「働くこと」って、それだけでドラマだ。初めて名刺をもらった日のこと。寝坊して、このまま世界から消えてしまいたいと思った日のこと。誰もいない夜のオフィスで、ひとりパワポをいじくって資料をつくった日のこと。その夜の月がやたらキレイだったこと。でも、結局プレゼンには負けちゃって、「全然ドラマみたいにいかないや」と、またしてもこのまま世界から消えてしまいたいと思った日のこと。

働いた年数の分だけ、それぞれにドラマがある。そして、そのドラマでは誰もがみんな主人公だ。仕事を好きな人も、そうじゃない人も、みんなこの世界の大切な主人公なのだ。

ドラマ『わたし、定時で帰ります。』(TBS)を観て、毎回グッと来たり、かつての自分やすぐそばにいたあの人のことを思い出してしまうのは、そんなふうに働くすべての人に想いがあり、主人公なのだということを思い出させてくれるから。それも全体ミーティングで高らかに謳われた威勢のいいスローガンみたいなトーンじゃなく、パソコンのラップトップに貼られた同僚からの「大丈夫?」と書かれた付箋みたいなさり気なさで。

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このドラマの中に、きっとあなたも、あなたの同僚の姿もある

本作の舞台は、「ネットヒーローズ」という名のWEB制作会社。そこには、いろんな仕事観を持った人たちがいる。仕事第一のワーカーホリックに、育休明けで張り切りすぎてしまうワーキングマザー。すぐ「辞めたい」と口にする若手社員。

ステレオタイプのドラマなら、それこそ彼ら/彼女らのことをテンプレ的に描くことしかしなかった。でもこのドラマは、違う。テンプレになりがちなキャラクターの内側にしっかりと目線を向けている。

個人的に共感したのは、人一倍働き過ぎるがゆえに過重労働になりがちなWEBディレクターの三谷佳菜子(シシド・カフカ)。現在32歳の彼女は、いわゆるリーマンショック世代。せっかくの内定がある日突然無効になり就職先を失う者、何とか就職にこぎつけたものの賞与はゼロ。それどころかリストラにより社内は人手不足で満足な教育を受けられず右往左往した者も多かった。そんな初期体験から「会社に入れるのが当たり前」ではなく「会社に拾ってもらった」感覚が根強く、何とか生き残るために三谷はなりふり構わず働くしかなかった。

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僕は三谷より少し上の世代で、新卒就職期は比較的イージーモードだったけれど、ちょうどリーマンショックの時期は契約社員だったので、雇用はすごく不安定だったし、実際に周りの半分以上が早期退職でいなくなってしまって、自分もいつ切られるのかという恐怖が背中に始終張りついていた。

だから、人一倍働いて成果を残さないと認めてもらえないという三谷の気持ちはよくわかるし、そういう厳しさを乗り越えて今の自分があるのだと成功体験にしがみついて、下の世代に押しつけてしまうのも、恥ずかしながらすごく頷ける。

新入社員の来栖泰斗(泉澤祐希)もどこかシンパシーを覚えるキャラクターだ。周りの同級生はどんどん大きな仕事をしているのに、自分は誰にでもできるような雑用や地味なアシスタント業務ばかり。やっとディレクター業務を任せてもらえたと思ったら、プレゼンは全然刺さらないし、想定外のクライアントの質問に上手く答えることもできない。おかげでクライアントは明らかに自分じゃなくて上司のことを信用しているし、社内の打ち合わせでも質問はみんな上司に集中。だったら自分なんていなくていいじゃないか。そう腐りそうになった時期が、確かに僕にもあった。

決して三谷や来栖はブラック社員でもモンスター新人社員でもない。ただ、自分の「働く」というドラマを精一杯生きている主人公だ。

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人を単色で見ないで。誰もが自分の人生を生きる主人公なのだから

このドラマは決して誰かひとりを悪者にしたりしないし、誰かひとりを完璧な正義にもしない。みんな、それぞれの価値観がある。そして、その価値観は立場やフェーズによって移ろいゆくもの。だからこそ、「そんなの間違っている」と糾弾するのではなく、お互いに歩み寄り、言葉を交わし、理解を深めながら、いちばんバランスのとれたかたちを探ろうと目指す。その姿が、心地良い。

これはホワイト、そっちはブラックと切り分けるのではなく、青もあって、赤もあって、緑もあって、黄色もある。それぞれの色が美しい、虹色の答えを提示してくれるから、毎回爽やかな余韻が胸に残る。

どうしても「サラリーマン」と括ってしまうと、それだけで単色的に見てしまいがち。満員電車に乗って通勤する姿を「顔が死んでいる」とバカにされ、酔っ払って会社の愚痴を言い合えば「あんなふうにはなりたくない」と眉をひそめられる。似たような背広を着れば「個性がない」とわかったような口を叩かれ、代替可能な仕事に従事している者は「やがてAIに取って代わられる」と警鐘を鳴らされる。でも、そんなのが本当に色とりどりの「個の時代」なんだろうか。

そんなふうに周囲は「サラリーマンA」としか見ていない人たちにも、こんなことをわざわざ書くのもはばかられるほど当たり前のこととして、人生があって、大切な人がいて、守りたいものがある。そして大切な人や守りたいものがなかったとしても、決してさみしくもつまらなくもない。みんな、かけがえがなくて、他に替えの効かない、たったひとりの主人公なのだ。断じて「サラリーマンA」なんかじゃない。

いろんな人の働き方(ひいては生き方)を優しい眼差しで応援するこのドラマを観ていたら、何だかそう言ってもらえる気がして元気が沸く。

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誰にでもできる仕事かもしれないけれど、明日もまあ頑張りますか、と心なしか前向きになって眠りにつけるし、そうやって働いているすべての人たちにほんの少しだけ優しい気持ちになれる。

『わたし、定時で帰ります。』は、定時で帰るお話ではなく、そんなふうに「わたし、~~します」と胸を張って宣誓できる、つまり自分の人生の主人公は自分なのだ、と思わせてくれるドラマだ。

火曜ドラマ『わたし、定時で帰ります。』はTBSにて毎週火曜日夜10:00より放送中。

(C)TBS