いよいよ佳境を迎えたドラマ『わたし、定時で帰ります。』(TBS)。その中で毎回ピンポイントの出演ながら、きゅっと爪痕を残すように、温度の低い眼差しで視聴者の心をざわめかせているのが、種田柊(ハンドルネームは「愁」)役の桜田通だ。

ドラマ前半は、ヒロイン・東山結衣(吉高由里子)に情報をもたらす謎の青年として登場。そして第6話で、結衣の元婚約者・種田晃太郎(向井理)の弟であることが判明した。新卒で入った会社を辞め、今は家の中で引きこもりのような生活をしている柊。彼もまた前時代的な日本の労働観に押し潰された犠牲者のひとりのよう。ここから柊はどのように自分の人生を再出発するのか。演じる桜田通に話を聞いた。

兄との衝突シーン。ヒントになったのは、向井理からのアドバイスだった

第1話の終盤。結衣のもとに送られた「福永清次に気をつけて」というメッセージ。発信者は、ごく庶民的な民家の一室でパソコンに向き合う正体不明の青年。短い出番ながら、「あの子は何者?」と視聴者の関心を呼んだ桜田。その感情の一切を排したような目が、「愁」というネーミングにぴったりで、独特の存在感を放っている。

「そうおっしゃっていただけるなら、ありがたいです。ただ、自分のエゴ的なもので役の印象を残そうという気持ちはあまりなくて。むしろ設定からしてすごく気になる存在なので、僕はあくまで自然でいることを心がけていました。だから、『アイツは誰なんだろう?』と思ってもらえたなら、それは原作や台本の力だと思います」

そう桜田は謙虚にはにかむ。これまでの見せ場は、何と言っても第6話。転職先を紹介する晃太郎と衝突。「帰れ!」と兄の肩を掴み、声を荒げるシーンは、今まで表情ひとつ変えることのなかった柊が、初めて感情を爆発させる重要な場面となった。

「あのシーンは、セリフとセリフの間をたっぷり使わせてもらったんです。たとえば、『晃兄は、やっぱり僕の気持ち全然わかっていない』というセリフも、一度向井さんと向き合って、気まずそうに目線を外してから言ったり。すごく丁寧にお芝居をさせてもらえました。おかげでのびのびやれたし、兄のことは好きだけど、トラウマがあって上手く向き合えないという関係性もしっかり表現できたかなと思います」

感情が昂ぶりすぎた柊は、そのまま過呼吸状態となってうずくまる。このくだりでは、兄役の向井理からのアドバイスが参考になったのだそう。

「以前向井さんも同じようなシーンをやったことがあるそうで。ドライ(リハーサル)が終わったあと、『ああいう演技って難しいでしょ』って声をかけてくださって。『過呼吸が始まるもっと前から、予兆みたいなものを自分の中で思い浮かべながらやるといいよ』とアドバイスをもらいました。向井さんもそうですし、監督やスタッフのみなさんも優しく見守ってくださる方たちばかり。おかげで安心して自分の芝居に入ることができました」

はたして柊は兄と雪解けを迎え、もう一度社会に戻ることができるのか。柊の出す答えは、終盤に向けた見どころのひとつとなりそうだ。

「これは自分の役者としてのエゴになっちゃうんですけど、柊と同じようにつまずいている人に、柊の姿をリアルに感じてもらえたらという気持ちが、今この役を演じるモチベーションにもなっています。特に9話は柊にとってすごく大事なことを話す回。柊を通して、どうやって苦しみを乗り越えるかとか、辛いときに声を上げることの大切さとか、そういう大事なメッセージを伝えられれば」

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柊も、誰も、悪くない。どちらも悪くないから、余計に苦しい

そんなふうにして話す物腰は朗らかで礼儀正しい。柊とはまったく違うタイプの青年に見えるが、実際のところはどうだろうか。

「自分の中にいろんな側面があると思っていて。インドアという点は僕も同じ。1週間休みがあれば、ずっと平気で部屋にこもれるタイプです(笑)」

作中で小籠包をつまみながらビールをクイッとあおる結衣は何とも幸せそう。そんなふうに人生でささやかな喜びを感じる瞬間を聞くと、こちらも等身大の答えが返ってきた。

「家でソファに転がって、YouTubeを垂れ流しながらUber Eatsを頼んでいる瞬間は『勝ったな』って思います(笑)。Uber Eatsは本当最高ですね。楽すぎて本当に廃人になっちゃう。もしかしたら描かれていないだけで、柊もUber Eatsを頼んでいるんじゃないかな(笑)」

