ドラマは時代の鏡

前回に続いて、本コラムも「女性の"働く"ドラマ」をテーマにお送りしたいと思う。

日本の連ドラ史において、ヒロインの職業や、それを取り巻く環境や社会情勢がどのように変化してきたか。俗に「ドラマは時代の鏡」と言われるように、その時々の話題のドラマからどんな時代が見えてくるのか――を探るのが本コラムの目的である。

前回は、女性の"働く"ドラマの草分け、1970年の『アテンション・プリーズ』(TBS)を皮切りに、男女雇用機会均等法が制定された1980年代半ばの『男女7人夏物語』(TBS)を挟んで、女性の総合職が定着し始めた1991年の『東京ラブストーリー』(フジテレビ)までを振り返った。そこには、常に時代と並走する連ドラの姿があった。

今回はその続きである。

1990年代初頭の日本経済のバブル崩壊から、世紀末と新世紀の幕開けへと連なる平成時代の前半部が今回の舞台。その時々の話題の女性の"働く"ドラマを振り返りつつ、そこに描かれた時代の風を読み解きたいと思います。

就職氷河期の到来

さて、まずはバブル崩壊である。

一般にそれは1990年代初頭の現象として語られるが、実はバブル崩壊がいつ始まったかについては諸説ある。

繁栄を極めた日本のバブル経済の頂点が、日経平均株価が3万8,915円を付けた1989年末の東京証券取引所の大納会である。そして年が明けた90年1月の大発会から日経平均は下落を始め、わずか9ヶ月で半値の2万円を切る。この株価暴落をバブル崩壊と捉えるのが1つ。

2つ目は、映画『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』(監督・馬場康夫)でも描かれた、1990年3月に大蔵省が出した通達「不動産融資総量規制」である。行き過ぎた地価の高騰に歯止めをかけるはずが、予想を上回る"劇薬"となり、地価が暴落。企業の含み資産が軒並み減少し――バブル崩壊。これが2つ目。

3つ目は景気の判断だ。経済企画庁によると、景気後退が確認されたのが、1991年2月である。ここからバブル崩壊が始まったとする説がそう。これが3つ目。

そして4つ目が――いわゆる就職氷河期だ。この言葉が使われ出したのが1993年で、1994年には新語・流行語大賞で審査員特選造語賞を受賞している。世間一般の肌感覚的には、これがバブル崩壊のイメージに最も近いのではなかろうか。実際、1992年ごろまではなんとなくバブルの残り香が漂っていた気がする。

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――で、本題。そんな就職氷河期を描いたドラマの話である。1994年の『夢みる頃を過ぎても』(TBS)がそう。パワハラやセクハラ、圧迫面接に苦しみながらも、就職の理想と現実の間で揺れ動く大学生たちを描いた青春群像劇だった。

主演の保阪尚輝(現・保阪尚希)と葉月里緒奈を始め、原田龍二、細川ふみえ、水野美紀、田辺誠一らが恋や進路に悩む当時の若者たちをリアルに好演。いわば90年代版の『ふぞろいの林檎たち』という趣だった。

同ドラマで葉月里緒奈演ずるヒロイン明日香は、大学4年の秋口になっても就職活動を続けていた。ほんの数年前まで、大学4年も早々に内定の数を自慢し合っていたバブル時代の学生たちとは隔世の感があった。

東京から地方へ

また、同時期のドラマに、"東京から地方へ"と、時代のベクトルの変化を描いた作品もあった。1994年の『夏子の酒』(フジテレビ)である。それは、1980年代後半に始まったトレンディドラマを軸とする"東京中心主義"の呪縛を解き放つエポックメーキングな物語でもあった。

ヒロインは、和久井映見演ずる佐伯夏子である。実家が新潟の造り酒屋で、自身は東京の広告代理店に勤めるコピーライターという設定だ。ところが、幻の酒米を使った日本一の酒を造るべく奮闘していた兄(中井貴一)が病に倒れ、帰らぬ人に。そこで夏子は会社を辞めて実家に戻り、兄の意志を継いで日本一の酒造りを目指す――という話だった。

ドラマの肝は、東京のコピーライターという、ある意味、地方の造り酒屋から最も遠いヒロインが、昔ながらの風習が残る地方の男社会で、いかにして"逆境"を乗り越えるかにあった。

実際、当初は周囲の人たちから冷たく扱われる夏子。だが、持ち前の明るさとひたむきな努力で、やがてカードを一枚一枚裏返すように味方を増やし、遂には仲間が一つになって日本一の酒を完成させる。

