面白いドラマには、必ずこの人がいる。今、そんな期待感を最も強く抱かせてくれる俳優のひとりが、泉澤祐希だ。わずか6歳で子役デビュー。そこから着々と歩みを進め、近年は連続テレビ小説『ひよっこ』(NHK)や大河ドラマ『西郷どん』(NHK)など、若きバイプレイヤーとしてその才能を示している。
現在は、毎週火曜夜10:00から放送中のドラマ『わたし、定時で帰ります。』(TBS)に出演中。個性派揃いの同作で、二言目には「辞めたい」とこぼす新入社員・来栖泰斗役を好演している。
最初は文句ばかり一人前に見えた来栖だが、回を重ねるごとに可愛らしさや懸命さも見えてきて、すっかり視聴者にとっても愛着のあるキャラクターのひとりに。この愛され感も、随所に人間味を醸し出す泉澤のお芝居があってこそだ。観る者の心を掴む若手演技派は、どんなことを考えながら日々現場に臨んでいるのだろうか。
「天才子役」と注目された中学時代。あの頃は芝居について何も考えてはいなかった
「たぶん何も考えていなかったと思います、あの頃は」
そうあっけらかんとした口調で、泉澤は答えた。泉澤祐希という存在が、最初に脚光を浴びたのは、今から実に13年前。2006年に放送されたドラマ『白夜行』(TBS)で、山田孝之演じる主人公・桐原亮司の少年時代を演じた。複雑な家庭環境を抱える少年の心の寂しさと、まっすぐに人を想う気持ちを眼差しだけで表現。お茶の間に鮮烈なインパクトを残した。
「芝居しているという意識自体がなくて。現場もふらっと遊びに行くような感覚。難しい役だったけど、その役の背景とか、まだ全然わかっていなかったし、理解して演じようとも思っていなかった気がします」
泉澤が演じた少年・亮司は、実の父親をハサミで刺殺する。非常にショッキングで、物語全体の核となる重要なシーンだ。大人の俳優でも悩むような難しい芝居を、泉澤は小学6年生でやってのけた。
「かなり何回もリハーサルをやったのは覚えています。正直な話をすると、監督がめちゃくちゃ怖くて、毎回泣きながらやってたんですよ。そのおかげで、ああいう表情になったのかもしれない(笑)」
この演技で泉澤は「天才子役」と絶賛を集めた。しかし、その後、中学・高校と多感な時期を過ごす中、「俳優業から距離を置いて、普通の学生として生きてみよう」と一時休業。大学進学後の2014年、ドラマ『東京が戦場になった日』(NHK)を機に、演じることを一生の仕事として取り組むべく、芝居の現場に帰ってきた。
ゲスト出演のときに必要なのは"瞬発力"。一瞬で役の持っているものを爆発させる
そこからの躍進は周知の通り。中でも特に光るのが、ゲスト出演時の存在感だ。近年、泉澤は『コウノドリ』『アンナチュラル』『グッドワイフ』(いずれもTBS)と話題のドラマに立て続けにゲスト出演。出番は、たった1話だけ。だが、人の心に迫る演技で物語に起爆剤的な効果をもたらした。
「レギュラーで出るときと、ゲストで出るときの違いは、"瞬発力"。連ドラのレギュラーなら、キャラづけっていくらでもできると思うんですけど、ゲスト出演の場合、たった1話でその役がどういう人物なのかを表さなくちゃいけない。だから、いかにワンシーンでその役の持っているものを爆発させることができるかを考えるようにしています」
たとえば『コウノドリ』で演じたのは、耳の聞こえない夫役。同じ聴覚障がいを持つ妻とは無声の手話でコミュニケーションをとるが、担当医のサクラ(綾野剛)とやりとりする際、泉澤は声を出しながら手話をした。実際の聴覚障がい者にはよく見られることだが、ドラマで不明瞭ながら発語をしつつ手話をするというケースは珍しかったように思う。
「別に台本には書いてなかったんですけど。その方がリアルかなと思ってやってみたら採用されて。そしたら綾野さんにも『すごいね、どこで習ったの?』って驚かれました(笑)」
泉澤は、やはり何でもないことのようにそう説明する。だが、泉澤祐希という俳優を知らずにドラマを観たら、本当に耳の聞こえない俳優を起用したのかと思い込むぐらい、彼の手話にはリアリティがあった。
演じるときは何も考えない。考えていることを観る人に掴まれてはいけないから
『アンナチュラル』での名演も忘れがたい。演じたのは、突然婚約者を亡くした青年の役。愛する女性を殺した真犯人に報復すべく、復讐のナイフを向ける葬儀場のシーンは、同作が法医学ミステリーから深遠なヒューマンドラマへとさらに一段ギアを上げた屈指の名場面だ。
「あの場面は監督の塚原(あゆ子)さんから『ここがこのドラマのターニングポイントだから』って結構プレッシャーをかけられて(笑)。頑張らなくちゃいけないなと思いながら撮影に入ったのを覚えています」
秀逸なのは、その表情だ。怒りに燃えているからといって、決してあからさまに目をひん剥いたりしない。むしろ感情が沸き立つほど、指先までしんと冷たくなるような、温度の低い眼差しが印象的だった。いったい何を考えて、あの場面に入ったのだろう。
