Paravi(パラビ)初のオリジナルドラマ『tourist ツーリスト』。インタビュー第4弾は、第3話「ホーチミン篇」でヒロイン・立花カオルを演じる尾野真千子さん。離婚調停中の夫を追って、ホーチミンを訪れたカオル。その複雑な内面に、彼女はどう迫ったのだろう。そんな月並みな質問の答えに、観る人を惹きつけてやまない女優・尾野真千子さんの真髄が見えてきた。

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カオルみたいな女の人って、結構いると思います

率直な人だと思う。そして、とても不思議な人だ。言葉に嘘がなくて、無理に耳馴染みの良いフレーズで装おうとしない。演じた立花カオルについて同じ女性としてどう思うかと尋ねると、尾野さんは胸のすくような晴れやかな笑顔でこう答えた。

「私はあんまり好きじゃないな、この人(笑)」

尾野さんがこう話すのにも、理由がある。立花カオルには、離婚調停中の夫がいる。しかも、夫は若い愛人と旅行に出かけたらしい。カオルは、不倫の証拠を手に入れようと夫を追ってホーチミンへ。そこで出会った三浦春馬さん演じる天久真と共に、カオルは夫と愛人の不倫旅行を追跡する。

「そこまでやるなら正々堂々とやり合えばいいのに、肝心なところで逃げ腰だったり。真みたいな男前の人の前では『私、強いんで』って強がってみたり。何だか性格の悪い人を見ているみたいで、私は好きになれなかったかな(笑)」

サバサバとした口ぶりに、カオルとは正反対の、裏表のない尾野さんの人柄が垣間見える。

「でも、こういう人って結構いますよね。悲劇のヒロインぶりたがる女性。きっとほとんどの人は悲劇のヒロインにはなりたくないっていう感覚があると思うんですよ。だから、視聴者のみなさんがカオルを見て、私と同じ気持ちになってくれたら嬉しい。『こういう人嫌い』って言ってもらえたら、ある意味正解なのかなと思います(笑)」

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違う人にならないと、私がやっている意味がない

だが、画面の中の尾野さんは、そんなカオルの痛々しさも、悲しみも、カオル本人が尾野さんの身体に乗り移ったとしか思えないぐらいリアルに演じている。「好きじゃない」と言いながら、どうして尾野さんはこんなにもカオルの心に近づくことができるのだろうか。

「私、役の気持ちを理解しようとは思っていないんです」

そんな意外な言葉には、当代随一の演技派と呼ばれる尾野真千子流の役者論があった。

「だって、尾野真千子がやるわけですけど、お話の中にいるのは尾野真千子じゃないから。この作品に限らず、どの役も『何でこんなことしたんだろう?』って考えても理解に苦しむものなんですね。だから私は、自分の経験と照らし合わせて感情を引き出すというより、常に役のことは別人格と切り分けて見ていて。特に理解しようとも思わないんです」

役づくりにおいても、尾野さんの考えは一貫している。事前に台本を何度も何度も読み込んで、その行間から役の背景や思考回路を想像するということも「まったくしない」と言う。

「なぜかと言うと、役って "つくられていく"ものだから。衣装も自分で決めるわけじゃないし、メイクも自分でするわけじゃない。そもそも台本だって自分で書くわけじゃないし、全部自分でやるわけじゃないんです。自分の頭の中で考えていったら、それはもう尾野真千子にしかならない。現場に行って、いろんな人と話して、その場所の空気を感じることで、すべて変わってくる。だから事前にあれこれ考えてもしょうがないんです」

では、あの尾野さんの役への没入ぶりは、どのようにして生まれているのだろう。

「現場に行って、メイクをしてもらって、そこから少しずつ変わっていくんです。メイクを見ながら『ちょっと気の強いメイクだな』とか、そういうところから始まって。用意してもらった衣装を着て、『あんまりお金がない人なんだな』とか『こういう色が好きなんだな』とか考えたり。そうやって、いろんな人の手によって染められて、染められて、カメラの前に立った瞬間、尾野真千子ではない、役としての私がいる。そうでないと役者って言ってもらえないでしょうし」

"つくる"のではなく、"つくられていく"と言った意味が、そこでようやくほんの少しわかった気がした。尾野さんにとっての役とは、頭の中でこねくり回すものではなく、監督やスタッフ、その土地の空気感、いろんなものを吸収して、糧にして、そうして生まれてくるものなのだ。

「だから尾野真千子が動いたってしょうがないんです。違う人にならないと。そうじゃないと私がやっている意味がない」

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私は役として生きたい。ただそれだけです

尾野さんは演技中のことはほとんど何も覚えていないのだそう。だから同じ演技は2度できない。極めて感性の人だ。尾野さんの演技を見て作為的なものをまるで感じないのも、そのためだろう。カットがかかった後のモニターチェックも「ほとんどしない」とさっぱりしている。

「気になることはなりますけどね(笑)。でも、私がチェックしても何も変わらないから」

完成した作品の感想を尋ねても「ただ私は恥ずかしく見ているだけです」と照れ笑いする。

「自分の作品に、いい悪いはつけたくないんで」

そう短く付け加えた言葉に、尾野真千子という女優が、どれだけ役者という仕事にストイックな人間であるかがわかる。

「私がやるべきことは、生きることだけ。役として生きる。そして見ている人に、こういう人がいたんだって思ってもらいたい。それだけなんです」

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食べることを通じて感じた、ホーチミンという街

今回の立花カオルを演じる上でも、「ホーチミンの空気とか風とか街とか人を、ちゃんと感じたかった」と、尾野さんらしい言葉が出た。

「自分の国じゃない、言葉が通じないところでお芝居ができた。それだけでちょっとした達成感がありますし、また新たな文化や人と出会えたことが楽しかった。ホーチミンは初めてでしたが、行けて良かったなと思いました」