同ドラマがお茶の間に伝えたかったのは、いわゆる価値観の転換だったと思う。東京ではなく、地方。酒造メーカーではなく、造り酒屋。それは、バブル崩壊から学んだ日本人の答えの一つだったとも。人の生き方、幸せの掴み方、そして女性の働き方は多様であると――。

自分の仕事を好きになる

思えば、1994年という年はドラマの秀作が多かった年である。

先の2本に加え、この年、広く視聴者の共感を得た連ドラに、『29歳のクリスマス』(フジテレビ)もあった。かの作品も"働く"女性がクローズアップされた秀作として記憶される。

脚本は、『金曜日の妻たちへ』(TBS)や『男女7人』シリーズでもお馴染みの鎌田敏夫サンである。80年代は男女の恋愛群像劇を描いた鎌田サンだったが、90年代になると、男女の友情を描いている点が面白い。主演は当時人気上昇中の山口智子。友人役に柳葉敏郎と松下由樹。彼らは互いに気の置けない仲で、ドラマは終始、3人の友情をベースに進んだ。

物語は、山口演じるヒロイン典子が29歳の誕生日に、自分の頭に10円ハゲを見つけ、恋人にもフラれ、勤務するアパレル会社では系列のレストランに左遷される最悪の日から始まる。その辺りのプロローグの作りは、結婚適齢期の24歳を機に女たちの反抗期が始まる1981年の『想い出づくり。』(TBS)をどことなく彷彿とさせた。両ドラマのヒロインの5歳の年齢差が、世の晩婚化を表している。

ドラマは、典子がひょんなことから大会社社長の御曹司・木佐(仲村トオル)と出会い、彼からプロポーズを受けるところから大きく動き出す。当初は自信家の木佐に反発を覚える典子だったが、やがて彼の真っすぐな生き方に惹かれ、思い合う仲に。だが、木佐の母親は2人の結婚に際し、典子の家柄に箔をつけるために、彼女の父親にある条件を出す。

結局、父の人生を否定されたくない、と典子はその申し出を断る。また、当初は左遷の経緯から渋々取り組んでいたレストランの仕事も、気づけば軌道に乗り、売上もアップ。それは充実した時間に変わっていた。

「私は今、ここにいる自分が好き。だから、とても幸せ――」

ドラマのラスト、クリスマスのイルミネーション輝く原宿・表参道の街へ繰り出す典子と彩(松下)。そこへマライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」が重なる。それは、愛が成就する物語とは違ったが、自分の仕事や人生が好きになった女2人の新しいカタチのハッピーエンドだった。

天職に出会う

そう、1990年代の女性の"働く"ドラマの特徴は、男女雇用機会均等法の先に行きついた、自分らしくなれる仕事――いわゆる天職との出会いであった。1996年の『おいしい関係』(フジテレビ)もそうである。

メインライターは野沢尚サン。主演に中山美穂と唐沢寿明。中山演ずる藤原百恵は社長令嬢で、幼い頃から美食家の父に付き添い、数々のレストランを食べ歩いた経験を持つ。ソースの隠し味や、料理の腕からシェフを言い当てるその舌は、もはやプロの料理評論家の粋だ。

物語は、百恵が二十歳を迎えた春、短大卒業と就職のお祝いを兼ね、父と2人で訪れた広尾の高級フレンチ店で一杯のコンソメスープと出会うところから始まる。

「信じられない! こんなに香りのいいコンソメがあるなんて!仕上げは......シェリー酒だ!」

だが、その夜、父は食事の最中に倒れ、5年後に他界する。父の後ろ盾をなくした百恵は家と仕事と恋人の全てを失い、失意の中で訪れた郊外のフレンチレストラン「プチ・ラパン」で、一杯のコンソメスープと出会う。それは、父と最後の晩餐となったあの夜に食したスープとの再会だった。席を立ちあがり、シェフの織田圭二(唐沢)に訴える百恵――。

「ここで......ここで働かせてください! このコンソメスープのそばで、私働きたいんです。5年前、広尾のアバン・クレールでシェフをしていませんでしたか?」

以後、ドラマはプチ・ラパンを舞台に、シェフの織田と彼に弟子入りした、一流の舌を持ちながら料理は素人の百恵の2人を軸に進む。織田は料理には人一倍厳しく、百恵への指導も容赦しないが、対する百恵も意外と芯が強く、次第にその掛け合いは、まるで恋人同士のように――実際、百恵は密かに織田に恋心を抱いていた。

最終回、紆余曲折あって2年ぶりに再会した2人。すっかり一人前のシェフに成長した百恵の店に、織田が客として訪れたのだ。オーダーしたコンソメスープを口にして、静かに立ち上がる織田。

