2017年に創立55周年を迎え、日本アニメの源流として日本アニメ界を創成期から牽引してきたアニメーションスタジオ「タツノコプロ」。『マッハGoGoGo』『科学忍者隊ガッチャマン』といったアクション作品から、『ハクション大魔王』『タイムボカンシリーズ』などのギャグ作品に、『昆虫物語みなしごハッチ』『けろっこデメタン』などのメルヘン作品とさまざまなジャンルで数多くの名作を生み出し、タツノコアニメとして多くの人々を夢中にさせ、近年も『KING OF PRISM』『Infini-T Force』『エガオノダイカ』といった作品を精力的に世に送り出し続けている。

中編となる今回もアニメーション監督の笹川ひろしに、タツノコプロ黄金期における演出家としての思い出や、キャラクターデザイン、『ハクション大魔王』誕生秘話などを語ってもらった。

前編はこちら:創立55周年!レジェンド笹川ひろしと紐解くタツノコプロの歴史

笹川は演出家として『マッハGoGoGo』を世に送り出した後も、リアル路線のアクション作品だけでなく、『ハクション大魔王』や超人気ロングランシリーズとなった『タイムボカンシリーズ』などのギャグ作品を数多く世に送り出し、テレビの前の視聴者を夢中にさせた。

「演出家ですから、シリアスもギャグもどちらもできるんですよ。ただ、ギャグ作品は自分のアイデアを入れてみたり、そこにもう一つ面白いお笑いやギャグを入れたりと楽しさはありますね。シナリオライターさんにはちょっと文句を言われていたんですけど(笑)。『新造人間キャシャーン』みたいなシリアスな作品はシナリオができていればどう表現させるかですから。強そうに見せたり、ハラハラさせたり、これは映画の手法になってきますけど、それはそれで楽しいですね。どっちも楽しかった」

笹川の何よりも"楽しむ"という気持ちが数々の斬新な演出手法を生み出し、多くの名作やヒット作を生み出したのだろう。だが、手塚治虫の専属アシスタントとして漫画家からスタートし、演出家となった笹川ならではの悩みというのもあったそうだ。

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「私は手塚治虫調の漫画しか描いてきてなかったので、吉田(竜夫)さんの画の真似はできなくて、描けないんですよ。できないものはできない。いくら頑張ろうとしても(笑)。だから、そんなアニメーターに描いてもらわなければならないのは大変ですよ。演出家はいいんですよ。『こう描いてくれ!』と言えば済みますから(笑)。ラフな絵コンテを作って、こう描いてくれとアニメーターに頼むだけですからね。問題はアニメーターがその注文通りに描けるかどうか。そこはアニメーターの才能次第ですが・・・」

当時のタツノコプロにはアニメの原画の統一感を管理する作画監督という役職は存在せず、アニメーターが描いてきた原画だけでなく動画も吉田竜夫が全て修正していたという。

「吉田さんが社長室に閉じこもって、動画を透視台の上に置いて、上から紙を置いて赤鉛筆で頬の枠線や目の位置とかを全部書き直してましたよ。1話につき5000枚ぐらいの原動画だからすごい量を描かなきゃいけないんですよね。しかも、それがみんな同じ顔とか同じ車で描かなければいけないから、大変でした。吉田さんが自分の作品の画を崩さないように全てをチェックしてましたね」

そのようなタツノコプロの厳しさが知れ渡っていながらも、だからこそタツノコプロで働きたいという人たちが入ってきた。そんな1人が、『マッハGoGoGo』が放送されていた頃に入社し、キャラクターデザイナーとしてタツノコプロで活躍後に世界的なアーティストとなる天野喜孝だ。

「天野さんという人は、まだ15歳の坊やだったんですけど、ものすごくうまいんですよ。吉田さんが嫉妬するくらい上手いんですよね。吉田さんが『俺よりすごい! 天野はすごい!』と言って、直々に教えていた」

吉田竜夫、九里一平、天野喜孝らによってデザインされた多彩で魅力あふれるキャラクターたちもタツノコアニメの魅力の一つ。1969年に放送が始まった『ハクション大魔王』のハクション大魔王とアクビちゃんに至っては、2018年にアニメの枠を飛び出し、としてYouTuberデビュー。アニメ版を見たことがない世代にも人気を博している。

「ハクション大魔王やアクビちゃんのキャラクター設定も吉田さんが描いていましたよ。吉田さんの作風はリアル系だから、最初はプロレスラーみたいなヒゲを生やした怖いハクション大魔王だったんですよ(笑)。それでパイロット版を作ったら、代理店から『あまりにもリアルで子供が怖がる』とクレームがついてね。せっかく作ったパイロット版は全て廃棄して、また一から新しいキャラクターを吉田さんが書き直しました。『ハクション大魔王』一応は注文をしたんですよ。"怖い魔王で、実は間抜けなんです"とオーダーしたんだけど、なぜかリアル系の魔王ができてしまった。さすがに私もクレームがつく前に『これ違うんだけどなぁ・・・』と思ってました(笑)。それで、一から直してハクション大魔王が可愛くなって、周りのカンちゃんとかブル公とかも可愛くなって、いい世界観ができたので本当に良かった」

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『ハクション大魔王』は2019年に50周年を迎える。総監督として携わった笹川に『ハクション大魔王』誕生を振り返ってもらった。

「私が『ハクション大魔王』を思いついたのは、どこかの温泉宿でおじさんがクシャミをして、ビクッとした時でね(笑)。そこから魔法使いがクシャミを合図に出てくる話はどうかなあと考えた。それはツボから出てくるアラジンと魔法のランプ方式で、ランプから大魔王が出るというのを腹案としてずっと抱えていたアイデアだったんですよ。それから、ある時に吉田さんから『なんかいい企画案があるだろ? 面白いのを出せ出せ!』って言われてね(笑)。それで、話をしたら『面白い! それやろう!』ということでスタートしたんです。吉田さんがキャラクターを描き始めて1回目は怖い大魔王ができちゃって失敗しましたけど、結果的にはちゃんと放送できました」

タツノコプロのアニメ作品を年表として並べると、リアル路線のアクション、ギャグ、メルヘンといった作品が交互に制作されていることが分かる。笹川はそこにはある意図があったと語る。

「そういうギャグものやメルヘンものが途中にあるからリアル路線も続けられたんですよ。リアル路線を連続してやっていたら体が持たなかった。それはね、プロダクションの作品の幅を広げるのと同時に制作の緩和として役に立ったと思うんですよね。年代を追っていくとリアル路線の間にギャグ路線があるでしょ。それは、アニメーターさんの負担を減らす必要があって、うまいこと作画負担を軽くすることができたんですよ。そうすることで、余った力を使って次の企画を考えていくんですよ」

(後編につづく)

前編はこちら:創立55周年!レジェンド笹川ひろしと紐解くタツノコプロの歴史

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