「演じるときは何も考えていないです。たぶん人って、そんなに何か考えて動かないというか、もっと衝動で動くものだと思うし。それに、考えていることを観る人に掴まれたら、きっとこの後こうするんだろうなと先を読まれてしまう。そうなったら面白くないので、基本的にはどのシーンも芝居に入ったら何も考えずにやるようにしています」
観る人に意図を見透かされたら、ただの作為に終わる。真犯人に馬乗りになり、ナイフを振りかざした瞬間は、まさにそんなお芝居だった。彼は人を殺してしまうのか。まったく予測のつかない泉澤の芝居を、多くの視聴者が息を止めて見守った。
余計な意気込みは空回りするだけ。役を生きることだけを意識して現場に臨む
『グッドワイフ』では妻を失った男の役。法廷で武田鉄矢演じるニュースキャスターに食ってかかり、報道の意義を訴えかける場面は、視聴者の心を熱く揺さぶった。
「武田鉄矢さんもいらっしゃるし、他のみなさんも揃っている場面だったので、めちゃくちゃ緊張しました。僕、すごく緊張しいなんですよ。でもその緊張が、心地いい部分でもある。終わったときは武田さんが『よく頑張ったな』と拍手をしてくださって、そしたらみなさんも拍手をしてくださって。ちょっと泣きそうになりました(照)」
山場は、行方不明だった娘との再会シーンだ。目に涙をいっぱい溜めて、後部座席で娘との再会を焦がれる表情。そこから足をもつれさせながら夕暮れのあぜ道を駆け抜ける姿。説明的なセリフは何もない。だけど、父の気持ちが痛いほど伝わり、視聴者は涙が止まらなくなる。
「重い役って、あんまり言葉で感情を表現することができない。だから、気持ちを伝えるのは目や表情。そこは大事にするようにしています」
たとえ出番が短くても、セリフが少なくても、泉澤祐希の芝居がかすむことはない。役者としての心構えを聞くと、彼は「何だろう...」と少し考えたあと、ごく自然な口調でこう答えた。
「しっかり役を生きること。意識しているのは、それだけかもしれないですね。何かを決めてやっても、僕の場合は空回りするだけなので(笑)、あまり意気込まず、与えられた役をしっかり生きようという意識だけ持って現場に臨んでいます」
嫉妬はしない。自分のやりたいことをやれていれば、それで満足なんです
そんな泉澤の演技を楽しめるが、火曜ドラマ『わたし、定時で帰ります。』だ。撮影は佳境に入ろうとしているが、泉澤は今回の現場について「すごく楽しい」と笑顔を浮かべる。明るい現場の中心にいるのは、主演の吉高由里子。その人柄に泉澤は敬意を寄せる。
「吉高さんがいつも明るくて、それに引っ張られてみんなも楽しくなるというか。周りの人のことを常に気にかけているし、吉高さんがいると自然とみんなリラックスできるんです。演じる東山(結衣)と重なるところが多くて、本当の尊敬できる先輩みたい。今回ご一緒させていただいて、僕も吉高さんのようになりたいなって思いました」
泉澤が演じる来栖は、充実した社会人生活を送る同級生が羨ましくて、つい外部に漏らしてはいけない動画を流出させてしまう。周りに対する嫉妬心は若いうちにはつきものだが、泉澤の考えは逆だ。
「僕はそういう嫉妬や悔しさは全然感じなくて。自分を大きく見せたいという欲が一切ないんです。それよりも自分のやりたいことをやれているならそれでいいじゃんっていうタイプ。むしろ休みがないと死んじゃうし(笑)、仕事は落ち着いて自分のペースでやっていきたいです」
この肩肘張らないマイペースさこそ、泉澤祐希らしさなのかもしれない。
「だからもし僕が会社員なら絶対定時で帰ると思います。もちろん仕事が終わってなければ残りますけど、そうじゃないならすぐ帰る。周りの目は一切気にしないです」
俳優という肩書きだけ切り取ると、特殊な世界の人に見えてしまうけれど、根っこの部分はごく普通の25歳。力まず、追い込まず、ナチュラルに。この等身大の感性もまた役者・泉澤祐希の魅力のひとつだ。
「このドラマって、いろんなキャラクターがいて、それぞれ壁にぶち当たるんですけど、毎回結衣さんが手を差し伸べてくれて。そういのを見ていると人と人が助け合う良さを感じるし、そうやって少しずついろんなキャラクターがイキイキしてくるところがいいですよね」
確かに、本作はいつも清々しい余韻が残る。それは、さまざまな悩みに揺れながらも、最後はキャラクターの胸の内に新しい風が吹いているからなのかもしれない。
「観ている人が一歩踏み出す勇気をもらえる作品だし、きっと観終わったあとは私もこんなふうに後輩に接してみようとか、周りに対して優しい気持ちになれるんじゃないかと思います」
観た人の数だけ「働くこと」の答えがある。『わたし、定時で帰ります。』はそんな多様性の時代に生まれたお仕事ドラマだ。だからこそ最後に聞いてみたい。25歳、ひとりの社会人である泉澤祐希にとって「働く」とはどういうものだろう。
「生きるためのもの。やっぱり仕事がないと生きていけないし。だからこそ、同じ働くなら、やりたいことをやっていきたい。やりたいことをやって、それで自分が成長していける。そういう仕事をこれからもしていきたいです」
火曜ドラマ『わたし、定時で帰ります。』はTBSにて毎週火曜日22:00より放送中。
- 1