今期――2018年10月クールの連ドラは、プライムタイム(19:00~23:00)に恋愛ドラマが4本も並ぶ。この数字は、近年ではちょっと異例である。
思えば、このところずっとプライムタイムの連ドラは、刑事モノや医療モノを始めとした、いわゆるお仕事系のドラマが主流だった。90年代に一世を風靡した恋愛ドラマは、近年は少数派。若者がネットに分散し、テレビの視聴者の平均年齢が上がったことも一因とされる。もはやラブストーリーは、深夜ドラマか映画館で見るものに――。
――と思われていた。ところが、今期は何やら様相が違う。『大恋愛』『中学聖日記』(以上、TBS系)、『獣になれない私たち』(日本テレビ系)、『黄昏流星群』(フジテレビ系)と、実に4本もの恋愛ドラマがプライムタイムに並ぶのだ。
そう言えば先日、優れたドラマに贈られる「東京ドラマアウォード」で『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)が2018年のグランプリに輝いた。もしかしたら今、恋愛ドラマが再び来ているのかもしれない。それも『おっさんずラブ』が前代未聞の男性同士の愛を描いたように、いわゆる"禁断の愛"のドラマが。
そう、禁断の愛――。
業界用語では、その種の2人の愛を妨げるハードルを「カセ」と呼ぶ。好き合っている2人だが、ある理由でなかなか結ばれない。それでも数々の障害を乗り越え、2人は――という王道フォーマットである。今期で言えば、『大恋愛』と『中学聖日記』がこれに該当する。
なぜ、平成も終わりを迎えるこの時代に、恋愛ドラマが再び脚光を浴びているのか。そして――人々はそこに何を求めているのか。それを解明するには、まずは恋愛ドラマ・・・それも"禁断の恋愛ドラマ"の歴史を紐解くところから始めなければならない。
本コラムでは、前・中・後編に分けて、時代ごとに恋愛ドラマの変遷を辿っていく。今回はその前編をお届け。
中編:再燃する「恋愛ドラマ」を紐解く ~エンタメ化から等身大へ~
後編:再燃する「恋愛ドラマ」を紐解く ~カセこそ時代のバロメーター~
すべては「ロミオとジュリエット」から始まった
今日の禁断の恋愛ドラマの元を辿れば、この物語に行きつくと言っても過言ではない。ご存知、16世紀の終わりにウィリアム・シェイクスピアによって書かれた戯曲「ロミオとジュリエット」である。
物語の舞台は、中世イタリアのヴェローナ。いがみ合う2つの旧家――モンタギュー家とキャピュレット家にはそれぞれ一人息子と一人娘がおり、名をロミオとジュリエットといった。2人は舞踏会で知り合い、恋に落ちるが、いがみ合う両家という"カセ"に阻まれ、結婚を許されない――というのが物語の基本プロット。
2人は結婚を成就させるために様々な行動に出るが、いずれも叶わない。最後は駆け落ちを試みるが、ほんの行き違いから2人とも自ら死を選んでしまうという悲劇である。
世界で最も有名なラブストーリーであり、これ以降に生まれた恋愛モノの小説や映画は、大体、このプロットを踏襲している。もっとも「ロミオとジュリエット」自体、元ネタはギリシャ神話の「ピュラモスとティスベ」と言われており、そうなると紀元前から存在する鉄板のプロットになる。もう、ラブストーリーにおけるカセは、人類のDNAに備わっていると言っても過言じゃない。
日本の恋愛ドラマの扉を開けた『愛と死をみつめて』
つまるところ、ラブストーリーのルーツは「ロミオとジュリエット」にあり、その主題は"禁断の愛"――つまり、恋愛ドラマはいかにして主人公の男女の間に"カセ"を作るかがカギになる。
もちろん、カセはいがみ合う両家の存在ばかりではない。貧富の差や不治の病といった個人的なものから、戦争、災害、差別といった社会的事象もカセの対象になる。俗に「ドラマは時代の鏡」というが、恋愛ドラマにおいては、このカセが時代を映すバロメーターとも。
そこで、日本の恋愛ドラマである。
意外にも、その扉を開けたのは、後にホームドラマで一世を風靡する脚本家、橋田壽賀子であった。