「ここで働かせてくれないか。このコンソメのそばで働きたい――」

OL3人で会社を起業

かように、1990年代の女性の"働く"ドラマの特徴は、天職との出会いだった。その究極の形が――今から紹介する1998年の『お仕事です!』(フジテレビ)ではなかろうか。

原作は、『東京ラブストーリー』を始めとする恋愛漫画の巨匠・柴門ふみ。そんな彼女が手掛けた1990年代後半の新境地が、女性ばかりで会社を起業する物語だった。

鶴田真由演ずるヒロイン夏子は、大手建設会社のキャリアウーマンである。しかし、セクハラやパワハラが横行する男社会の業界に嫌気が差し、悩める日々が続いた。そんなある日、会社の女性幹部候補生の野島ことり(松下由樹)から誘われる。「こんな会社辞めて、私と一緒に会社作らない?」

夏子の心は揺れた。更にことりの提案で「スタイルがよくて、髪のキレイな若い子も必要」と受付の鴨下ミキ(雛形あきこ)も仲間に加わる。紆余曲折あって、OL3人は輸入食器の会社「リトルバード」を立ち上げる――という話だった。

そう、ここに至り、女性の"働く"ドラマは、自分たちの会社を作るという、ある種の理想形に行きついたのだ。

――とはいえ、コトはそう簡単には運ばない。コンペの敗北、大量の不良品の発覚、店は閑古鳥、バーゲンによる値崩れ、多額の借金、そして倒産の危機――。

そこには、安易に夢物語にはしたくない、原作者・柴門ふみの気概があったと思われる。事実、同ドラマは、女性視聴者の共感を多く集めたことから、リアルに時代を投影していたのである。

"庶務"の仕事に光

ここで、一風変わった女性の"働く"ドラマも紹介しよう。1998年の『ショムニ』(フジテレビ)である。

ドラマの舞台は、満帆商事の総務部庶務二課、通称「ショムニ」。地下の倉庫跡にある、社内の落ちこぼればかりが集められた部署を、人はそう呼ぶ。そこで働く6人のOLたちの業務は社内の裏方の"庶務"――蛍光灯やトイレットペーパーの交換、郵便や名刺の配達、コピー用紙の補填等々だが、基本、彼女たちは会社への忠誠心や協調性はゼロ。マイペースが身上である。

物語の基本フォーマットは、そんな6人が力を合わせて、毎回社内に一泡吹かせるというもの。それまで日陰とされてきた"庶務"の仕事に光を当てた点で、画期的なコメディ作品だった。

思えば、男女雇用機会均等法の施行から十余年――裏を返せば、かつてOLたちが担わされた庶務の仕事を笑える余裕ができたということ。つまり、1990年代末の時点で、それら旧来の慣習は、やっと過去の物語と化したのである。

2大主戦場に女性が進出

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さて、時代は世紀末の1999年を迎え、女性の"働く"ドラマも大きな転換期を迎える。それまで男性の主戦場とされてきた2大分野への女性の本格的進出である。そう、他ならぬお仕事ドラマの二大巨頭――刑事ドラマと医療ドラマである。

この年、まずフジテレビで『救命病棟24時』が始まる。後に第5シーズンまで作られる人気シリーズの1作目だ。天才外科医の進藤一生(江口洋介)と研修医の小島楓(松嶋菜々子)を中心に、救命チームの活躍を描いた群像劇である。当初、セカンドライターだった福田靖サンが最終回を含むラスト2話を任され、2ndシーズン以降メインライターに昇格するなど、彼の出世作としても知られる。

同ドラマで、松嶋演ずる楓は、右も左も分からぬ研修医の身で過酷な救急センターに配属され、そこで進藤から時に罵倒されながらも、やがて一人前の医師へと成長していく。当初は理不尽な物言いの進藤に何かと突っかかるも、次第に彼の医師としての志の高さを知らされ、尊敬の念に変わるのはドラマのお約束である。

思えば、ヒロインが活躍する医療ドラマと言うと、それまで『外科医有森冴子』(日本テレビ)など一部の作品を除いて、多くは看護師(ナース)が描かれることが多かった。それが、この『救命病棟24時』以降、いわゆる「女医モノ」が定番になったことからも、同ドラマが果たした役割は大きかった。

刑事ドラマに女性が進出

そして1999年に起きた、もう一つのエポックメーキングが、テレビ朝日の『科捜研の女』である。

ご存知、現在も最新作(19シーズン)が放映中の大ヒットシリーズ。沢口靖子演ずる法医研究員・榊マリコが、内藤剛志演ずる熱血刑事・土門薫らと協力し、最新の科学捜査で事件を解決する刑事ドラマである。

