毎月第二金曜から5日間、渋谷のユーロスペースにて開催されている「渋谷らくご(通称:シブラク)」。動画配信サービス「Paravi(パラビ)」が、毎週「ぷらすと×Paravi」の中で生中継するなど、初心者でも安心して楽しめる"落語"として、新たなファン開拓に一役買ってきた。本インタビューでは、キュレーターであるサンキュータツオ氏に、落語を取り巻く現状からこれからの「渋谷らくご」に思うことなどを聞いた。今回はその前編。
――昨今、落語がブームとなってきていますが、タツオさんは現状をどうご覧になっていますか?
ブームというような一過性のものではないと感じています。2000年代に入って、TVドラマの『タイガー&ドラゴン』(TBS)や『ちりとてちん』(NHK)、映画でいうと『しゃべれども しゃべれども』『落語物語』、さらに漫画作品の『昭和元禄落語心中』が出てきてアニメ化されたり、ドラマ化されたりしました。こういったメディアミックスコンテンツが充実してきて、それまで"能や狂言に近い、難しい世界""お年寄りが観るもの"といったイメージが一新され、若い人が友達に「落語聞くんだよ」と言っても、そんなに驚かれない空気感になってきたのではないでしょうか。
――現在ご活躍されている落語家さんも、若い方が増えているように感じます。
そうですね。2000年代に入門してきた方が多いので、(落語家としての)絶対数が増えた。だから若い人が増えているのは当たり前といえば当たり前なのですけれども。
ということは、同時に自分の活動の場を広げるために、自分で落語会を開催したり、営業をしたりと、落語を行う機会が多くなったと思うんです。それまでは、都内の4つの寄席と、国立演芸場で毎日行う公演、そして選抜グループによるホール落語というのが主流でしたね。
しかもホール落語というのも、本当にチケットが取りにくいという状態だったんです。でも、都内だけでなく地方でも勝負できるような落語家さんが出てきたり、若い方が活動を広げていったりしたことで、落語に触れるきっかけそのものが多くなってきたのかなと思います。お客さんの落語に対する抵抗がなくなってきている状況が、2000年代に入ってから続いている気がしますね。
2011年に(立川)談志師匠が亡くなったあと、カリスマ的な方はいなくなったんですけれども、新たな世代を楽しもうという風潮も出てきました。もちろん、トップには、人間国宝の(柳家)小三治師匠らもいらっしゃいますが、かなり世代交代したと感じる方もいらっしゃるかと思います。映像コンテンツなどで落語に興味を持って足を運んでくれるお客さんの人口が増えているのと同時に、その人たちの期待に応える若い才能が充実してきています。それが多様性の獲得につながっているのかなとも思います。
昔はゴリゴリの古典をやる人と、新作をやる人と、二極化していましたし、古典をやる方の中でもトップグループしか人気がなかったりもしましたが。お客さんの方も、最初に観る落語は「古典がいい」という方もいれば、「現代が舞台のものの方が入りやすいんだけどな」という方もいますよね。そういったニーズに応えられる人たちが増えたことも、今、落語が盛り上がっている要因の一つだと思いますね。ですから、ブームという一過性のものではなく、この先も続いていくものになっているのではないでしょうか。
――タツオさんがキュレーターを務められている「渋谷らくご」は、初心者でも安心して楽しめるものとして開催されています。2014年11月のスタートから4周年を迎えられましたが、改めて「渋谷らくご」を始められた経緯を教えていただけますか?