劇中、真はカオルに「大切なんだってよ。食べ物が口に合うかどうかって」と伝える。尾野さんも滞在期間の1週間の間、出来るだけ現地の食べ物を口にするよう心がけたそう。

「時間があるときはマネージャーとどこか紹介してもらったお店に入ったり。ベトナム料理についてはそんなに驚きはなかったです。日本でも今はパクチーを使った料理とかよく出てきますしね。むしろあっちの方がパクチーの量は少なかったかも。すごく味がスッキリしてて。これは気持ちの問題かもしれないけど、日本で食べるよりずっと美味しく感じました」

「パクチーはイケる派?」と尋ねると、すかさず「イケない派」と顔をくしゃり。その笑顔が、清々しい。

「向こうでバインミーというベトナムのサンドイッチを食べたんですけど、中にパクチーが入ってて。そのときはひっそりと取ってました(笑)」

生まれは奈良県。関西人の血だろうか。ちょっとした切り返しでも人を楽しませようというサービス精神がにじみ出る。すごくユニークで、チャーミングな人だ。

「東南アジアのあの独特の雰囲気は好きです。屋台街にもいろんな食べ物が売っていて。日本人の感覚で言えば衛生的には決して良くないんでしょうけど、なぜか無性に美味しそうに見えるんですよね。撮影中も三浦くんがバンチャンヌーンっていう現地の食べ物を買ってくれて。それが日本で言うお好み焼きみたいな感じなんですけど、すごくおいしくて。食を通じて、多少ですけど、ホーチミンという街を感じられた気がします」

三浦さんとは初共演。尾野さんが考えたのは「目で会話をすること」だった。

「お芝居の中でも、普段のコミュニケーションでも、言葉だけって私は何だか信じられなくて。だって、社交辞令だったり、言葉って嘘とは言わないけど、本当だけじゃない、いろんなものが混ざってるでしょう。でも、お芝居は本当の相手を見なきゃできない。三浦くんとは初めてだし、そんなこと最初からできるはずもないとは思っていたけれど、ちょっとした瞬間でもそういうやりとりができたらいいなって。ホーチミンにいたときは、彼を見るということをすごく意識していました」

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旅は思いつき。失敗したら、失敗を楽しんじゃえばいい

カオルにとってのホーチミンへの旅は、夫の不倫を突き止めるための旅でもあるが、それだけではない。ホーチミンは、夫との楽しい想い出がつまった街。あちこちに、キラキラとした想い出が眠っている。

「私だったら絶対しないです。想い出を振り返る旅なんてムカつくだけで、何が楽しいのさって思っちゃう(笑)」

相変わらず尾野さんはカオルとは正反対だ。

「もし別れた恋人と一緒にいた土地があったとして、何かの理由でそこに行かなきゃいけないことがあったとしたら全力で塗り替える。めっちゃ楽しい想い出をいっぱいつくって、全部上書きしてきます(笑)」

未練の二文字とは無縁。尾野さんの言葉はたくましくて、迷いがない。では、尾野さんはどんなときに旅に出たくなるのだろうか。

「ふと、ですね。思い立ったらっていう感じで。たとえばテレビで北海道が映っているのを見て、北海道で暮らしている人たちはどうしているだろうって、いきなり次の日に北海道へ行ってみたり。ホテルとかは前日で取れるところがあれば押さえますけど、どこに行くかとかは基本的に全部現地で調べます。特にひとり旅のときはあらかじめいろいろと決めてっていうのはしないですね。何が起こるのかを楽しむのが私の旅のポリシー。それで楽しければ言うことないし、何か失敗したら失敗したで、その失敗を楽しんじゃえっていう感じです(笑)」

あまりの気取りのなさに「豪快ですね」と声をかけたら、尾野さんは「小心者の豪快なんです」とおかしそうに付け加えた。

「意外に小心者なんですよ。たとえばお店なんかも、あそこに入りたいなと思っても、一発では入れない。必ず店の前で2~3往復しちゃうんです(笑)」

今日一番砕けた様子で、尾野さんは笑った。

「さっと入っちゃえばいいんですけどね、気が小さいからできなくて。ゴハンを食べるときも、いっつも店の前でウロウしています(笑)」

三浦さんに話を聞いたとき、尾野さんのことを「いい意味で、本当にまだわかっていないです」と語っていたけれど、なるほどなと思った。切り取り方によって、印象がまったく変わる。どれが本当の尾野真千子か全然掴めない。でも、きっと彼女はそれでいいのだ。なぜなら、役者だから。見せたいのは尾野真千子自身ではなく、物語を生きる役そのもの。

ホーチミンで見せた立花カオルの表情が、瞼の奥に浮かんで、消えた。

TBS・テレビ東京・WOWOW3局横断Paraviオリジナルドラマ『tourist』は、以下の日程で放送。

【第1話】TBS 9月28日(金)24:35~25:35 ※終了
【第2話】テレビ東京 10月1日(月)24:12~25:15(本編は24:20~)
【第3話】WOWOW 10月7日(日)24:30~25:30(無料放送)

※未公開シーンを含むフルバージョン、天久真目線のオリジナルバージョンは、動画配信サービス「Paravi(パラビ)」にて独占配信

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