時に1964年4月、枠はTBSの東芝日曜劇場、タイトルは『愛と死をみつめて』――前年、軟骨肉腫で亡くなった女子大生・大島みち子さんと恋人・河野実さんの実話をもとにした純愛・難病ドラマである。
物語は、愛し合う2人の間に、"不治の病"というカセが大きく立ちはだかる中で進行する。みち子(ミコ)と実(マコ)は東京と大阪に離れて暮らしながら往復書簡を交わし、励まし合い、来るべき退院の日を待ち望むが――非情にもミコは21歳の若さで天国へ旅立つ。主演は、大空真弓と山本学。同ドラマは日曜劇場初の前後編として放送され、大反響を呼んだ。
この時のドラマ化の経緯が面白い。同枠を担当する石井ふく子プロデューサーが同名原作本(ちなみに160万部のベストセラー)の脚本を橋田さんに依頼したところ、出来上がってきた本が明らかにぶ厚い。同枠は一話完結が慣例なのだ。
「これ、1時間に収まる?」
「2時間はかかりますね」
「短くできない?」
「無理です。どうしても切れと言うなら、降ります」
「ちょっと待って」
――石井P、その場で脚本を読み始めた。そして読み終えるとひと言「これは切れないわね。分かった、私がなんとかする」
そして、その足で東芝の宣伝部へ出向き、前後編を打診する。これに担当者が難色を示すと「あらそう。だったらこの本、ナショナル劇場に持っていくわ」「そ、それは困ります!」
後日、この話を聞かされた橋田さんは、一生、石井Pについて行くと心の中で誓ったそう。これがプロデューサーの仕事である。
70年代のカセは白血病
『愛と死をみつめて』から6年後、アメリカで公開された1本の恋愛映画が、その年最大のヒットを放った。アーサー・ヒラー監督の『ある愛の詩』である。
それは、家柄の違いを乗り越え、愛し合う2人が結婚するも、若き妻が"白血病"に侵され、余命いくばくもない体になる話。一歩一歩、死へと向かいながらも愛を深め合う2人の姿に、多くの観客が涙した。この時代、日米で共に不治の病というカセを持つラブストーリーが共感を集めたのは、興味深い。
その流れは、あのシリーズドラマにも波及した。「赤い」シリーズ(TBS系)の2作目、1975年放送の『赤い疑惑』である。山口百恵と三浦友和が初めて共演した作品であり、視聴率も度々30%を超えるヒット作となった。
百恵演ずる高校生の幸子は白血病に侵され、明日をも知れぬ命に。そんな彼女を支えるのが、友和演ずる医大生の光夫だった。2人はいつしか惹かれ合う仲になるが、物語の終盤、彼らが異母兄妹だったことが判明する。"不治の病"と"異母兄妹"という2つのカセが絡み合う、壮絶なラブストーリーだった。
一説には、同ドラマをオマージュして作られたのが、韓流ドラマの『冬のソナタ』と言われる。
究極の「カセ」は戦争
先に挙げた60年代から70年代にかけての3作品『愛と死をみつめて』『ある愛の詩』『赤い疑惑』に共通するカセは、不治の病である。それは、現代と比べて医学がまだ発展途上だった時代背景もあるが、もう一つ――平和な時代であったことも見過ごせない。なぜなら、それ以前の時代は長く「戦争」こそが、ラブストーリーにおける最大のカセだったからである。
1977年に放送され、高視聴率を獲得した日本初の3時間ドラマ『海は蘇る』(TBS系)は、まさにそれを描いた作品だった。
同ドラマ、日本海軍の近代化に尽力した山本権兵衛(仲代達矢)の半生を軸に、明治の開国から日露戦争に至るまでの日本の近代史を描いた物語である。中盤以降はもう一人の主役、若き海軍士官の広瀬武夫(加藤剛)が登場し、海軍留学生としてロシアへ渡る。そして、かの地の社交界に出入りするうち、子爵令嬢アリアズナと出会い、劇的な恋に落ちる。だが、時勢は次第に日露戦争へと傾き、遂に2人は引き離され、広瀬は帰国の途に――。
『海は蘇る』は制作費1億円をかけた超大作で、大きな反響を残した。"戦争"という究極のカセで引き離される国境を超えた愛に、お茶の間が涙した結果である。
(中編に続く)
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