2つの視点で楽しめるドラマ

現在放映中のドラマ『ノーサイド・ゲーム』(TBS)は、2つの視点で楽しめる作りになっている。

1つは、日曜劇場らしい企業ドラマとしての側面だ。

原作・池井戸潤、プロデューサー・伊與田英徳、演出・福澤克雄の座組は、過去に『半沢直樹』や『下町ロケット』、『陸王』なども生み出した鉄壁のトライアングル。今回も、左遷されたエリート社員の君嶋(大泉洋)が、低迷するラグビーチームのGMとなり、そこから仲間たちと共に再起をかけた戦いを繰り広げるという定番の"復活劇"を楽しめる。チームの再生と自身の再生がリンクする構造だ。これが面白くないワケがない。

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そして、もう1つの視点が、本格的ラグビードラマとしての側面である。

この秋、日本がホスト国となり、アジア初となる「ラグビーワールドカップ2019」が開催される。俗に、連ドラは「時代の鏡」と呼ばれるが、そんな国民的イベントを好機と捉え、同ドラマが生まれたのは容易に想像がつく。何せ、演出の福澤監督自身、慶応大学時代は名ラガーマンとして鳴らし、1985年の日本選手権ではトヨタ自動車を破って日本一に輝いた実績を持つ。ラグビードラマの監督として、これほど相応しい人物もいない。

かつて花形スポーツだったラグビー

思えば、日本でラグビーという競技に光が当たるのは、随分久しぶりではないだろうか。若い方は知らないかもしれないが、かつて日本は、1970年代から80年代にかけて、ラグビーが野球に次ぐほどの国民的人気を博した時代があった。今では信じられないが、サッカーを凌ぐ花形スポーツだったのだ。

当時、ラグビー人気が盛り上がったのは、主に4つの要因による。

1つは、先の福澤監督も打ち込んだ大学ラグビーの存在だ。伝統の早明戦(早稲田大学VS明治大学)などの好カードは、学生に限らず一般人気も高く、常にスタンドは超満員。毎年、「成人の日」に国立競技場で行われる大学1位と社会人1位が対決する「日本選手権」はラグビー界のお祭りだった。若いカップルの定番デートコースでもあり、5万人の観客席は老若男女で埋め尽くされ、NHKのテレビ中継の視聴率も高かった。

2つ目は、社会人ラグビーだ。スタープレイヤー松尾雄治や平尾誠二がそれぞれ率いた新日鉄釜石や神戸製鋼が共に日本選手権で7連覇するなど、こちらも人気が高かった。だが、皮肉なことに社会人チームが強くなり過ぎて、大学チームとの実力差が開き、1996年度限りで「社会人対大学」の構図が崩れたことが、その後のラグビー人気が低迷する一因になった。

3つ目は、高校ラグビーだ。全国大会が東大阪の花園ラグビー場で開催されることから、高校野球における「甲子園」のように、高校ラガーマンたちにとっては「花園」が聖地になった。ちなみに、松任谷由実の名曲『ノーサイド』は、花園の"伝説の一戦"と称される1984年の決勝「天理対大分舞鶴」戦に着想を得たものと言われる。

そして4つ目が、そんな高校ラグビーの世界を描いたドラマの存在だ。1965年の『青春とはなんだ』を皮切りに、日本テレビの日曜夜8時の枠はさまざまなスポーツを題材に学園青春ドラマが放映されたが、中でもラグビー部の話が最も多かった。型破りな熱血教師が札付きの不良生徒たちを、ラグビーを通して更生させる、お馴染みのフォーマットが人気を博した。

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シラケ世代に復活した学戦青春ドラマ

そんな学園青春ドラマは、70年代後半になると失速する。かつて猛威を振るった学園紛争の時代は遠く過去のものとなり、いつしか若者たちは「ノンポリ世代」や「シラケ世代」と呼ばれるように――。"夕日に向かって皆で走る"世界観は、もはや時代おくれの代物になったのである。

だが、それから10年近く経った1984年、奇跡が起きる。

この年に始まった1本のドラマは、高校のラグビー部と、それを率いる熱血教師という、かつての学園青春ドラマの王道スタイルで登場する。初回視聴率は一桁ながら、そこから口コミで評判が広まり、回を追うごとに視聴率も上昇して社会現象と呼ばれるまでになる。ドラマ『泣き虫先生の7年戦争 スクール☆ウォーズ』(TBS)である。

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少々前置きが長くなったが、今回はかの伝説のドラマの話である。何ゆえ、シラケ世代の若者たちに、もはや時代おくれと言われた学園青春ドラマが受け入れられたのか。そして、図らずも大ヒットしたのか。それを探ると、現在放映中の『ノーサイド・ゲーム』が支持される理由と、これから進むべき方向性も自ずと見えてくるかもしれない。

