バブル崩壊後の日本を舞台に、「ハゲタカファンド」と呼ばれた投資ファンドを取り巻く人や金を描いてきた、小説家・真山仁氏のハゲタカシリーズ。数々の巨大企業買収をめぐる物語はドラマや映画としてもヒットしてきた。
4月15日(金)にテレビ東京でスタートしたドラマ『スパイラル~町工場の奇跡~』はシリーズではじめて町工場を舞台に描かれたスピンオフ小説の映像化だ。人気キャラクターである企業再生家・芝野健夫を中心にし、派手な買収劇でもなく、ハゲタカが主人公でもない。日本経済の原点でもある"中小企業"が直面している問題に真っ向から挑み、新たな「生き残り」の形を模索していく・・・。シリーズ史上、最も「苦労した」という原作『ハゲタカ4.5/スパイラル』(以下『スパイラル』)について真山氏にインタビューを行った。今回はその前編。
『スパイラル』を選ぶテレ東は勇気があるなと思いました
――ドラマ『スパイラル』の放送が始まりましたが、まず映像化への思いを伺えますか?
最初は「ほんとに!?」と思いました。ハゲタカシリーズの中ではもっとも地味だし、主役の鷲津はほとんど出ていないし、華もない。作風は浪花節っぽいけれど、義理人情なんてこれまでのハゲタカシリーズからは遠い要素なので、ドラマ化するのにハゲタカシリーズの強みを全部無くした『スパイラル』を選ぶのは、勇気あるなぁと思いました(笑)。
――ハゲタカシリーズには珍しく、シビアさだけでなく人の温かさが強い作品ですね。
『スパイラル』では、シビアさの中に必然性のある温かさを存在させたかった。この作品だからこそ人情が必要で、人情があるからこそ繋がりがあり地域があった、という物語にしないといけないと考えていました。
――リーマンショック、3Dプリンタブームなど、誰もが聞いたことのある現実の出来事が背景にあり、リアリティを感じられる作品でもありますね。
小説はフィクションですが、読んでいる間は、別の人生を疑似体験できます。エンターテインメントとして小説を楽しみつつも、自分の生活に活かせる知識や発見を得てほしい。私は小説を通じて、社会で起きている見過ごされがちな事象や問題に光を当て、読者が考えるきっかけを与えたいと思っています。特に、ハゲタカシリーズは結果として時代を映した"歴史小説"のようになっているので、そのような魅力を感じていただけているのかなと思います。
図ったかのような結末の裏には――
――町工場(中小企業)が舞台となるのは、ハゲタカシリーズ初です。なぜ大企業買収が見どころのハゲタカシリーズで町工場を舞台にしたのですか?
『スパイラル』は、廃業寸前のマジテックという中小企業の再生に芝野が乗り出すという話ですが、このマジテックは、ハゲタカシリーズ3作目『レッドゾーン』から登場している町工場です。『レッドゾーン』のメインの物語は、日本最大の企業の買収です。それと平行して、日本の原点でありもっともミニマムな町工場を再生させられれば、日本企業の「最大」と「最小」を対照的に描けるなと思いました。大企業と町工場のふたつの物語がひとつになった時に、『レッドゾーン』のテーマが完結するようにと考えて連載を始めました。けれども連載も大詰めの段階で、とてもじゃないけど町工場では、技術的な問題で私が想定していたようにはを解決できないということが発覚し、マジテックの企業再生は中途半端な状態で小説を終わらせました。
シリーズ4作目『グリード』の連載中も、引き続き解決の道を探りました。物語のメインはリーマンショック前後のアメリカだったので、そちらの取材もしながら、全国のいろんな町工場に取材に行きました。しかし、そもそも芝野は、銀行出身の企業再生家(ターンアラウンドマネージャー)で、リストラとお金しか触れない。さらにマジテックには良い営業先やヒット商品もなく、なかなか企業再生できる方法が見つからなかった。そこで、連載が終わる前に、『グリード』の版元の講談社に「単行本では、マジテックは全部カットします」と告げました。しかし、私としては広げた風呂敷を畳まなければいけない。「必ずどこかでなんらかの形でマジテックの結末を書こう」と背水の陣で再取材し、なんとか結末を見つけられました。
――そんな苦労をされていたとは思えないほど、最初から想定していたかのようなラストでした。
結果的に、まるで図ったかのような結末に見えるかもしれませんが、何度も書き直しました。こんなにラストを考えるのに時間がかかった小説は初めてですが、最後まで諦めなかったおかげで、答えが見つかりました。
『スパイラル』を描いたことで生まれたハゲタカシリーズの変化
――初めて町工場を舞台に小説を書いてみて、いかがでしたか?
『スパイラル』を書いたことで、日本の経済を見る目も、その後の「ハゲタカ」シリーズも変わりました。本作で一番重要なのは、実は芝野はちっともスーパーマンじゃなかったという気付きです。マジテックの再生に乗り出して初めて、芝野は「自分がやってきたことは、大手企業でしか通用しないんだ」と思い知り、そこで芝野は変わることができました。それは、書いている私も同じでした。
私は、企業が「生き残る」とは、潰れそうでも借金まみれでも会社の名前を残すことだと思っていました。ところが現実はそうではないことに気付き、視点や発想を変えたことで、どうすればマジテックが生き残れるかという可能性がやっと見つかりました。『スパイラル』では、そこで辿り着いた別の「生き残る」方法を描いたのです。それによって、多くの方が思い込んでいる「中小企業は厳しい状況も耐え、生き残って家業を守るべき」という"常識"を打ち破れれば、この小説を書いた意味がでてくるでしょう。
――小説を出版した反響はいかがでしたか?
中小企業についての講演依頼が増えて驚きました。おそらく「中小企業はどうすれば生まれ変われるか、生き残れるか」と願っている方が多いのでしょうね。しかし、私は講演会で「中小企業は潰れて当然だ」と言うわけです(笑)。「あれを切りなさい」「これをカットしなさい」「こうする覚悟はありますか」と問うと、彼らも目が覚めるようでした。
つまり、中小企業には「なにかにすがらなきゃ」と思わされている方がいっぱいいるけれど、それは違うという話を聞いて、「自分の二本足でどうやって立つのか」という発想に切り替えられる人もいる。たとえば経営者自身がパソコンを使えなくても、お孫さんに頼めばウェブサイトくらい作れるでしょうし、動画をYouTubeで配信するのは無料でできる。そんなことも町工場の経営者の多くは知りません。そういった小さなヒントが『スパイラル』には出てきます。今回ドラマになることで、より多くの方に見ていただき、中小企業に対する負の"思い込み"が拭えるといいなと思っています。
ドラマ Biz『スパイラル~町工場の奇跡~』はテレビ東京にて毎週月曜よる10:00より放送。その後、動画配信サービス「Paravi(パラビ)」でも配信される。
(C)テレビ東京 (C)Paravi
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