そう茶目っ気たっぷりに答える一方で、会社組織で働くストレスに身も心も蝕まれていった柊の内面にも共感の言葉を寄せる。

「柊くんが100%悪くないかといったら、それはわかりません。でも柊くんは、いわゆる体育会系があまり根づいていない世代。免疫がない中で上からプレッシャーをかけられて心を病んでしまうのは可哀相だなと思うし、その気持ちはすごくわかります」

桜田は、1991年生まれの27歳。いわゆる「ゆとり世代」の一員だ。

「たまにすごく年上の方のお話を聞いていると、昔の方がいろいろと厳しかったんだろうなと思うし、飲んでコミュニケーションをとろうとする人も多い。そういうジェネレーションギャップにきっと柊も苦しんでいたんじゃないかなって。でもそれって、どちらも悪くないんですよね。上の世代の人たちも、今の若い人たちも、それぞれの価値観がある。そういうどっちも悪くない瞬間というのがいちばん苦しいんだなと、柊を演じていて感じました」

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人生にあまり期待はしない。とりあえず生きていけたら、それだけで十分なんです

「24時間戦えますか。」「モーレツ社員」そんな言葉が流行語になった時代もあった。時代ごとの正義があり、美徳があるからこそ、一概に否定はできない。そうフラットな目線で桜田は登場人物の心を読み解いている。そんな27歳のリアルな仕事観を聞いてみると。

「僕は休んで良ければずっと休んでいたいです(笑)」

そう笑って即答する。

「僕、休みが怖くないんですよね。たぶんもともと人生にあまり期待をしていないんです。こういうお仕事をしていると仕事がなかったら不安だろうと言われるし、実際僕も仕事がない時期はありましたけど。でもなんか人間って寝て食べたら、とりあえず生きていくことはできるじゃないですか。それだけで十分だと思っているんです」

多くを望まず、身の丈に合った幸せを愛する。まさに、平成生まれの若者らしい価値観だ。

「だからこそ、こうしてお芝居をしてゴハンを食べていけるありがたみがわかるし、苦しいと思うこともあまりない。良くも悪くも客観的なんです。生きていくには働かないといけないわけだし、そこにあまり辛さも希望も感じない。本当はこういう仕事だし、もっと熱くなった方がいいとは思っているんですけどね(笑)」

それは、生き馬の目を抜く芸能界に身を置く者としては、驚くぐらいにナチュラルで、肩の力が入っていない言葉に思えた。特に若い俳優なんてライバルも多いし、競争がつきもの。その中で、桜田通はマイペースに自分の道を歩んでいる。

「だから原作を読んだときからいちばん好きなのは(泉澤祐希が演じる)来栖(泰斗)くん。年齢も近いし、やりたいことと好きなことを頑張りながら効率よくやるっていうスタンスは共感できますね。年上の人から見たらやる気がないように見えるのかもしれないけど、決して不真面目なわけじゃないし、ちゃんと自分の中の正義がある。そういう人は好きです。もちろん(シシド・カフカが演じる)三谷(佳菜子)さんみたいな人の気持ちもわかりますけどね。このドラマは、みんな信じているものが違うだけで、誰も悪者として描かない。そこがいいなって思います」

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観た人それぞれが自分なりの働き方や生き方を見つけてくださったら

本作のキャッチコピーは「あなたは何のために働いていますか?」。このテーマに、桜田は何と答えるだろうか。

「僕の場合は、働かないとやることがなくなっちゃうからやっているだけ、というのが正直な答えです。ただ、言葉にするのはすごく難しいんですけど、自分が恵まれた環境でお仕事をさせてもらえているのも確かだし、そこに対してありがたいなと思う気持ちももちろんある。刺激的なことも多いし、現場に行けばいろんな出会いがあって、その人たちと過ごす時間はすごく有意義で。そういう人と人との出会いや関わりがあるから、続けられているのかなという気はします」

何のために働くのか。終盤に向けて、結衣たちはそんな大きな問いに直面していく。その答えは、十人十色であっていい。100人いれば、100通りの働き方があることが、これからの世の中の「当たり前」なのだから。

「この作品の最後にどういうメッセージが投げかけられるのか。その解釈は人それぞれでいいと思っています。自分と同じだと共感できる人もいるだろうし、相反する人もいると思う。でも僕は人それぞれ違いはあっても、誰かが間違っていることはないと思うから。定時で帰ることが正義の人もいれば、少しでも残業をして会社に尽くすことが生きがいだとしたら、それも正しい。観た人がそれぞれ自分なりの働き方や生き方を見つけてくださったらと思うので、ぜひ最後まで楽しんでください」

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火曜ドラマ『わたし、定時で帰ります。』はTBSにて毎週火曜日22:00より放送中。放送後、Paraviで独占配信中。