伝説のプロデューサー

ドラマ『スクール☆ウォーズ』を企画したのは、かつて大映テレビの名物プロデューサーとして鳴らした、今は亡き春日千春氏である。『おくさまは18歳』を始め、『赤いシリーズ』、『噂の刑事トミーとマツ』、『高校聖夫婦』、『不良少女とよばれて』、『乳姉妹』、『ポニーテールはふり向かない』(以上、TBS)、『ヤヌスの鏡』、『花嫁衣裳は誰が着る』、『アリエスの乙女たち』(以上、フジテレビ)等々、いわゆる"大映ドラマ"と呼ばれる一大ジャンルを築いた人物だ。

ドラマが、放送する局でなく、制作会社で語られることは極めて珍しい。TBSの「木下惠介アワー」などを手掛けた木下惠介プロダクション(現在のドリマックス・テレビジョン)とか、同じくTBSの「ウルトラシリーズ」を手掛けた円谷プロダクションとか、フジテレビの水9枠で『古畑任三郎』や『王様のレストラン』などを手掛けた共同テレビジョン等々、数えるほどしかない。

大映テレビは、その名が示す通り、元は映画会社の「大映」の一部門だった。テレビドラマを制作する部署として1958年に作られるが、段々と映画界が斜陽となり、1971年に大映が倒産するに至り、その直前に分社化された。「大映テレビ株式会社」の誕生である。

当時、不振の映画界とは対照的に、テレビ界は日の出の勢い。大映テレビも独立時に、既に7本ものレギュラーを抱えていた。中でも大人気だった岡崎友紀主演のドラマ『おくさまは18歳』のプロデューサーが春日千春氏だった。

大映ドラマを確立した「赤いシリーズ」

いわゆる"大映ドラマ"と称される世界観が確立されるのは、1974年に始まる山口百恵と宇津井健が主役を務めた『赤いシリーズ』である。第1作『赤い迷路』のプロットは、あの『ウルトラマン』も手掛けた名脚本家、佐々木守氏の手によるもの。ヒロインの出生の秘密、血のつながらない親子、主要人物の非業の死など、後に大映ドラマでお馴染みとなるドロドロとした世界観は、大方この作品で確立される。山口百恵の儚い表情が評判を呼び、彼女がスターの階段を駆け上る足掛かりとなった。

その後、同シリーズは『赤い疑惑』や『赤い衝撃』など、高視聴率の作品を次々と輩出。1980年の『赤い死線』まで計10作品が作られた。先の春日Pと、もう一人の大映ドラマの名物プロデューサー、野添和子氏の2人が交互に担当し、切磋琢磨する形でシリーズをヒットに導いたのである。

バディものの元祖

とはいえ、まだこの時期は大映ドラマのカラーは完全には確立されておらず、79年にスタートした『噂の刑事トミーとマツ』(TBS)では、思いっきりコメディに振った世界観を楽しめる。当時、春日プロデューサーが目指したのは、アメリカで人気を博していた刑事ドラマ『刑事スタスキー&ハッチ』だった。いわゆる若手刑事2人によるバディもの。その後、『あぶない刑事』や『相棒』など、バディものは刑事ドラマの定番になるが、まだ、この時代の日本では未開拓のジャンルだった。

主役に起用されたのは、山田太一脚本の『岸辺のアルバム』(TBS)で影のある二枚目を好演した国広富之と、2年前に「愛のメモリー」が大ヒットした歌手の松崎しげるである。二枚目俳優をコメディに起用するのも、演技未経験の歌手を主役に抜擢するのも、どちらも冒険だった。この時代のテレビドラマは今と違い、まだ自由なキャスティングが許されたのである。

ドラマの見所は、物語の終盤、決まって犯人を追い詰めて、あと一歩のところで弱気になるトミー(国広富之)を、業を煮やしたマツ(松崎しげる)が罵倒するシーンだ。「お前みたいなのは男じゃねえ! このおとこおんなー! とみこー!!」――と、お約束の台詞を発すると、途端にトミーの耳がピクピクと動いて、確変する。狂暴化して、見事に相手をやっつけるというオチである。

毎回、ひたすらこのパターン。あまりにバカバカしくて、つい毎週見てしまう中毒性で視聴者の心を掴み、結局2シーズンで全106回も作られたのである。

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80年代の大映ドラマ黄金期へ

そして80年代――。

いよいよ大映ドラマが黄金期を迎える。扉を開けたのは、1983年4月にスタートした『高校聖夫婦』だった。枠はTBSの火曜夜8時。原作と脚本は、先の『赤いシリーズ』の世界観を作り上げた佐々木守である。好き合ってもいない高校生の男女が、お互いの利害関係から偽装結婚して、一つ屋根の下で暮らし始める物語。ドラマが進むうちに、やがて本物の愛に目覚めるラブストーリーだ。そう、あの『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)を彷彿とさせるが、なんと30年以上も前に同種のプロットが存在したのである。