もっとも、これ以前も女性刑事が活躍する刑事ドラマはあるにはあったが、彼女たちはチームのマスコット的存在だったり、少年課を担当していたり、おとり捜査など女性ならではの"武器"を使う役だったりと、どこかパターン化されたキャラ感がぬぐえなかった。
それが同ドラマでは、マリコはFBI仕込みの理系人間。科学捜査に関する知識は深いものの、日常生活はガサツで女性らしさに欠けるなど、極めて人間的に描かれた。結果、刑事ドラマにおける女性の役の可能性を広げ、以後、女性刑事が主人公のドラマが増えるキッカケになる。

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主要キャラを女性に変更

そして迎えた21世紀――。

それまで男性の主戦場と思われていた職場に、女性が進出するドラマのパターンは更なる広がりを見せる。

原作からドラマ化にあたり、主要キャラが男性から女性に変更された2001年の『カバチタレ!』(フジテレビ)もその1つだ。

同ドラマ、行政書士の事務所を舞台に、スタッフたちが法律を駆使して依頼人の抱えるトラブルを解決するというもの。カバチタレとは広島弁で「屁理屈屋」の意味。原作では男性の主要キャラ2人を、ドラマ版では共に女性に、更にバディものに仕立てるなど大胆にアレンジ。それによって原作のアクが薄まり、女性主人公が活躍する21世紀に相応しいドラマとなった。

主演は常盤貴子と深津絵里である。常盤演ずる田村希美は1話で勤務するバイク店の社長からセクハラを受け、それに抵抗して解雇される。途方に暮れる中、偶然知り合ったのが、行政書士の栄田千春(深津)だった。そして彼女のアドバイスで未払いの給料を取り戻すことに成功。それが縁で、栄田の補助者として行政書士事務所でアルバイトを始める。

そこから、正義感が強く、すぐ前のめりになる希美と、冷静沈着で有能ながら、いい男に弱い千春との名コンビのストーリーが始まる。プロデュースは、『ギフト』や『きらきらひかる』を手掛けたフジテレビの奇才・山口雅俊サンである。

深津絵里という最強の共感キャラ

さて、ここまで書いてきたように、この時期――1990年代末から21世紀初頭にかけて、女性が活躍するドラマが特にフジテレビで顕著に見られるが、そこには一人の名女優の存在があったことを忘れてはいけない。先にも触れた、深津絵里その人である。

例えば――1997年の『踊る大捜査線』では、正義感に溢れ、女性や子供など弱者が巻き込まれる事件では体を張って立ち向かう一方、美味しいものには目がない人間味あふれる恩田すみれ刑事を演じ、お茶の間の共感を集めた。

1998年の『きらきらひかる』では、死者の最後の言葉を逃すまいと、気になることは徹底して調べないと気が済まない新人監察医の天野ひかるを好演。同ドラマは脚本家・井上由美子サンの出世作となり、メインの女性4人が公私に渡って魅力的に描かれた大胆な脚色も話題を呼んだ。

1999年の『彼女たちの時代』では、26歳のOL羽村深美を演じ、カルチャースクールで知り合った同い年の太田千津(水野美紀)と浅井次子(中山忍)らと意気投合――。そんな風に、恋に仕事に悩める3人の等身大の姿は、女性視聴者の共感を誘った。脚本は岡田惠和サン。彼が師と仰ぐ山田太一サンの『想い出づくり。』へのオマージュで書かれた作品である。

そして、2002年の『恋ノチカラ』では、大手広告代理店の事務職から、ひょんなことから花形クリエイター貫井(堤真一)の誘いで転職した本宮籐子を好演。運命のいたずらに戸惑いつつも、それをキッカケに諦めていた仕事や恋に再び目覚めるアラサーOLの姿に、同世代の視聴者たちが共感した。企画したフジの石原隆サンの真骨頂とも言える傑作だった。

――かように、この時代の女性の"働く"ドラマは、深津絵里さんの独擅場だった。彼女が演じる役は、どれもスーパーウーマンじゃない。平凡なスキルの持ち主ながら、ひたむきに頑張る姿が視聴者の共感を呼んだのだ。また、仕事一辺倒じゃなく、ちゃんとプライベートに向き合う姿勢も、彼女の人間的魅力に映った。

さて、そんな風に人間的なリアリティを追求した21世紀の女性の"働く"ドラマだが、2000年代も中盤になると、次なる潮流が見えてくる。キーワードは「アラサー」と「非正規雇用」だ。

この続きは、次回とさせていただこう。

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