお話だからいいのだ。つまり、このドラマに心地よさを覚える理由って、誰も「大人になんてならなくていい」ということを感じさせてくれるから、なのかもしれない。

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大人になった私たちに伝えてくれる「無理して大人になんてならなくていい」

うれしいことがあったとき、嫌なことがあったとき、真っ先に話ができる。そんなひとがいるだけで、人生はずっと生きやすい。でも大人になればなるほど、いろんなことを考えるようになる。こんな時間に電話したら迷惑かなとか。相手にも仕事や家庭があるんだしとか。それこそ環境も全然違うひとに自分の感じたことを話したところで面白くないんじゃないかとかわかってもらえないんじゃないかとか。余計なことをいっぱい考えて、結局LINEのトーク画面をしばらくスクロールして、そのまま閉じてしまうことも増えた。大人になるって、そういうことなんだと思っていた。

だから第6話の也映子と幸恵の関係が、とても羨ましかった。過去の浮気問題が許せなくて、せっかく夫が用意したディナークルーズのチケットを「この程度ですむと思わないでよ」と喜べなかった幸恵。そこに電話がかかってきた。也映子からだ。理人と喧嘩をしてしまい傷つく也映子は、誰かに話を聞いてほしかった。そんな空気を察した幸恵は「話そう。私も話したい」と切り出す。夜中に家を飛び出して駆けつけるふたりは、性急で、ちっとも大人らしくない。幸恵も「付き合いたてのカップルじゃないんだから」と照れ笑いする。でも、そんな夜があるのだ、大人には。たまらなく誰かに話を聞いてほしい夜が。そんなとき、お互いにぴったり周波数が合う相手がいることは、ものすごく幸せなことなんだと思う。

いいんだ、無理して大人のふりなんてしなくて。ものわかりのいいふりなんてしなくていい。自分の傷に鈍感なふりなんてしなくていいんだ。もちろん経験を積んで見方が豊かになったり、相手のことを思いやれるようになることは、すごく大事。でも、根っこの部分では、そんなに人って変わらない。それこそ也映子と幸恵が理人の片想いの行方をあれこれ茶化して、理人を怒らせてしまうくだりなんかは「中学生じゃないんだから」と呆れそうになるけれど、そういういざこざも学生時代に戻ったみたいで、なつかしく思えてしまう。

大人のためのバイオリン教室は、大人が「大人」の肩書をほんの少しだけ外せる場所だからいいんだ。そしてこのドラマを観ている人たちも、ドラマの時間だけは大人ぶっている普段の自分をどこかに置いて、大好きだった少女漫画のページをめくるように、友情と恋に泣いたり笑ったりできる。だから、『G線上のあなたと私』を観ている時間は、こんなにも心地いいんだろう。

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波瑠、中川大志、松下由樹。この3人だから奏でられる絶妙なハーモニー

也映子を演じる波瑠は、見た目は知的で端正な美女なのに、也映子を演じているときだけは、どこか空回りしていて、滑稽で、婚活パーティーで連戦連敗するのもさもありなん、というイケてなさがある。也映子のような役を美人女優が演じると、ともすると現実感がなくなってしまうのだけど、波瑠はとてもナチュラルで嫌味がない。いい力の抜け具合だ。

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理人役の中川大志もSっ気の強い年下男子がうまくハマっていると思う。どれだけ口が悪くても愛らしさがちゃんと同居しているところはさすがだし、たまに見せるちょっと目尻の下がった心もとない眼差しが母性本能を刺激する。基本的には真面目な理人が、お酒を飲んだときだけは妙にテンションが高くなったり、とろんとした目で見つめてくるのは反則ワザ。友情と恋の物語の「恋」の部分を、中川大志はしっかりと担って視聴者の心を掴んでいる。

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そしてベテランらしい存在感を見せてくれるのが、幸恵役の松下由樹。第5話で「結婚したい人同士なんだから、マッチングしたら、だいたいそのまま結婚でしょ」とピントの外れたことを言う理人に「怖い」とつぶやき、女心を説くくだりは、台詞のリズム、感情の緩急まで完璧で、さすがのコメディエンヌぶりを披露。一方で、楽しみにしていた自宅での練習会を姑に邪魔されて思わず泣いてしまう切実さや、姑の入院で発表会に出られず、ひとり窓辺でエアバイオリンを演奏する美しさは、演技派女優の面目躍如。20代の頃からいくつものドラマでヒロインを演じ、その後も主演助演にかかわらず、堅実な演技で作品を引き締めてきた彼女の底力を見せつけた。

さらに、原作者のいくえみ綾が得意とするぞっとするような表情を、まるで漫画から抜け出したかのように見せてくれる桜井ユキのしたたかさ、どう考えてもクズなのに何だか愛嬌があって許せてしまう鈴木伸之の憎めなさも絶妙。隙のないキャスティングで楽しませてくれる。

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ドラマは後半戦に入り、いよいよ友情と恋の物語の「恋」の部分がよりクローズアップされるかたちに。お互いへの想いに気づいた也映子と理人。ふたりの恋の行方が大きな見どころ。そして、夫、姑との関係や子供の反抗期など幸恵の家庭の問題も気になるところだ。

けれど、どんな結末になっても、この3人の関係がずっと続いてくれればいいな、と思う。人間関係が希薄と言われる現代において必要なのは、こんなふうに家庭とも学校とも会社とも違う、心安らげる場所だと思うから。それこそ眞於の言葉を借りれば「人生を無駄にする」ような時間かもしれない。でも、なんだか一緒にいると自然でいられる、そんな心地よいつながりが人生を豊かにしてくれるのだ。

◆番組情報
『G線上のあなたと私』
毎週火曜夜10:00からTBSで放送中
地上波放送後には動画配信サービス「Paravi(パラビ)」でも配信されている

(C)TBS