俗に、ドラマは時代の鏡という。
そして、ラブストーリーにとっては、2人に間に立ち塞がる"カセ"こそが、時代を映すバロメーターとも――。

古くは、戦争が愛する2人の仲を非情にも切り裂いた。60年代から70年代にかけては「不治の病」が恋愛ドラマを盛り上げる重要なファクターとなった。その後、平和な時代が長く続いて、医療も進化すると、80年代はテレビの娯楽志向が進み、2人の愛を阻むカセ自体がエンタメ化した。

いよいよラブストーリーは作りにくい時代になったかと思われたが、90年代になると一転、『東京ラブストーリー』を起点にリアルな恋愛ドラマの時代が到来。丁寧なエピソードや台詞を積み重ねることで、カセはよりパーソナルな方向へと進化する。それは「教師と生徒」の禁断の愛だったり、2人の間に立ち塞がる「障がい」の壁だったり、許されざる「不倫」だったり――。

そして、巡り巡って90年代末、再びあのカセがクローズアップされる。不治の病である。

本コラムでは、前・中・後編に分けて、時代ごとに恋愛ドラマの変遷を辿っていく。今回はその後編をお届け。

前編:再燃する「恋愛ドラマ」を紐解く ~すべてはロミジュリからはじまった~

中編:再燃する「恋愛ドラマ」を紐解く ~エンタメ化から等身大へ~

時代は繰り返す

時に1998年、1本の恋愛ドラマがセンセーショナルに登場する。HIV感染をテーマにしたラブストーリー、浅野妙子脚本の『神様、もう少しだけ』(フジテレビ系)である。

そう、かつて一世を風靡しながら、医療の進化と共に恋愛ドラマから姿を消したと思われたカセ"不治の病"――。それが再びクローズアップされたのだ。背景に、90年代を席捲した世界的なエイズ問題があった。

まさに、ドラマは時代の鏡。同問題は80年代後半から欧米では関心が高かったが、それが遅れて日本にも波及したのが、90年代の後半だった。ドラマはそのタイミングで企画されたものである。

主演は、海外で活躍するハーフ俳優・金城武と、新人の深田恭子。物語は、援助交際が元でHIVに感染した女子高生・真生(深田恭子)と、人気音楽プロデューサー・啓吾(金城武)の禁断のラブストーリーだった。物語の終盤、周囲の偏見や誤解、妨害などを乗り越え、ようやく2人は結ばれる。しかし、間もなく真生はエイズを発症、そして妊娠も明らかに。最後は、自らの命を懸けて出産を選んだ真生と、それを支える啓吾の絆が描かれる。果たして、新しい命の行方は――。

ドラマは大反響を巻き起こした。新人の深田恭子は一躍スターダムへ駆け上がり、金城武も日本でブレイクする。それまでメジャーシーンで語られる機会の少なかったエイズ問題が若年層へも啓蒙できた点で、この物語が作られた意義はあった。

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ラブストーリー冬の時代へ

そして、時代は21世紀を迎える。
その幕開け――2001年1月に登場した『HERO』(フジテレビ系)は、主演・木村拓哉の好演と脚本・福田靖の筆力もあって大ヒット。しかし――その偉業を機に、テレビ界はお仕事ドラマ全盛期に突入する。

かつて一世を風靡した恋愛ドラマは脇へと追いやられ、それに呼応するかのように、若者のテレビ離れも叫ばれるように。背景に、ネットの急速な普及があった。そう、ラブストーリー冬の時代の到来である。

だが、そんな逆風の中でも、2004年に放映された1本の恋愛ドラマが脚光を浴びる。山田孝之・綾瀬はるか主演の『世界の中心で、愛を叫ぶ』(TBS系)である。

同ドラマは、大ベストセラーとなった片山恭一の同名小説を原作に、森下佳子の脚色で独自のストーリーに仕立てたもの。一組の高校生カップルが青春を謳歌しつつも、ある日、恋人が白血病と発覚して、次第に衰弱する中、愛を深め合う物語である。

特筆すべきは、かつてラブストーリーのカセとして一世を風靡した"白血病"が、再び脚光を浴びたこと。現代では治療法も進み、もはや不治の病と呼ばれなくなったが、それが成立したのは、物語の舞台が1980年代で、現代から回想するスタイルで描かれたからである。大人になった主人公を緒方直人が演じ、30代や40代の視聴者でも感情移入できる構造だった。

最終回、白血病を患うアキ(綾瀬はるか)を連れ、恋人のサク(山田孝之)は2人の約束の地、オーストラリアを目指すべく空港へ向かう。しかし、出発間際でアキは意識不明に──。

死の間際まで愛を貫く2人の姿に、お茶の間は感動。病魔に侵されたヒロインをリアルに演じるために剃髪して役に臨んだ綾瀬はるかは一躍脚光を浴び、また脚本の森下佳子の出世作となった。

大人のピュアな恋愛ドラマ

若者のテレビ離れと、ラブストーリー冬の時代――。
その流れは、"大人のピュアな恋愛ドラマ"という新たなるジャンルの作品を生み出す。2005年に放送された『結婚できない男』(フジテレビ系)である。

主人公・桑野(阿部寛)は、顔は二枚目で、仕事のできる建築家。女性は嫌いではないものの、絶望的に協調性に欠け、一人で食事をとることにも抵抗がない。結婚は「百害あって一利なし」と理論武装し、頑なに独身を貫いている。

そんな彼がある時、腹痛を起こして担ぎ込まれた病院で、独身のアラフォー女医の夏美(夏川結衣)と知り合う。2人は何かと辛らつな言葉を交わし合うが、次第に互いが気になる存在に――。