同ドラマで春日プロデューサーから主役の2人に抜擢されたのが、子役時代から芸歴の長い鶴見辰吾と、アイドル歌手としてデビューしたばかりの伊藤麻衣子(現・いとうまいこ)だった。彼女はこの作品以降、いわゆる"春日学校"の生徒(常連俳優)となる。

『高校聖夫婦』は2クール放映され、後半にかけて評判と共に視聴率も上昇し、大盛況のうちに終わった。そして同枠は大映テレビのもう一人の名物プロデューサー、野添和子氏にバトンが渡される。

1983年10月、その新作ドラマは幸先の良いスタートを切り、その後も順調に右肩上がりで推移、最終回は自己最高視聴率を更新して有終の美を飾る。風間杜夫・堀ちえみ主演の『スチュワーデス物語』である。ドジでノロマな亀が一人前のスチュワーデスになるまでの成長物語だが、ヒロイン松本千秋の予想を裏切る奇行(?)の数々や、村沢教官と元婚約者を交えたドロドロの展開がお茶の間のハートを掴み、いわゆるディープな"大映ドラマ"の世界観がここに完成する。

1984年4月、同枠は再び、春日Pに引き渡される。主演も再び伊藤麻衣子である。共演に国広富之、伊藤かずえ、松村雄基、岡田奈々ら大映ドラマの常連たち――"春日学校"の面々も揃った。『不良少女とよばれて』である。

原作は舞楽者である原笙子の自伝的小説。かつて青春時代に非行に走り、そして立ち直った軌跡をドラマ化したものだが、大まかな設定以外は、ほぼオリジナルのストーリーだった。クサい台詞、ド派手な演出、複雑な血縁関係、主要人物の非業の死、そして芥川隆行のナレーション――と、大映ドラマお約束の世界観が全開。巨大なカーリーヘアを振り乱して派手な乱闘に興じるヒロイン笙子の姿に、オンエアを見た原作者も驚愕したという。

この作品でも沢山のファンを獲得。同じ枠で3作連続ヒットを飛ばし、大映ドラマは向かうところ敵なしとなった。だが、実はメインイベントがこの後に控えていたことを、やがてお茶の間は知るところとなる。

ドラマ『スクール☆ウォーズ』登場

次のクール、1984年10月からTBSの土曜夜9時に連続ドラマ枠が2年ぶりに復活する。そして記念すべき第一弾を請負ったのが、春日プロデューサーだった。そのドラマは、お馴染みの芥川隆行の名調子から始まった。

「この物語は、ある学園の荒廃に闘いを挑んだ一人の教師の記録である。高校ラグビー界において全く無名の弱体チームが、この教師を迎えた日からわずか7年にして全国優勝を成し遂げた奇跡を通じて、その原動力となった愛と信頼をあますところなくドラマ化したものである」

――そう、ドラマ『スクール☆ウォーズ』である。ここへ至るまで大映ドラマの歴史を辿るなど少々回り道をしてしまったが、いよいよ本題である。

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同ドラマが画期的だったのは、先のナレーションでも分かる通り、最初にネタバレしたところにある。かつて京都一のワースト校と恐れられた伏見工業に、ラグビー元日本代表の名フランカー・山口良治氏が教師として赴任し、わずか7年で無名のラグビー部を日本一に導いた実話がベースとなっている。実際、オープニングの冒頭に流れる映像は、1981年の全国高校ラグビー決勝で伏見工業が初優勝した時のものだ。

このネタバレした時点で、同ドラマに対するお茶の間のスタンスは大方決まった。

「そうか、このドラマはストーリー云々よりも、これから展開されるお約束の物語を、大映ドラマがどう味付けするかを楽しむものなんだ!」

――と、コラムの前半はここまで。この続きは、ハーフタイムを挟んで後半で語らせていただきます。いよいよ、『スクール☆ウォーズ』の全貌が明らかになる!

(C)TBS
(C)大映テレビ

メディアプランナー。代表・草場滋。フジテレビ『逃走中』の企画原案ほか、映画『バブルへGO‼タイムマシンはドラム式』(監督・馬場康夫)の原作協力、『テレビは余命7年』(大和書房)、『情報は集めるな!』(マガジンハウス)、『幻の1940年計画』(アスペクト)、『買う5秒前』(宣伝会議)、『「朝ドラ」一人勝ちの法則』(光文社新書)などメディアを横断して活動中。「日経エンタテインメント!」誌に連載中の「テレビ証券」は18年目。ホイチョイ・プロダクションズのブレーンも務める。