TBS×Paravi(パラビ)スペシャルドラマとして、Season1(全8話)、Season2(全9話)が制作された『新しい王様』。物語の核となる"2人の王様"を、藤原竜也と香川照之という実力派俳優が演じ、作品全体に社会派の香りを漂わせつつ、テンポの良い会話劇で重くなりすぎずに人間の本音や欲望を描いていく様が痛快と、パラビでの配信開始時から注目を集めた。

監督を務めるのは、プロデュース作にドラマ『ナニワ金融道』シリーズ、映画『カイジ 人生逆転ゲーム』、監督作にドラマ『闇金ウシジマくん』シリーズなど、多くの映像作品でお金にまつわる世界を描いてきた山口雅俊氏。今回、大手出版社の編集として『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)など、多くのヒット作品を担当した経験を持つ株式会社CORK(コルク)の代表取締役会長・佐渡島庸平氏にインタビュアーとして登場いただき、ドラマ『新しい王様』の魅力と企画・制作のプロセスについて山口監督に鋭く切り込んでもらった。

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エピソードがある=キャラが立つということは、物語を作るうえで一番大事で、一番難しいこと

佐渡島:本日は"観察と創作"というテーマで山口雅俊監督にお話をしたくて、この場を設けさせていただきました。現在放送中のドラマ『新しい王様』(TBS系/Paravi)で、山口監督はプロデュース・脚本・演出を担当し作品に深くかかわっていますが、作り手として監督の考えがドラマにどのように反映されているのか、また監督の中でこの物語がどのように熟成されていったのかを伺えればと思います。

と、堅いことを言いましたが、自分の興味の赴くままに突っ込んでいけたらと思っていますので、よろしくお願いします(笑)。最初に、僕が知る限り作品作りにおいて「プロデュース」「脚本」「演出」を一人の人間が兼ねるというのは今まで聞いたことがないのですが、まずはその経緯からお話いただけますか?

山口:本当は一人三役なんてやりたくないんですが厳しい現場でプロデューサーが逃げたりして仕方なく(笑)。もともと長く私自身の頭の中にあった構想なので人に任せるよりも自分で脚本を書いて撮る方が早かったりそもそも人に任せられないというのが理由として挙げられますが・・・自分で脚本書いて監督するときはプロデューサーまでは全然やりたくないんです(笑)。苦しみながら自分の中で別人格を作って、それぞれの立場で「これでいいのか?」と言い合って進めているわけですよ。

佐渡島:確かに以前、Twitterで「早くプロデューサーを育てなきゃ」とつぶやいていましたね。

山口:ただ連続ドラマでの全話脚本、全話演出というのは実験的に一回やってみたかったことなのですが。ひとりで全ての作業をやる利点は機動性というか。現場で台本に直しが必要ではないかといった場合は、速やかに脚本家と連絡を取るかよほど脚本家と信頼関係があるかでないとうまくいかないけれど、今回は私自身が脚本家であり演出家でありプロデューサーなのですぐに対応出来たりはするんです。ただすぐに対応でき過ぎて脚本を現場で直し過ぎて役者さんには申し訳ない(笑)。

佐渡島:それは、フットワークが軽くていい(笑)。でも3人で議論を戦わせるのと違い、一人の人間の中で三つの人格を戦わせるのは、ちょっとシンドイ作業ですね。

山口:はい。でもまあ小説家にとっての小説とは違って、脚本は結局のところ作品の"設計図"。ベテランの脚本であっても新人の人の脚本であっても、設計図である以上は日々変遷するものだと僕は思うんです。脚本家の手を離れた瞬間から状況に応じて変遷「すべきもの」なんですよ。もちろん根底にはお互いを尊重する気持ちと信頼関係があることが前提ですけど。

佐渡島:山口さんが作品を作る上で大事にしていることは何でしょう?

山口:いま映像のエンターテインメント業界に一番不足しているのが「エピソード」だと思います。表面的に描けてはいても、そこに「人を惹きつけるエピソード」がないと心を動かすキャラクターやドラマは描けない。人間が描けない。
僕がプロデューサーとして脚本家と向き合う時の状況は、佐渡島さんが編集者として漫画家さんたちと向き合う作業と似ているんじゃないでしょうか。

作家と話が煮詰まった時など、打開して先に進めるためには"何か"ヒントを出していかなきゃいけない。時間軸やソースなど関係なく「以前こういう話を聞いた」とか「こんな夢を見た」とか、あらゆるエピソードを放り込む作業をしますよね? 自分としては無意識に溜めていたアイデアをアウトプットしているだけで、この段階では時間の前後関係や因果関係やあらすじとの整合性はさほど重要視していないわけです。でも大事なことはそういうエピソードを潤沢に持っていつでもそれを引き出して放り込めることなわけで。

佐渡島:僕らが打ち合わせで言うところの"キャラが立ち上がる瞬間"という事でしょうか?その人物がどんな人間かが分かる要素を放り込むというか・・・。『新しい王様』の話に戻しますが、第1話で香川照之さんが演じる越中が若い女の子に自己紹介をする時に「フリーターのエッちゃんです♪」って言うじゃないですか。あの台詞はあってもなくても物語全体には関係ないと思うんですが、ドラマを30分見終わった後には、あの「フリーターのエッちゃん」という台詞で越中のキャラクターが際立つなと実感したんですよね。それも山口さんが言うところの"エピソード"のひとつですか?