アラフォー男女のラブストーリーは、晩婚化が進む社会情勢を反映したものだった。しかも、その恋を阻むカセは、互いの意固地な"結婚観"という心理的な壁。2人の皮肉の応酬は、傍から見れば痴話喧嘩のようでもあり、まるでティーンエージャーのようなピュアな展開に、お茶の間は引き込まれ、ドラマは大ヒットした。

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震災が隔てた2人の絆

ラブストーリーのカセは、時代の鏡――。
まさに、それを体現するようなドラマが登場したのが、2013年である。新垣結衣主演、野木亜紀子脚本の『空飛ぶ広報室』(TBS系)がそう。同ドラマ、有川浩の小説を脚色したもので、物語のクライマックスに用意されていたのが、あの2011年3月11日に起きた東日本大震災だった。

主人公・稲葉リカ(新垣結衣)は元報道記者で、ある失態から情報局へ異動し、今は情報番組のディレクターの身。そんな彼女が担当する取材先が、航空自衛隊の広報室――というところから物語は始まる。一方、広報室の窓口担当の空井大祐(綾野剛)もまた、元は戦闘機のパイロットだったが、不慮の事故から広報室へ異動した経歴の持ち主だった。

互いに、今の自分の職場に不満を抱える2人。当初は、そんな気持ちがついオモテに出て、何かと反発し合う関係だったが、次第にお互いを理解し、自らの仕事にも誇りを持つようになり――気づけば恋愛感情へと発展する。しかし、いよいよ思いがピークを迎え、翌日に再会を約束したその日に――東日本大震災が起きる。

最終回、震災から2年が経過し、2人はあの日から離れ離れのまま――。そんなある日、被災地の宮城県・松島基地の取材で2人は再会を果たす。そして、空井から震災の日の出来事を聞かされるうち、リカは失われた時間を取り戻していく。気がつけば、抱き合う2人の姿があった。

晴れて、結婚したリカと空井。当面、松島と東京の遠距離別居婚状態だが、2人は心配していない。なぜなら――「空は、繋がっています」。

同ドラマは大ヒットして、2人の主役の人気と共に、脚本家・野木亜紀子の名前も一躍クローズアップされる。久しく描かれなかった恋愛ドラマの復活を予感させる、歴史的一作となった。

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新垣結衣×野木亜紀子再び

そして、時代は2015年を迎え、まだ記憶に新しい、あの大ヒットドラマが登場する。先の『空飛ぶ広報室』の主演・新垣結衣と脚本・野木亜紀子の座組が再現された『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)である。

物語は、主人公の森山みくり(新垣結衣)が派遣切りに遭い、無職になるところから始まる。見かねた父親の紹介で、元・部下の津崎平匡(星野源)の家事代行サービスの仕事に就く、みくり。当初、2人は家主と業者という関係だったが、互いのメリットを追求するうち、「契約結婚」する。外面は夫婦を装いつつも、みくりは住み込みの家政婦となった。

そんな風にして始まった奇妙な同居生活。互いのプライベートに立ち入らないのが基本ルールだが、周囲から偽装結婚を疑われるようになり、それを誤魔化すために、週に一度「ハグの日」を設ける。親近感を醸し出すのが目的だったが、次第に2人の間に本当の恋愛感情が芽生える。しかし、あくまで2人は雇用主と従業員の関係。互いに本心を打ち明けられない日々が続く――。

そう、それは、新しい恋愛ドラマの"カセ"だった。近年、欧米などで広まりつつある「事実婚」を取り入れたもので、まさに時代の鏡。同ドラマの場合、下手に契約結婚したばかりに、本当の結婚に踏み出せなくなり、逆にそれが2人の"純愛"を盛り上げる結果に――。

ドラマは回を追うごとに視聴率も上昇し、社会現象となった。恋愛ドラマ史におけるエポックメーキングな作品であることに、異論の余地はないだろう。

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戻ってきた恋愛ドラマ

そして――話は本コラムの連載の冒頭に戻る。
この10月クール、プライムタイムに恋愛ドラマが4本も並び、これは近年にない異例の事態である。

中でも今クール、特にその"カセ"が印象的で、禁断の恋愛ドラマと言われるのが、『中学聖日記』と『大恋愛』(ともにTBS系)だろう。前者は教師と生徒の禁断の愛の物語であり、後者は若年性アルツハイマーという不治の病に立ち向かう、2人の絆のストーリーだ。

俗に、時代は繰り返すというが、この2つのカセも再三、歴代のラブストーリーを盛り上げてきた経緯を持つ。それが今再び巡ってきたのは、倫理観とか、現実的思考といった、いわゆる世間の常識に縛られたくない――そんなお茶の間の心理が反映された結果かもしれない。

そう、ドラマは時代の鏡であり、恋愛ドラマにおいては、そのカセが時代を映すバロメーターとなる。

恋愛ドラマを見れば、今の時代が見えてくる。そして、カセを乗り越える2人の愛から、僕らは多くの勇気をもらう――。

明日を、生きるための勇気である。

「世界の中心で、愛をさけぶ」(C)TBS (C)片山恭一・小学館
「空飛ぶ広報室」(C)TBS
「逃げるは恥だが役に立つ」(C)TBS/(C)海野つなみ「逃げるは恥だが役に立つ」(講談社「Kiss」連載)
「中学聖日記」(C)TBS (C)かわかみじゅんこ/祥伝社
「大恋愛」(C)TBS