伝説の一戦が発端になった柔道ドラマ
実は、『サインはV』が始まる4ヶ月前、同ドラマの前の枠――TBSの日曜日19時からの武田薬品の一社提供枠でも、スポ根ドラマ史を語る上で忘れられない作品が登場する。『柔道一直線』である。そう、昭和の時代は、10代をターゲットにした30分のドラマ枠が結構あったんですね。
原作は巨匠・梶原一騎で、少年キングで連載していた漫画をドラマ化したもの。主人公・一条直也(桜木健一)は、外国柔道に破れ、命を落とした父の無念を胸に、柔道世界一の野望を抱いていた。そんなある日、謎の柔道家・車周作(高松英郎)と出会い、彼の必殺技「地獄車」に魅せられて弟子入りする。それから、"鬼車"と呼ばれる師匠の下で厳しい特訓に耐えつつ、次々に現れる巨漢や外国人ら強敵を新手の必殺技で倒し、一流の柔道家へと成長する物語である。
そう、主人公の生い立ちからも分かる通り、この話は、先の1964年の東京オリンピックの柔道で、軽量級・中量級・重量級を制した日本柔道が、全階級制覇を目指して挑んだ「無差別級」決勝で、神永昭夫がオランダのアントン・ヘーシンクに敗れた伝説の一戦が発端になっている。俗に"ヘーシンク・ショック"と呼ばれた日本人のトラウマが、同ドラマを生んだのである。実際、主人公の一条直也は劇中、度々巨漢の外国人柔道家と対決して、勝利する。
さて、そんな同ドラマの見どころはずばり、現実離れした必殺技の数々である。先の「地獄車」を始め、「二段投げ」「真空投げ」「海老車」など、もはや柔道の概念を超えたアクロバティックな技ばかり(実際、トランポリンなどを使って撮影された)。それだけじゃない。今やバラエティ番組などで再三紹介され、すっかり有名なシーンとなったが、近藤正臣演じるライバル・結城真吾は、なんと足でピアノを弾いてみせたのだ。
そんな荒唐無稽な世界観がウケたのか、同ドラマも高視聴率を獲得し、スマッシュヒット。日曜19時台のTBSは、『柔道一直線』と『サインはV』の二段重ねでお茶の間を釘付けにして、"スポ根ドラマ"は一躍人気ジャンルに躍り出たのである。
スポ根ドラマのフォーマット
そして70年代――。テレビ界は、スポ根ドラマ全盛期を迎える。
何をもって「スポ根ドラマ」と定義付けるのかという議論はあるが、基本、先に紹介した2つの"レジェンド"がベースになっている。驚くほど、そのフォーマットはパターン化している。
①19時台の30分ドラマであること。スポ根ドラマのターゲットは10代(小・中・高生)なので、彼らが最も見やすい時間帯と尺になる。
②ヒロイン(主人公)は決して体格には恵まれないが(大抵、小柄)、努力家であること。スポ根というだけあって、厳しい特訓に耐えられる根性はマストである。
③鬼コーチの存在。時に現実離れした特訓も課すが、それらは全てヒロインを思ってのこと。他意はない。そして、やたら「心」を強調する。「(競技名)は心だ!」というように。
④髪の長いライバル。ヒロインに立ちはだかるのは大抵、長身でスタイルのいい、およそスポーツには似つかわしくないロングヘアのライバルである。彼女は驚異的な身体能力と悪態でヒロインを苦しめるが、最終回では嘘のように改心して、和解する。
⑤必殺技。ヒロインをヒロインたらしめるのは、必殺技の存在である。ピンチの時に披露され、劇的な勝利へと導く。ならば最初から繰り出せばいいが、ヒロインにその発想はない。およそ物理的な法則を無視した技も多く、そもそもルール違反の疑いすらあるが、不思議と劇中でそこに触れる描写はない。アンタッチャブルである。
――と、これらの条件を満たすスポ根ドラマが、以下となる。扱う競技と代表的な必殺技も併記しておこう。
スポ根ドラマ黄金の70年代
1970年
『金メダルへのターン!』(フジテレビ)水泳/「飛び魚ターン」
1971年
『美しきチャレンジャー』(TBS)ボウリング/「ビッグ4クリア魔球」
『コートにかける青春』(フジテレビ)テニス/「ローリングフラッシュ」
1972年
『決めろ!フィニッシュ』(TBS)体操/「スワン4回転ひねり」
1979年
『燃えろアタック』(テレビ朝日)バレーボール/「ひぐま落とし」
――いかがだろう。意外にも競技のバリエーションが多いのに驚くだろう。必殺技は名前から想像がつくのもあれば、「ひぐま落とし」など皆目分からないものもある。
まず、興味深いのは、各ドラマが扱う競技である。
先の『サインはV』が、1964年の東京オリンピックの「東洋の魔女」をヒントに生まれたように――やはり、そこにはリアルな競技に影響を受けた節が見られる。タイムリーで、時代性が感じられるのだ。その意味では、1971年の『美しきチャレンジャー』(主演・新藤恵美)は、まさに当時のボウリングブーム(70年代前半)を一身に背負って登場したと言えるだろう。
また、テニスが舞台の『コートにかける青春』(主演・紀比呂子)も、1968年にグランドスラム(4大大会)がオープン化(プロ解禁)され、ビリー・ジーン・キング(キング夫人)やマーガレット・スミス・コート(コート夫人)らが日本でも人気を博した時期にドラマ化されたものである。
72年には、女子体操を描いた『決めろ!フィニッシュ』(主演・志摩みずえ)が登場するが、これは明らかに、同年8月のミュンヘン・オリンピックに向けて作られたものだろう。当時、東京・メキシコと、五輪を2大会連続で制したチェコのベラ・チャスラフスカ選手が人気を博しており、彼女に憧れて体操を始める女子も多かった。
そして、1979年の『燃えろアタック』(主演・荒木由美子)は、翌80年にテレビ朝日がモスクワオリンピックを独占放送するのを受け、そのプロモーション的意味合いで放送されたものである。ところが、ヒロインの小鹿ジュンは苦難の末にモスクワオリンピックへの出場を決めるが、現実の世界では日本は同オリンピックをボイコットしてしまい、ドラマの世界が突如、パラレルワールドになる不可解なラストに――。
興味深いのは、1970年に登場した『金メダルへのターン!』(主演・梅田智子)だ。当時、日本水泳は長らく低迷期にあり、同ドラマがなぜ「水泳」を扱ったのか、一見すると時代性が見当たらなかった。
しかし――面白いことが起きる。同ドラマが1年3ヶ月に渡り放送され、終了した翌72年、ミュンヘン・オリンピックで日本は男女とも久しぶりの金メダルを取ったのだ。まさに、ドラマが現実になったのである。
やはり、スポ根ドラマとリアルな競技の間には、運命的な繋がりがあると思って、間違いないようだ。