山口:越中が若い女の子たちにレスポンスするリアルなノリの良さはもちろんですが、自分の正体を隠しつつ会話の中でだんだん自分の正体を明かしてしまう、むしろ明かして実はチヤホヤされたいという隠れた願望や脇の甘さ、お金持ちなのに自分のことを「フリーター」と言う自己陶酔。そんなキャラクターへの愛情を込めた「フリーターのエッちゃんです」というセリフです(笑)。

囲っていた女の子が離れていった時に彼女を住まわせていたアパートの家賃を日割り計算で請求するセコさとかもそうです。

佐渡島:逆に、そのセコさ=細かさが、投資家として大きなお金を扱うところでの油断を生まない越中の強さかもしれないと思うと、さらにリアリティが増しますよね(笑)。そう考えると、『新しい王様』は今の時代の物語というより、寓話のような普遍的な物語になるのかな? なんだか教訓めいたものを感じます。

山口:タイトルの『新しい王様』も、童話みたいな印象ですしね(笑)。

佐渡島:先ほどの「キャラが立ち上がる」という言葉で思い出したのですが、某漫画家さんを長く担当されている編集さんで面白い方がいるんです。「老眼鏡をいろんなところに忘れちゃう」って、ある日手持ちのシャツをお直しに出して「全部に胸ポケットを付けた。これでもう老眼鏡をなくさない」っておっしゃっていたのですが、その方が帰った後のテーブルには忘れ物の老眼鏡が・・・。それってすごく個人の性格を表すエピソードだなって思いません?

漫画にするなら最初にそれを2~3ページ使って描けば、その後どういうミスをやっても「あぁ、あの人なら」って妙にリアリティがある。そんなリアリティが立ち上がるような"何か"を作品の中に入れ込むことが、一番難しいんですけどね。『新しい王様』は庶民感覚からはズレている物語ですけど、キャラ立てが上手くできていることでリアリティを持った物語になっているんだなと改めて思います。

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山口:「エピソード」とか「リアリティ」で想い出したのですが中居正広くん主演のドラマ「ナニワ金融道」で、青木雄二さんの原作にもあった「0号不渡りによる手形の凍結」というネタをやったことがあって。これは手形の交換所ではなく裁判所が手形の支払いを停止させるという裏ワザで、善意の第三者にも対抗できるというものすごい必殺技なんです。裁判官とは言え、地方の裁判所の支部で、見た目普通のおじさんが小部屋で大金が絡んで人の人生が大きく変わるような重大な手続きを粛々とする。でもそんな優れたエピソードなのにその面白さを監督を始めとする作り手が理解していないと「裁判」と聞いて多くの方がイメージするような立派な裁判所をイメージしてそういうセットやロケ場所で撮影してしまう。でも本当は小さな部屋で普通のおじさんが他人の人生を左右する重大な判断をする面白さが狙いなわけだから。エピソードとリアリティは補完し合うものなのです。

佐渡島:小さな部屋で顔を突き合わせて大人たちが喧々諤々する様は、たとえ台詞になくても当事者たちの哀愁がめちゃめちゃ伝わってきますけど。そのイメージを共有するのも作り手としては大事ですよね。イメージといえば、いい作家であればあるほど映像化の時点でもめるものなんですよ。例えば『宇宙兄弟』のアニメ化の時には、アニメスタッフが描いた設計図・・・それはシャロンの部屋の設計図だったんですけど、それを見た小山宙哉先生は「絶対ダメ!六太とシャロンが話すシーンは、ピアノのすぐ横で小さい声で話しているからこの感情が生まれるんです。これだとイスとピアノが離れすぎていて相手に向かって大きな声で話すことになる。そのシチュエーションだと生まれない感情を描いているのだから、この見取り図は絶対にダメです!」と頑として言うんです。

たくさんの人が関わる現場で作業するには、決めごとや設計図をたくさん作らないと混乱が生じるけれど、小山先生の中では「六太は絶対にこの色の服は着ていない」といったように明確なルールがある。漫画ではモノクロで描かれているから服の色は分からないけれど、小山先生にとってはメチャメチャ気になることだし、こだわりでもある。でもそのレベルで世界観を構築したことがない人にしたら、ただの「細かい口出し」になってしまうんですね。

山口:漫画家にせよ画や映像に関わる優れたクリエーターの方には、描かれている以外に見えている世界がたくさんあるのですね。コマに切り取られている範囲やカメラが向いている方向の逆方向というか背後とか。それこそがドラマを裏打ちする重要な要素だったり。

佐渡島:本当にそうなんです。編集者の仕事で一番重要なのは"何"かというと、例えば新人漫画家の原稿を見る時に、多くの人は「あらすじが完結しているか」「面白いか」「読みやすいか」を考えて見ますが、本当に重要なのは物語の裏側にあふれ出てくるものがあるかということ。僕が見てきた限り新人の原稿は"そこ"がすべからく足りないんです。

でも"それ"がちょっとでもあれば、少し指摘するだけで出てくるんですよ。それが作家と向き合う上で一番重要なものだと僕は思っています。

『新しい王様』はパラビにてSeason1、Season2全話配信中。

(後編に続く)

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