開催しているユーロスペースのオーナーが、とても落語が好きな方なんです。「渋谷は人がただ騒ぐ場所になってしまったけれど、昔のような文化を発信する場所に戻していきたい」という熱い思いを持っていらっしゃいました。ユーロスペースを、文化発信の場所にしたいということから、僕に白羽の矢が立ちまして、「わかりました!」とお引き受けしたところから始まりました。
落語会が増えている現状で、新たに落語会を開く、しかも毎月複数日公演をやるという意味を考えた時、人気のある方の取り合いになるよりは「ホール落語シーンが取りこぼしているような才能や、若い人たちがメインになるような場所を作りたい」ということで、若手の二つ目と真打を中心に設計しました。そこに存在意義がある落語会にしたいなと思ったんです。
――「渋谷らくご」をやってこられて、良かったこと、苦労されたこととかあれば伺いたいです。
神田松之丞さんさんとか、瀧川鯉八さんとかとか、立川吉笑さんなどは、いろんな理由で、(「渋谷らくご」に出るまで)まだ業界にもそれほど認知はされていなかったように思います。そういう方たちがメインとなって、存在証明出来る場所になったのはやってよかったなと。まだまだ足りませんし、ほかにも評価してほしい方はたくさんいます。
苦労は、言える範囲のことですが(笑)、スタッフも最初は落語がよくわからない状態だったので、誰が「師匠」で誰が「さん」なのか、真打と二つ目の違いで呼び方を変えるとか、なるべく落語家さんに失礼のないようにと苦労していましたね。
それから、人気のある方は取り合いになりますし、組み合わせで出ていただきたくても出せない人がいたりだとか、他の会との兼ね合いで牽制みたいなものがあったりだとかは苦労といえば苦労ですね。なかなか思う通りの番組が組めないといった気苦労はありました。どんなにお忙しくても毎月確実にスケジュールをくださる落語家さんたちには頭がさがります。これからは、ここから羽ばたいていく若い方たちのスケジュールが取りにくくなるということに苦労しそうですね(笑)。
――「渋谷らくご」では、通常の落語会とは違う形の企画を行われていますよね。
通常の落語会ですと、年功序列というのが妥当で、真打が最後にトリを飾るのが普通です。前座が出て、二つ目が出て、真打が出る。だいたい、前座10分、二つ目15分、真打ちが25分~30分という時間配分が多いですかね。
しかし、渋谷らくごでは時間も序列に関係なく均等配分で一人30分、二つ目がトリを務めることもあります。大真打ちの後にトリを飾る若手というのは、ものすごくプレッシャーだと思いますが、そういう経験を経て、一つ上のステージで勝負出来るような方になってもらう、またその奮闘する同世代の若手の姿をお客さんも楽しむという見方が、何となく定着してきた感覚がありますね。
――この企画性の実現には、演者さんたちからの協力もあるのでしょうか?
そうですね。例えば、2015年5月の神田松之丞さんのトリ公演は、初期「渋谷らくご」のエポックメイキングでした。あの日は、人気の師匠方、二人の許可を得て、松之丞さんという新たなスターを作りたいということへのご理解をいただきました。そして、松之丞さんもそれにきちんと答えてくれた。あれは1つの試金石になりました。
また、鯉八さんは、自分のスタイルを貫いている方なので、既存の落語ファンには理解されにくい部分もあったと思います。それを、今まで落語に触れていなかった人たちが評価する。新しい世代で、新しい人たちを評価する土壌を作っていくという意味でも、鯉八さんの存在は大きなものになりましたね。
――講談と落語、どちらも企画されているということには、どのような意図が?
演芸に触れてもらいたいというのが、根底にあります。僕自身、落語に触れ始めた頃って、落語と講談の違いもよく分からなかったんです。好きな人観に行くと、国本武春という浪曲の方が出ていたりだとかしていて、そんなに垣根がなかったんですよね。当時、浪曲が好きな先輩に連れていってもらっていたので、そういうこともあるのかなくらいに受け止めていました。
「渋谷らくご」は入り口の会なので、価値観を狭めずにたくさんの演芸に触れてもらいたいので、僕が触れてきた講談と浪曲は、ひと月に何公演もあるなら入れたいなという思いが最初からありました。以前から安定した力のある方だなと思っていた(玉川)奈々福さんや、良いタイミングで才覚を現してきた松之丞さんや(玉川)太福さんがいらっしゃったので、お願いしたという経緯です。あくまででも各ジャンルの入り口として、です。
――それも「渋谷らくご」でしか味わえない面白さの一つのような気がします。
寄席というのは、徐々にテンションを上げていって、トリを飾る師匠がお客様を満足させるというコース料理のようなものなんですよね。料理でも、最初からコース料理を味わうのは中々ハードルが高いなと思う人もいるでしょう。初めて観るものに長い時間を空けるのも難しい。だから、1時間ないしは2時間で、美味しいとこ取りが出来て、さらに寄席では観ることのないメンバーや組み合わせが観られるのは、「渋谷らくご」の特色かなと思います。なにより、そういう文脈を知らずとも、とにかく初心者を楽しませて離れさせないぞという気持ちで一致しているのが「渋谷らくご」なんだと思います。
初心者向けっていっちゃうと、これまでのファンの人たちのことは二の次って宣伝しているようなものですから、リスクはあります。けれどそのリスクを承知で、趣旨を理解して出演してくださっている演者の皆さんには感謝しかないです。
エンターテインメント・カルチャーキュレーション番組「ぷらすと×Paravi」では、毎月第2金曜日に「渋谷らくご」を生配信中。
「渋谷らくご四周年記念御礼興行」 11月9日(金)~11月14日(水) 6日間12公演 http://eurolive.jp/shibuya-rakugo/
(C)Paravi
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